第9話
「それでは、行って参ります!」
相原が敬礼をして玄関を開けた。
「お土産はいいからね」若葉が念のため伝える。
「ラジャ!厳守します!」
うん、自分の糧にならない物は厳守するんだ
な。
若葉はカランと一緒に二人を見送った。
チケットの購入は相原・サラサ組が、最終的な打ち合わせなどは若葉・カランが請け負う事になった。 途中でランチをしようねと言われてサラサは楽しみで仕方なかった。
今日で最後。明日はお別れなんだ。
二人の心に同じ思いがある。だからこそ楽しい一日にするんだと、その事は考えない様にした。
相原はいつもよりテンション高く、サラサもいつもよりたくさん笑った。
あと3日しかねぇ。
ラルゴは焦っていた。
手下にあちこち廻らせて探偵にも相談しているがどこも同じ様な反応で、最初に身分証を求めるところもあった。
じゃあいい、と慌てて出て来たが怪しまれなかっただろうかと不安がよぎった。
ペリとアゾは相変わらず観光気分だ。馬鹿な土産まで買いそうになってたから、持って帰らせねぇぞと一喝した。
成果もなく歩き回って疲れた。冷たい物でも飲みたい。
顔を上げたラルゴに『わかば探偵事務所』という看板を掲げたアパートが見えた。
ちょうどいい。適当に相談するふりしてちょ
っくら一休みしよう。貧乏くせぇ建て構えだ
が、冷たい物ぐらい出してくれるだろう。
エレベーター付きなのを見てラルゴはツイてると思った。今は2階ですら階段を上がりたくない。
インターホンを押すと「はい!わかば探偵事務所です」と声がした。
やってるようだ、良かった。
「あ、すみません。人を探しているのですが」
インターホン越しに一旦間をおいて、
「どうぞ!三階へお越し下さい!」と男が元気に応えた。
トウキョウは今日も目まぐるしく人と車が行き交っている。祖国も発展すればいずれはこんな風になるのだろか、とサラサは思った。
でも自然がいっぱいな今の母国が自分は好きだ。風や草木とともに、人がある。
いずれ土に還る人間は、やはりそれ無くしては生きられないのではないだろうか。硬いコンクリートの上を歩きながら彼女は考えていた。
母国はインフラが急激に進んでいる。、特に道路は、あの悲惨な事故以来、安全第一に整備された。
自然の恵みを豊かに受け、農産物も盛んで、近頃は近隣の国との貿易も地域 · 品物ともに拡充し、経済的にも豊かになりつつある。
だがそれは王国の周辺に集中しており、山間部や地方の村では貧しい暮らしを続けている人達もまだまだ多い。暮らしが豊かになるにつれ、目に見えないものがどんどん失われて行ってしまう様な、そんな一抹の不安を感じながら自分は生きている。
国を豊かにしたいのは誰しもが願うこと。でも自分は、国そのものを豊かにしたいと考える。
貿易により金銭や物品が満たされるだけでなく、国民の心も豊かに居られるような、そんな国を。
「あっ!まぼろし謎パフェ、今日まだ残ってるみたい。ずっと食べてみたかったの!お昼前だけど、行こっ!」
アイハラの子供の様な笑顔につられて、サラサも楽しみにしながら一緒に駆けて行った。
事務所に入って見ると、外からのイメージ通り、ちっぽけな場所だった。
まぁハナからアテにはしてねぇ。冷たいモン
でも出してくれりゃ、それで充分だ。
ラルゴは応接テーブルでそれを待った。 手慣れてないのかやけに時間がかかる。
男一人でやりくりするのは大変だよなと同情しながら、独り身のラルゴは慌てる事なく飲み物を待った。
全く、こういう時に限って相原君は居ないん
だよな。王家のお姫様に続いて、人探しの依
頼まで来てるっていうのに。
いいぞ。仕事が続けて舞い込んでる。この波
に乗るんだ。料金もちょっと吹っ掛けてみよ
う。
どうせ相場なんて分からないんだから。
手際の悪い若葉はようやく麦茶と茶菓子を用意してテーブルに向かった。
「大変お待たせしました。暑かったでしょう、どうぞお飲みください」
「あぁ、助かります。ありがたく頂きます」
ラルゴは待ってましたとばかりに冷たい麦茶を喉に流し込んだ。
体つきはデカいが、礼儀正しそうなガイジン
さんだ。ひょっとしたらどこかのお金持ちの
付き人かも知れない。こりゃもしかしたら、
もしかするぞ!
