第12話
カランに告げられても、ラルゴは半信半疑だった。
[俺を騙そうったってそうはいかねぇぞ。現にお前は王家の紋章をぶら下げてるじゃねぇか]
だがラルゴはハッとしてカランの首にかけられている金のネックレスを引っ張り出した。
王家の紋章、ではない。
よく出来ているが、微妙に違う。紋章はあちこちで目にする事ができ、国民なら誰もが知っているデザインだった。ただし同じものを複製したり悪用することは断じて禁じられている。だから微妙に本物とは異なるのだ。
それに金の質も違う。取り引きで何度も目にしたし、騙されないように偽物を見破るスキルも必要だったため、ラルゴには手触りと光沢で分かった。
[気付いた?本物のお姫様はもうとっくに母国へ発ってるよ。そういう約束だからね]
カランはアパートを出る際イヤリングのサインを残せた事に満足していた。
[くそっ!くそーっ!]
ラルゴは手当たり次第にその辺の物を蹴散らした。
何て事だ。もう少しだったのに。もう少し
で、貧乏人からおさらばする所だったのに!
彼は故郷のきょうだい達の顔と、イーガルの仕打ちが思い浮かんだ。
失敗した。
任務を果たせなかった。
もう、終わりだ。
絶望的なラルゴとは対象的に、カランは満足そうに笑みを浮かべる。
若葉は聞いたことのない外国語でやりとりされてるため、状況がよく分からずに居た。
その時だ。
倉庫のドアが開け放たれ、[カラン!!]と大声で呼ぶ声が聞こえた。
カランは目を見開いた。
ニホンから脱したはずの王女が、目の前に姿を現している。
[なぜ…?どうして…]
カランは声にならない声を出した。
ラルゴの手下たちが即座にサラサを捕える。
[…へへ。ウヘヘッ…。ワァーッハッハッハ!こいつは愉快だ。今度はこっちが笑う番らしいな。まさか本物のウサギが向こうからやってくるとはよぉ!]
カランの前に連れてこられたサラサは、目に涙をいっぱい浮べて居た。
[サラサ様、どうして…]
[ごめんなさい。ごめんなさい…!]
言葉は分からないが、最悪の状況になったのは若葉にも理解出来た。
「全員動かないで!!」
相原が銃を向けて立っている。
は、相原くん?どうしたの?何持ってるの?
「人質から離れて、全員壁に手をついて!」
迫力のある凄みを効かせて彼女が銃を構える。
だが背後から、手下の一人が彼女に忍び寄った。
「あいはっ…」若葉が叫ぼうとしたが、ひと足遅く、手下が相原を羽交い締めにする。
「は…離しなさい!撃つわよっ…!」
彼女の声には緊張が見て取れた。
「撃ってみなよ、お嬢さん。そのモデルガンで俺たちを殺れるんならなぁ」
見抜かれていた。
相手はプロだった。
[さあ、もうひとり人質が増えましたよアニキ]
[ペリ、よくやったな]
遊んでばっかりでちっとも役に立たない手下だったが、ここにきてお手柄の彼にラルゴは褒美の言葉を与えた。
「所長、ごめんなさい。これしか方法が思いつかなくて…」
紐でくくられて座らされた彼女を見て、若葉は「すまない」と謝った。こんな事に巻き込んだのは、謝るのは自分の方だ。
「なんで、謝るんですか…」彼女は目に涙を浮かべていた。
悔しいのだろう。必死で行動したのに。他に手段も無かっただろうに。よくやった、と声を掛けてやりたかった。
だが、事態はこれで絶望的になった。
王女たちをここで拘束して、自分たちはどうなるんだろうと考えた。
生かしておく必要はない。彼らが必要としているのはこの人達だけなのだから…。
外がにわかに騒がしくなってきた。
ラルゴが不機嫌そうに手下に尋ねる。
[うるせぇな。何の音だ]
アゾが窓から外の様子を窺う。
[バイクです。バイクの集団が走り回ってます]
[バイクだ?うるせぇからその窓閉めろ]
[でも…]
[でも、なんだ]
[やつらこっちに、向かって来ます]
[なに?]
