第6話
もうすぐお昼前だというのに、誰も起きてこない。
ゆうべは遅くまで美味しいウイスキーをごちそうになり、カランは上機嫌で祖国の民謡を歌い出すし、ワカバさんは心に染みると言って泣き出し、アイハラさんはそれを見て大笑いしてた。
でも、城では経験出来ない楽しい夜だった。
サラサはもう一度カランの元へ向かった。 何度も声を掛けるが夢の中でまだ飲んでるのか、昨日の民謡を歌っている。
…もう少し、そっとしておいてあげよう。
祖国に帰れば彼女も不自由の身だ。今だけこの異国の地で、精一杯自分の時間を過ごさせてあげたい。
アイハラさんも可愛い寝顔でスヤスヤ眠っている。ここに来てから自分たちのために色々と尽力してくれた。彼女の休息の時間も妨げないでおこう。
サラサは窓を開けて、う~んと背伸びした。
ポカポカしていい天気だ。ビルがたくさんあるけど、祖国にはない空気がここには確かにある。
エレベーターで一階まで降りてみる。
日本のエレベーター設置義務は31m超で、5階建てのビルにそれが設置されているのは珍しい事だったが、サラサは知らなかった。 ただ、この乗り物のおかげでカランの車椅子も楽に移動出来た。
昨日街へ出て色んな物に驚き、興味を持ったが、帰りにここのそばに公園があるのを見つけた。
祖国は自然豊かで草木が恋しかった彼女はこっそりあの公園まで行ってみようと考えた。
すぐ近くだし、道に迷う事もないだろう。ちょっと散歩して帰って来てもみんなまだ寝てるに違いない。
貴重な時間を過ごせる好奇心の方が勝り、彼女は初めて一人で一歩を踏み出した。
―――
「ん〜手掛かりが少ないですねぇ。本当に日本に、この東京にいらっしゃるのは間違いないんですか?」
探偵社の受付でラルゴは二人の写真を見せていた。
「そうなんです。生き別れたきょうだいが、東京に居るという話を聞いて、先の短いオヤジに一目合わせたくて探してるんです」
ラルゴは他の部下たちよりはまともな日本語で話した。我ながら悪く無いシナリオだと心でほくそ笑む。
「うちは、もちろん人探しにもスキルが豊富です。ただ、この写真だけで探すには都内だけと言えどもかなり時間を要すと思われます。そうですね、一ヶ月程お日にちを頂ければ…」
一ヶ月?冗談じゃねぇ。こっちはそんなに
日にちも時間もねぇんだ。
そう言いたいのをこらえてラルゴは写真をしまった。
「そうですか。すみません。ちょっと他もあたってみます」
「お力になれなくて申し訳ありません。お父様にお会いできる様願っています」
自動ドアを出てラルゴはつばを吐いた。
頼りになんねぇ。願って叶うんなら俺だっ
て苦労はしてねぇよ。
幼い頃のラルゴは、家が貧しさから解放されるよう毎日神様に願っていた。だが、それが聞き入れられる事はなかった。
頼りにならない手下共はどんなあんばいか、彼は内ポケットから電話を取り出した。
―――
綺麗な池がある。遊具では子どもたちが元気に遊んでいる。
どこの国でも、子供たちは宝でその笑顔は幸せの象徴だ。国は全力でそれを守らなければならない。
道を挟んだ向かい側にも緑地がある。
サラサは草花の香りに誘われるようにそちらへも向かって歩いた。
グォーという音が聞こえる。
近くを飛行機が飛んでるのかなと、彼女は空をキョロキョロしながら道を渡った。その時。
キャキャァ〜!
急ブレーキを掛ける音がして、すぐ横にバイクが止まった。バイクに乗った男性は怒りをあらわにし、 「バカヤロー!あぶねーだろ!」と大声を上げた。
サラサはビックリして、
「ご、ごめんなさい…」 と謝った。
「ごめんじゃねーよ!しにてーの…か…」
バイクの男はサラサを見つめた。
(なんだ…。なんて、可愛い子だ!普通の格好してるのに何だこの放たれるオーラは!)
男はしばらくぼーっと彼女を見つめる。
サラサは不思議に思いながらも「あの…ごめんなさい」と、もう一度謝った。
バイクの男性はさっきとは全く違う話し方で、
「い、いいんだよ。俺もうっかりしてた。歩行者がいる時は気をつけないとな!」と自分のヘルメットを叩いた。
安心したサラサは
「止まって頂いて、ありがとうございました」
と頭を下げた。
なんて、何ていい子なんだ!ほ、惚れてまう
やろ。
「じゃ、じゃあな!お互い気をつけようぜ!」
男はアクセルを優しくひねってその場を立ち去った。バックミラーを見ると、あの子はペコリと頭を下げている。
ヤバい。いい子過ぎる。
連絡先ぐらい聞いとけば良かったと彼は後悔した。
いや、今からでも遅くねぇ。
そう思ってバイクを停めて振り返ったが、彼女の姿はもう無かった。
しばらく残念そうにポケ〜っとしていたがふっと我に返り、
(なにノロケてんだ。女なんてザラにいるじゃねえか。梟のアタマのこの俺様が、一人の女ごときに血迷うとこだったぜ)
と、今度はアクセルを派手に吹かして走り去った。
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