第6話 習熟度
翌日、教団本部に到着したゴウは、その堂々とした建物の扉を開けて中に入った。中には数人の教団の使徒たちが忙しそうに行き来しており、彼の姿を一瞥もくれずにそれぞれの任務に取り組んでいる。その中で、ゴウは武器販売所を探しながら静かに歩を進めていた。『教団のメイス』は一見、粗末なメイスであり、見た目に特別な強さを感じさせるものではない。しかし、その武器には秘密が隠されていた。
ゴウは販売所でメイスを買うと、その場で一度確認するように柄を握り、軽く振ってみた。重さやバランスは普通だが、ゴウにはその使い方がすでに頭の中で描かれていた。このメイスを最大限に活用するには、繰り返し使い、習熟度を上げていく必要がある。習熟度がMAXで発現する即死効果の確率はわずか0.1%だが、ゲームクリア後の裏ボス、『家出魔人』を倒すためには、即死の一撃にかけるしかない。そしてそのためには、できるだけ早く習熟度をMAXにしなければならなかった。
だが、ゴウが本部を出ようとしたその時、一人の教団の使徒が声をかけてきた。
「お待ちください、ゴウ殿。もしお時間があるのであれば、ぜひ当教団の道場で鍛錬を受けていきませんか?」
その声にゴウは驚き、立ち止まった。道場での鍛錬と言われてピンと来た彼は、すぐにそれがメインクエストの進行を意味することに気づいた。『クイント戦記』のゲーム内で、道場での鍛錬は決して無視できないイベントであり、それが始まるとメインクエスト一話が始まり、プレイヤーのメインクエストが強制的に進められてしまう。
「ありがたいお誘いですが、今は急いでいるので、またの機会にします」
ゴウはその誘いを笑顔で断り、その場から素早く離れた。いきなり鍛錬の誘いがあったことに一瞬驚いたものの、すぐに本来の目的に戻ることを決め、教団の本部を後にした。
(危なかったな……あれは『クイント戦記』のメインクエスト第一話、『鍛錬』開始の誘いじゃないか)
ゴウは胸を撫で下ろした。もしあの誘いに乗ってしまっていたら、普通にレベルを上げて普通にシナリオをクリアして終わるところだった。レベルを極限まで上げて、レベル差で敵を圧倒するというこだわりが達成出来なくなるところだ。
(レベル60以上に上げるまではメインクエストを進めない。俺は敵を圧倒したままシナリオをクリアしたいんだ。さあ予定通り、メイスの習熟度を上げるぞ!)
彼が買った『教団のメイス』は、最弱の武器と呼ばれているが、これが、裏ボス『家出魔人』を一撃で倒す唯一の手段だとゴウは考えている。『家出魔人』には通常のボスモンスターに必ずついている、即死無効の効果が付与されていないため、このメイスで何度も挑めば必ず倒せると確信していた。
(まあ、要するに1000回に1回の運がどれだけ早く引けるかって話だけどな)
ゴウは自分に言い聞かせるようにして、次なる目的地に向けて歩き出した。
次の目的地である『郊外の畑』は、この世界に影響を与えるもう一つのレトロゲーム、ARPG『ダルサーガ』に登場する『マッドワーム』が無限に湧き続けるポイントだ。しかし、クルーヴの街の郊外にある畑群の中で『郊外の畑』がどれかは分からない。ゴウはその地点を特定して習熟度を上げようと考えていたが、どれが目的の場所なのかを見極めるのは容易ではなかった。
ゴウは、畑を一つ一つ回りながら穴を掘り、最奥の畑でようやく無限湧きポイントを見つける。しかし、予想に反して『マッドワーム』は、穴から次々と這い出てくるものの断続的で、連続して現れるわけではなかった。
(これ、倒すの地味に大変だな)
ゴウは、少し面倒くさそうに穴の前にしゃがみ込んだ。だが、メイスの習熟度を上げるためにはこの地道な作業を続けるしかない。次々と出現するマッドワームを一匹ずつ潰していく。10匹倒せば習熟度が1上がり、100匹で経験値が1増えるというのは、まさに根気勝負だ。だがゴウは、経験値など気にせずにひたすら作業を続けた。彼にはただ一つの目標がある。メイスの習熟度を上げ、『家出魔人』を倒すことだ。
その姿を、少し離れた木の陰から見守る少女リンがいた。ゴタール川のスライム退治に姿を見せなくなったことを心配していたリンは、彼の足取りを追い、ようやくこの場所にたどり着いた。
リンはそのまましばらくゴウの様子を見守っていたが、彼が一向に動かない様子に不安を感じ始めた。
(何してるんだろう?)
ゴウはひたすら地味な作業を続けている。疑問を抱いたリンは、思い切ってゴウに近づき声をかけた。
「こんなところで、何してるの?」
ゴウは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに冷静な声で答えた。
「え? あ、リンか。見ればわかるだろ?『マッドワーム』を倒してるんだよ」
その返答に、リンは首をかしげる。次々と穴から這い出てくる『マッドワーム』を潰しているのはわかる。でも、その意味が解らない。
(どうしてそんなことしてるの?)
リンは、しばらくその場に立ち尽くし、ゴウの姿を見つめていた。彼が無表情で黙々と作業を続ける様子に少し心配になり、思わず声をかけた。
「ねえ、何か嫌な事でもあったの?悩んでることがあったら、私が聞くよ?」
リンの少し優しい声掛けに、ゴウは面倒くさそうに、そして無愛想に答えた。
「別に悩んでることなんてないよ。これは必要なことだからやってるだけだし、このペースなら夕方には終わるから、気にしないで帰れば?」
リンはその返事を聞いて、逆に心配していた自分が馬鹿みたいに感じた。無意識に怒りが湧き上がり、思わず声を荒げた。
「なによ! 心配してるのに! もうちょっと、言い方ってもんがあるでしょ!」
「別に心配してくれなんて頼んでないだろ! さっさと帰れ!」
ゴウは手を振りながら、リンを追い払った。
その言葉にリンは無力感と怒りが入り混じり、彼女は『イーッ』と舌を出してその場を離れた。一方のゴウは、まるで気にも留めず、また次々とマッドワームを潰していく。
二人の仲は全く進展しない。そんな様子を遠くから見守っていたマリアとリンの母ライザは無言で天を仰いだ後、がっくりとうなだれ、揃って『ハア』とため息をついたのだった。
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