第4話
「むさ苦しい所ですがちょっとこちらでお待ち下さいね」
相原はカランとサラサに声を掛けるとテキパキと片付けを始めた。
そんなに散らかってないとは思うのだが、彼女は来賓を招き入れるために少しでも相応しい場所にしようと努力している。
まるで一人暮らしの息子の部屋にやって来た母親のようだ、とその様子を眺めていた若葉に相原が声を掛けた。
「ひとまず身の回りのもの、必要なもの、寝具を移動して下さい」
黙って頷いた若葉に
「忘れ物があったからって、開けませんからね」と厳しい目で忠告した。
「はい」
若葉は少ししょんぼりしながら必要なものをチョイスしていく。 俺の住まいなのに…。
もたもたと効率悪く掻き集める若葉とは対象的に相原は次々と部屋の軽い模様替えを終え、掃除機をかけ始めた。
ひと通りスペースを確保して
「どうぞ、お待たせしました」
と二人に声をかけ、彼女達をリビングに招く。
「お茶のご用意だけ出来てますので、とりあえずここでお待ち下さい。私は一旦自分のアパートに寝具などを取りに行ってきます」
「ありがとうございます」
車椅子を押してサラサは礼を言った。
カランは一旦車椅子を降りてソファへと腰掛ける。怪我なのか病なのかは分からないが、少しの移動なら自力で出来るらしい、と若葉は思った。
「所長、荷物の移動は終わりましたか?」
今だけもはやリーダーとなった相原が「終わってますよね?」的な口調で上司に確認する。
「はい、終わりました」
何となく敬語になる。
よろしい、と満足そうな笑みを浮べて
「じゃ、鍵を」と相原が手を出した。
ああ、この瞬間から我が城は他の者達に
占拠されるのだ。
若葉はキーの束から家の鍵を外して彼女に渡した。
相原が再度二人に声を掛ける。
「インターホンが鳴ってもノックされても、決して応対しなくて大丈夫です。ここは無人、というつもりでいて下さい」
サラサが申し訳なさそうに若葉の方を少し窺う。相原はチラッとだけこっちを見てからサラサに微笑んだ。
「もちろん、この人が来ても同じです」
この人…。ついに固有名詞まで格下げだ。
若葉は主であることの最後の意地で
「では、狭い所ですがどうぞごゆっくり」
と爽やかな笑顔で彼女達に会釈した。
「ありがとうございます。痛み入ります」
カランがすわったままで深くお辞儀をし、サラサもそれに習って深々と頭を下げた。
今のこのお二人と我が助手に、些かな温度差を感じながら、若葉は事務所兼しばらくの根城に移動した。
―――
[アニキ、あれはなんですか?]
手下の一人、ペリが訊いてきた。
ニホンに着いてからもう何度目かの質問だ。
[ああ、あれはチョウチンだ。夜歩く時に足元を照らす道具だ]
ペリは[へー。ニホンはライトじゃないんですね!]とまた阿呆な事を言ってくる。
こいつらが無知なのは仕方ない。まともな教育も受けれずにこの世界に入ったのだ。ニホンという国に来たのも、国外に出たのも初めてだ。色々興味もあることだろう。
しかし、だ。俺たちは観光に来た訳じゃない。重要な「人捜し」という任務をおってるのだ。少なくともそこは理解してくれないか、とラルゴは思った。
それに俺だって、初めてニホンに来て知らな
い物もたくさんあるんだ。
彼らに答えた半分くらいはデタラメを教えた。知らない、とは立場の上でも面子にかけても言えなかったのだ。
[あんな大きな物を担いで移動するなんて、やっぱりニホン人は働き者ですね〜]
「雷門」と書かれたチョウチンをしげしげと眺めながらペリが感心していた。
何と読むのかは分からないが、面倒だからこいつにはそう思わせとこう。
[ところで、浅草まんじゅうとかいうのは見つけたのか?]
今回の任務で重要事項のひとつだ。
[それならアゾが見つけました。でもあちこちで売ってるからどれがいいのか…。今のうちに買って置きますか?]
[いや、いい。箱の横に数字が書いてあるだろう。それはこの日までに食べて下さいって意味だ。どこでも売ってるなら帰りに買やいい]
そんなに長居もしないつもりだがな、とラルゴは思った。
ここ、トウキョウはとにかく人が多い。身を隠すならニホンのどこよりもうってつけだ。ボスが敢えて「浅草まんじゅう」を指定したのは、トウキョウに行けという意味だとラルゴは理解していた。
あとは自分をこの地位までのしあげた、持ち前の「カン」を頼りにするだけだ。 今までにカンを外した事もミスった事もない。 ラルゴは人一倍鼻の利く男だった。
そのよく利く鼻にどこからか煙の匂いがする。
ペリとアゾが揃って煙の方へ向かっている。
どこで手に入れたのか、二人は「浅草おすすめスポット」と書かれたパンフレットを持っている。
「修学旅行」という単語をラルゴが知っていたら、それじゃねぇんだぞ!と一喝するところだ。
いや、待てよ。
[おい、てめぇらそれどこで手に入れた?]
ペリとアゾは(これは渡しませんよ)という顔で
[向こうの方で配ってるのをもらいました]と答えた。
……もっと詳しい、広い地図が欲しい。
ラルゴはパンフレットを配る女性に観光客を装って、店だけじゃなくもっと詳しいトウキョウの地図はないか尋ねに向かった。
狭いキッチンで朝食を作る音がする。
眠気まなこで若葉は音のする方を見た。
相原がフンフフン♪と鼻歌を歌いながらキッチンで朝食を作っている。
包丁とまな板が当たる音、フライパンでジュ〜ジユ〜といい匂いを放つソーセージ、そしてエプロン姿でキッチンに立つ若い女性。
若葉は初めての光景にうっとりと目を奪われていた。
朝食を作り終えたのか、ガスを止めお盆に食器などを乗せ相原がやって来る。若葉は気づかれないようにまたソファに寝っ転がって寝ているフリをした。
「所長、もう10時ですよ」
相原が声を掛ける。
「ん…あぁそうか、すまん」
若葉は今起きた様な声を演じて返事をした。
「キッチンお借りしました。良かったら食べて下さい」
まさに日本の朝食、といったメニューがテーブルに置かれる。
あぁ俺はまだ夢を見ているのか。
「あなた、ご飯よ。そろそろ起きて」
と優しい愛妻に起こされる休日の朝のようだ。
この夢が現実になったら…、などと妄想を働かせていたが
「そう言えば君たち朝ごはんは?」
と、自分の分しかないテーブルを見て彼女に尋ねた。
「ああ、私たちはもう宅配されたモーニングを頂きましたから」
なぬっ?宅配モーニング、だと?!なんか朝
から豪華な雰囲気のする響きではないか!
じゃあ何で俺はこれ?
「全員の分を頼むと経費がかさむので、所長の分だけは私が用意しました」
さすが、出来る助手。経費の心配までしてく
れるなんて…、て違うそうじゃない!経費を
考えるならみんなの分を作ってくれたらいい
のに。しかも経費でモーニングって…。
若葉は描いた妄想と示された現実の狭間で、少し腑に落ちない思いだった。
「私たちはこれから買い物に出かけます。夕方までには戻りますので、お昼はご自分で摂って下さい。棚の中にカップ麺はたくさんあります」
嗚呼。休日に家族に放っとかれる現代のパパ感。そこだけ妙にリアルだ。
「はい、いってらっしゃーい。気をつけてね」
言ってる途中で閉められたドアに向かって若葉は淋しく声を掛けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます