第13話
アパートへ送ってもらう車内はひろびろとしていた。急に自分が偉くなった様な気持ちになる。
運転手と乗車席との間は隔壁でプライバシーも守られており、こんな車に乗るのは一生に一度の事だろうと若葉は思っていた。
そんな彼に隣の相原が声を掛ける。
「所長。さっきの所長、素敵でした」
何の事かと尋ねると、ラルゴが自決しようとしたのを阻止して、「人生はまだ終わりじゃない」と哀れみの目で伝えた時の事だと言った。
「…ああ、あれね」
若葉は少し声を低くして話した。
「相原くん、君にだけ言っとくんだけど実はね。あれ、失敗だったの」
「え?失敗って?」
若葉によると、敵はもう後がないと知り最後の手段、すなわち姫を亡き者にするつもりだと彼は思ったらしい。そこで慌ててラルゴの顔を蹴ろうとしたのだが、足が届かずナイフを蹴り飛ばす格好になった。この土壇場で自分の足の短さが情けなくなって悲しかったという。
「……でも、『まだ終わりじゃない』っていうのは?」
「ああ、あれは。ヤツが自殺しようとした事に時間差で気付いたんだけど、ヤツにはまだ裁きを受けて罪を償ってもらわなきゃならない。だから勝手に終わらせないぞっていう意味だったんだよ」
なんだ。そういう事だったのか。
勝手にカン違いして彼を格好いいと思ってしまった。
だが、危険を顧みず真っ先に駆け出してあの大男に立ち向かったのは事実である。 相原は何となく、若葉との間を詰めたくてさりげなく体を寄せた。
「ちょ、ちょっと相原くん。車大きいんだからもっとそっちに寄ってよ。せっかくひろびろ座ってるのに」
相原はため息をついて 「はぁ~…。ドンカン」と睨んだ。
「えっ、ドンカンって。ドンカンてどういう意味なの、ねぇ。相原くん!」
相原は知らんぷりして窓の外を眺めた。
でも、本当にそうなんだろうか。
所長は、この人は決して威張ったり、自慢したりしない。何か手柄を立てても『たまたまだよ』と照れた様に隠す。 本当は何もかも知っていて、分かった上で最善の決断をしているのではないだろうか。でもそれは、誰にも分からない。
ただひとつ確かなのは、鈍感で無垢でちょっと抜けたところが、彼の愛すべき魅力なんだという事だ。
相原はこの人で良かったと改めて思った。
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