そのやりとりを聞いて、サラサだけがはっと目を開いた。
まさか…。
バイク集団は廃工場に集結し、扉がバールのような物でこじ開けられようとしている。
古い南京錠は限界を越え、バンッと弾け飛んだ。
と同時に扉が開け放たれ、多数のバイクのヘッドライトに特攻服の集団が照らし出されていた。
「なんだてめぇらぁ!」
ラルゴが凄みを利かせるが、誠哉が劣らない声で恫喝する。
「縄張り荒らし狩りじゃあっ!!」
その一声で特攻服の軍団が倉庫になだれ込んで来る。
ラルゴの手下どもと梟の軍勢との激しいぶつかり合いが始まった。
手下たちは応戦するが、数の多い梟相手に手こずっている。
若葉たちは唖然としてただその光景を眺めていた。
やがて、特攻服姿の狼の様な男がサラサに近づいた。
「困ってんだろ?助けにきたぜ」
「セイヤさん…」
「グレ、だろ」
相原はその顔を見て、あっ、あの時の、と思い出した。
グレが紐を解こうと苦戦している時、背中にズキッと痛みが走った。
振り返る間もなく、相手がグレに警告する。
「それで止めときな、変な頭の兄ちゃん」
ナイフだ。
背中に突きつけられたまま、誠哉は両手を上げてゆっくり振り返る。
大乱闘で健闘した仲間たちだったが、プロ相手にはやはり限界があった。やっつけた手下たちも転がっていたが梟は全滅だった。
くそっここまでか。
誠哉はその場にへたり込んだ。
格好つけらんなかったぜ。
彼も他の者と同じ様に紐でくくられる。
一体ヒモは何本あるんだろうと若葉は余計な事を考えた。
「…ダメだった、サラサ。悪い…」
悔しそうな顔で彼はがっくりとうなだれた。
サラサは瞳を潤ませて首を横に振った。
ウォンウォンオォーッ
また外が騒がしくなる。
「ったくウルセェなぁ!まだいるのか」
ラルゴが誠哉を見るが彼は「?」という顔をしている。
[おいっ。また入って来たら厄介だ。その頑丈な扉閉めとけ!]
ラルゴの指示で手下たちが重い扉を閉め、開かない様につっかえ棒をした。
バイクの音はいよいよ大きくなり、こちらへ近づいて来るのは明らかだった。
次の瞬間、
ゴシャーンッ!!
轟音と共に扉の横の壁がぶち破られた。
バイクの群れが次々と乱入してくる。
群れの中の男を見て誠哉は あっ!と気付いた。
軍鶏(しゃも)だ。
自分達と敵対しているグループのひとつ、獰猛で危険な連中だ。
なんでアイツラがここに?
軍鶏の軍勢は倉庫の中にバイクを乗り入れてエンジンを止めた。
「おい、なんだてめえら」
ラルゴが目を光らせて、静かに凄みを効かせる。
「てめえらこそなんだ。ひとんちの庭で騒ぎやがってよ。ここは軍鶏の縄張りだぞ」
その言葉に梟の総長はカチンときた。
「おいちょっと待て。いつからオメェらの縄張りんなったんだよ。ここは昔っから歴史ある梟のモンだ」
「はぁ?俺アタマ悪りぃから歴史なんて知らねーよ。昔話ならおねんねの時にしな」
「あ"ぁ?!シャモだかシシャモだか知らねーが、あんまり調子乗ってっと痛い目見んぞコラァ!」
突然始まったいざこざに全員ポカンとしていたが、手下の一人、アゾがナイフを出した。
「オイ、クダラナイこといつまでもつづけてんじゃネェー!」
片言のニホン語だがアゾは軍鶏のリーダーにナイフを向ける。
リーダーはくるっと振り返ったかと思うと、回し蹴りでそのナイフを蹴り飛ばした。
「軍鶏はナイフなんかにゃ退かねーんだよ!!」
その言葉を合図に軍鶏軍団は一斉に手下どもに襲いかかった。ナイフで応戦するも鉄パイプで武装した獰猛ですばしっこいニワトリ達に手こずっている。先の争いで多くがやられていたのも痛手だった。
紐で縛られたまま、梟のアタマは心の中で拍手を送った。
(よっ!格好いいぞ軍鶏!いけっやれっ!
