第5話

買い物は思いのほかスムーズだった。カラン達は日本円のほか、世界各地で使えるカードも何枚か所持していたが、こちらを止められてなくて良かったと相原は思った。

おそらく相手も秘密裏に行動していて目立った事は出来ないに違いなかった。

買い物は敢えて人の多い首都圏を選んだ。

敵に遭遇するリスクも上がるが、万が一見つかったとてあの人混みのごった返す場所で掴まるほど追跡は出来ないと相原は踏んでいた。

実際アパートに帰るまで怪しい人影には一切出会わなかった。

巨大なビルや車と人の多さに、特にサラサは目を回していたのが印象的だった。


買ってきたものをひと通り確認する。

人波に溶け込む目立たない様な服、日本人顔に寄せるためのメイク道具、ひとまずの必要品など。

王家のお姫様達を極秘に匿うという貴重な依頼に仕事のエリアを越えて彼女は燃えていた。

どちらかというと、ワクワクしていた。


部屋着に着替えた三人でお酒を飲もうという事になり、相原は自慢の腕をふるう。つまみになる料理は酒飲みの彼女の得意分野でもあった。

「今日の買い物の成功と、二人の無事にカンパーイ!」

相原がコッブを突き出したが、二人はどうすればいいか分からず神様にでも祈る様に上へ持ち上げる。

「ああ、ごめんなさい!日本では嬉しい時などはこうやってコッブを合わせます」

相原は二人のコッブにそれぞれキンッとコッブを当てた。 彼女たちも互いにコッブを合わせて「フフフッ」とその音を楽しんでいた。

微笑ましく眺める相原だったが、あまり仲良くなり過ぎるのは控えておこうと思った。

相手は王族の人達であり、何より10日後には居なくなってしまうのだから。

寂しさを少しでも減らしとこうと思った。


今夜もひとりぼっちで、寂しい夜を過ごす男がいる。

いつも一人なので慣れてるはずなのに、何となく堅苦しい事務所で、上では若い女性たちが楽しく過ごしているのかと思うと余計に寂しく感じた。

ぼーっとテレビを観てるが、好きな番組が無い日でもあるため全然つまらなかった。

(ああ、誰かあのドアをノックして『良かったらご一緒にいかがですか』なんてお酒でも呼んでくれないかな)

などという虚しい想像をした時、「コンコン」とそのドアがノックされた。

相原が何か取りに来たのかと思い、「どうぞ」と愛想のない返事をする。

ガチャっとドアが開いて姿を現したのは、なんとサラサだった。

部屋着に着替えてノーメイクでも美しい顔立ちに若葉はガバっと体を起こした。

「あの、もし良かったらご一緒にお酒でも召し上がりませんか?」

 ……来た。きたよ。キタキターーッ! 嗚呼

 なんという奇跡!こんな美しい女性にお誘い

 を受けるなんて!…いや、もちろんお酒のお

 誘いだ。無粋な事は考えない。だけど。

若葉は大袈裟なほど紳士的に

「いいですね。ちょうど私も、今から一杯飲もうかと思っていたところです」

と応えた。

本当はもう缶ビールを2缶くらい空にしていたが、あくまでも紳士的に「どうぞ」とソファを勧めた。

鼻はもうヒクヒクヒクヒクしている。

「そんじゃ、お邪魔しあーすっ!!」

ベロベロになった相原と、こちらも陽気になったカランが車椅子で登場した。

 いや、相原くん。車椅子はそんな激しく動か

 すもんじゃあない。

 何だよ「ブ ゥーンッ!キキッ!」て。

陽気なカランを見るのも初めてだったが、こんなベロベロ相原を見るのも初めてだった。まあそもそも一緒に飲んだ事すらない。

「寂しかったでしょ〜所長。天使が三人も来たからもう大丈夫!キラキラキラ〜☆」

 相原くん酔ってる状態でそんなクルクル廻っ

 たら危な、……あぁホラ転んだ。 言わんこっ

 ちゃない。頭打たなくて良かった。

天使か悪魔か知らないが何の気まぐれで降りてきたのやら。 どうやらサラサを一人で出したのは、ドアを開けさせるためだったに違いなかった。

「ねぇ~しょちょ〜ぉ♡」

 こわいこわいこわい!こいつ、ぜったい何か

 企んでる!