若葉は鼻をヒクヒクさせながら麦茶のお代わりを注いだ。
「それで、人をお探しになられてるとか?」
「ええ、そうなんです。生き別れたきょうだいがこのニホンに来ていると聞いて…」
ラルゴが二人の写真を出そうとした時、入り口の扉が開く音がした。
「ワカバさ〜ん。外のエレベーターの所に犬のウ◯コが落ちて……た」
カランはラルゴと目を合わせ、ラルゴが大男とは思えないフットワークでカランに駆け寄る。
カランは慌てて逃げようとするが車椅子がうまく言う事を効かない。そうこうしてる内にあっという間にラルゴに押さえられた。
[お姫様ぁ〜探しましたよぉ]
ラルゴは先ほどとは違う、悪意の滲む様な声で彼女に話し掛けた。
突然の事に訳も分からずにいた若葉がキョロキョロしていると、テーブルの下にラルゴが出そうとした二枚の顔写真が落ちているのを見つけた。
そこに写っていたのは紛れもなく、カランとサラサの二人だった。
「あ~美味しかった!謎パフェってほんとに何が入ってるのか分かんないけど、クセになりそう!」
相原は上機嫌で店を出た。サラサも美味しく平らげた。母国で独自に生産している果実の味に似ていた。
「甘いもの食べたらおなか空いちゃった。お昼何にする?」
屈託のない彼女に、サラサは大笑いした。
こんなに笑ったのは久しぶりだ。楽しいお出掛けにカランも誘えば良かったと思った。
果敢にも大男に飛びかかった若葉だったが、大振りで突き飛ばされてテーブルで頭を打ち、あっけなくのびた。
「ワカバさん!!」
カランは大声で呼び掛けたが返事はない。
「うぅ…」
声を出しているから生きているのだろう。良かった。
[人の心配するより自分の心配した方がいいんじゃねえのか、ええ?お姫さんよ]
ラルゴは手際よくカランを紐で拘束し、手下に電話をかける。
[俺だ。ウサギを一匹捕まえた、全員集めろ。 あ?いいや一人だ。だがウサギだけで充分だ。小リスは野原でもどこでも放っときゃいい。ボスがご所望なのはお姫様の方だからな]
ラルゴは電話を切った。
お姫様、か。俺達を雇ったあのバカも含めて、
こいつら王族・貴族はなんでこう無駄な金遣
いばっかりしたがるんだろうな。
今彼女が着ている服装は庶民的だが、高そうな指輪、金色のネックレス、見た事も無い腕時計に反対の手首にはブレスレットまで装飾されているのを見て、ラルゴは顔をしかめた。
故郷の農村ではその日を何とかしのいで暮らしているというのに。 この金持ちたちの、全く知らない無関係な所で。
まぁいい。これで俺も金持ちの仲間入りだ。
あの金と権力に眩んだバカ野郎から、報酬を
たんまり頂かねぇとな。
[さ、お姫様。こんなむさ苦しい所から別の場所に移動しましょうや]
[私たちを、どうする気?]
[あん?別に。どうもしやしないさ。ただ式典が終わるまで、大人しく隠れててもらうだけだ]
カランは心配そうに若葉を振り返った。
[ああ、そいつも一緒に連れてかねぇとな。俺の顔も見られちまった事だし、ここに寝っ転がしとく訳にもいかねぇ。なぁに心配するな。命まで奪やしねぇよ。 ……そいつが黙って大人しくしてりゃあな]
手下達の乗った車がアパートの下に到着した。
[さ、お出掛けしましょうか。お姫様]
カランは抵抗も虚しくあっさり連れて行かれる。
必死で頭を振り、その弾みで片方のイヤリングが床に落ちた。
気を失ったままの若葉は手下がヒョイと担いで車に乗せた。
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