スゲ~なあいつ。俺はナイフは怖いぞ…)
梟のアタマ、グレは生来の尖端恐怖症だった。
軍鶏のリーダーが見張りの居ない隙にグレの元にやってきた。
「だせーな、グルグル巻きにされてよ」
「るせぇ!…でも、助かったぜ」
「へっ!俺は自分の縄張りで騒がれんのがムカついただけだ」
「だからてめーらのじゃねぇっつってんだよ!」
「まぁいいさ。そのうちサシでカタつけっからよ」
「上等だ」
軍鶏のリーダーは立ち上がり、背中で語った。
「早く病院行けよな」
そして敵をあらかた片付けた仲間たちに声を張る。
「おめーらそのぐらいでやめろ!サツ呼ばれる前にズラかるぞ!」
リーダーの言葉で全員バイクに跨り、戰場(いくさば)をあとにする。
梟のメンバーもサツと聞いて逃げる準備を始めた。副総長が、敵から奪ったナイフで総長の紐を解いた。
誠哉はナイフを手にして若葉の紐を切り、彼にナイフを渡す。
そして、サラサを見つめた。
サラサにだけ見せる、あの優しい顔だ。
「困ったらいつでも言いな。…今度はダサいとこ見せねーからよ」
梟の頭はバイクを唸らせて走り去った。
若葉はみんなを束縛していた紐を切り、全員を解放した。
「所長、すみませんでした」
「いや、相原くん格好良かったよ」
相原は照れながら下を向いた。
[カラン…]
サラサが力いっぱい彼女を抱き締めた。
[無事で、本当に良かった…]
[サラサさま…。どうして一人で行かなかったのですか]
サラサは少しうつむいた。
そんな姫様にカランは言った。
[でも…。私が貴女のお立場でも、きっと同じ事をしたと思います]
二人はもう一度強く抱擁した。
コテンパンにやられて側でのびていたラルゴが目を覚ました。近くにナイフが落ちている。
彼はそれを手にして起き上がった。
(もう何もかもおしまいだ。作戦は失敗。報酬も手に入らねえ。全て終わりだ。だったらいっその事…)
みんなが気付いた時、ナイフを持ったラルゴがこちらを見ている。
あぶない!
全員がサラサを守ろうとした時、ラルゴは自分の胸を突こうとナイフを持ち替えた。
「カンッ!!」
駆けつけた若葉によって、彼のナイフは遠くへ蹴飛ばされた。
ラルゴが驚いて顔を上げると、若葉はこの上なく悲しい顔をしていた。
憎しみではなく、ただ哀しみが表情から溢れていた。
(まさか、こいつ…オレが自決しようとするのを止めようと…?!)
若葉はラルゴに、静かに声を掛ける。
「…まだ、終わりじゃない」
ラルゴは両手を床につき、「うぅっ…うううっ」
と声にならない声で泣いた。
まだ終わってない。そうだ。俺には故郷のき
ょうだいが居る。村の仲間だって。終わりじ
ゃねぇ。死んじまったら、それが終わりだ。
倉庫の外にたくさんの車が集まる音が聞こえてきた。
母国から派遣された王家近衛隊の精鋭たちが駆けつけた音だった。
彼らはあちこちでのびているラルゴの手下たちを次々と確保する。その中で、特別な制服を来た一人がサラサとカランの元に駆けつけた。
[近衛隊第一師団隊長、クレイ・モアです。姫君様方、救出遅くなり申し訳ありません!]
彼は敬礼したあと深く頭を下げた。
「ニホンのお二方、姫君をお守り下さり、国を代表して感謝申し上げます」
隊長は若葉と相原にも敬礼した。
[祖国への特別機を待機させています。ここからは我々が責任を持って護衛し、帰国します!
……継承式典に間に合って、何よりでした]
もう安心だ。
全員の肩から力が抜けた。
[あ、でもこの人の住まいに色々と忘れ物があります]
[分かりました。ではそちらまではお車でお送りしましょう]
「ニホンのお二方も、どうぞ我々の車にお乗りください」
近衛隊に縄をかけられたラルゴが別の車に連行される。ラルゴは若葉を振り返って、力強く頷いた。
意味は分からなかったが、彼も習って頷いた。
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