若葉の読み通り、相原はスッと表情を変えて

「高いお酒、もってるでしょ。出しなさい?」

と低い声でささやいた。

 こわい。 そして何でそれを知って…はっ!

相原が常日頃から事務所を隅々まで掃除してくれているのを若葉は思い出した。

 こやつ、まさかこの事務所の全てを網羅して

 いるのか!

「ほれほれ、さっさと潔くお縄を頂戴しろい!」

酔っ払ったお奉行様に若葉は観念した。

「へへー、すぐにお納めいたしやすー」 気は進まないが少し乗ってみる。

「よっ!名奉行!」

 カランさん、あなたまでいつからそんな

 お囃子(はやし)を覚えた。

やれやれと若葉はクローゼットと一体になっている棚に向かった。 全く、お姫様の気品さの欠片もない。

だが若葉は、ふと思いついた。

――王族の身で、日頃から常に気品を強いられているのだろう。国に戻ればまたこれまでのように、いや、今度は国王陛下として更に自由を奪われる。こうして自分らしく酔っ払う事が出来るのも、今だけかもしれない。

若葉は棚にある物のうち、まだ開封されてない一番高いウイスキーを手に取った。

特別なお客様のためにと、とっておいた洋酒。彼はそれを持って、4つのグラスを用意した。

 いつ来るか来ないのか分からない特別なお客

 様。このお姫様達こそ、最上級の特別なお客

 様だ。

高そうなお酒に二人のテンションは爆上がりだった。サラサはいつもと変わらず、大人しそうな顔で二人に微笑んでる。

彼女も酔ってベロベロになったりするのだろうか。

あまり想像したくないが、若葉はキュッ、ポン!と瓶のふたをあけ、グラスに均等に注いだ。

「では、乾杯!」

「カンパーイ!!」

4つのグラスはそれぞれ合わさって綺麗な音を響かせた。



ラルゴ一味は手分けして不動産屋を廻っていたが、今日の収穫はゼロだった。 そもそもこんな怪しい人物達に契約者の情報を教える訳もないのだが。

ラルゴは警察のフリをしようかとも考えたがこれもうまくいかないだろう。 自分もここに来て3回声をかけられだが、いずれも制服を着ているか、即席では作れなさそうなバッジを持っていた。あれが手に入れば、少しは捜索も進むと思うのだが。

この国は警察の力が強い。祖国では王家の次に政治を動かす役人が力を持っているが、警察はそのさらに下の身分だ。 だがこの国の警察は有能でしぶとい。

ホテルで警察の特集をした番組をたまたま観たが、どんなに抵抗しても嘘をついても最後にはみんな捕まっていた。自分達もアシがつく前にさっさと任務を終えて帰国しないと、奴らのカンに触れて調べられたら終わりだと思った。ただの観光目的ではない事が悟られてしまう。

まぁあの二人の手下を除いて。


缶ビールを飲みながら、ポストに勝手に入れられたチラシに目を向ける。

頼みもしないのにこんなにたくさん紙を使って、ニホン人は物を大切にするのか無駄使いしてるのか分からない、不思議な人種だと思った。

何となく眺めていたチラシの一枚にラルゴは目を光らせる。

そのチラシには 『浮気調査、人探し、秘密の任務は我々にお任せ! 〇〇探偵社』

と書いてある。

人探し…、秘密の任務…。

ラルゴはニヤリとした。そして部下たちに指示を与える。

[明日の朝、全員で『探偵』と書いてある所に向かうぞ。二人の写真を見せて、この人達を探していますと言うんだ。秘密の仕事を引き受けてくれそうだから、こっちの事も細かく訊かないに違いねぇ。もし訊かれても適当なこと言ってりゃいい]

[はいアニキ]

[分かりました!]

ラルゴは自分のカンが、もうすぐ二人に手が届く様な気がして、上機嫌でまた缶ビールを開けた。

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