第4話 マリアのおしおき

 次の日の夕方、ゴウは机の前に座り、ペンを走らせていた。その姿は、まるで何かに追われているようにも見えた。机の上に広がるのは薄い木の板、そしてその上には、ゴウが必死で書いた文字が並んでいる。マリアは仁王立ちでゴウをじっと見守っていた。その目は、まるでゴウが何をしているのか全て見透かしているかのようだった。


「マリアさんごめんなさい。マリアさんごめんなさい……ふうっ、やっと終わった」


 ゴウは疲れたように息をつきながら、羽ペンを手に取って筆を止め、ペン立てに投げ入れた。カランと軽い音が部屋に響く。ようやく書き終えた薄い木の板をマリアが手に取り、その内容を読み始める。


「ふむ、今度はちゃんと書きましたね。最初から真面目に書いていれば、十枚で済んだものを、ふざけるから百枚になったんですよ!」


「ハイ……すいませんでした」


 ゴウは小さく頭を下げながら心の中で呟いた『ミスったな……』と。

 『よく似た文がびっしり書いてあれば、途中ふざけてもわからないハズ』と思って、途中でマリアをからかおうと書いた『マリアは実はおばさん』といった余計な一文をマリアは見逃さなかった。その代償として反省文の罰は百枚に増加し、さらには三時間のお説教とトイレ掃除までついてきた。食事も抜きで、ゴウの腹は今や空っぽだ。


「ねえ、マリア。もう食事してもいいかな? お腹すいたんだけど?」


 ゴウはお腹の空腹感に耐えきれず、マリアにお願いした。マリアは静かにうなずき、部屋の扉を開けると、廊下に待機していたに食事を運んでもらうように指示を出した。


「すぐに持ってきてくれるでしょうから、もう少しお待ちくださいね。あっ、そうだ!  その間に、昨日ゴウ坊ちゃんが言ってた皮鎧の女の子の詳細、聞きます?  どうします?」


ゴウはすぐにその話題に反応した。リンのことが気になっていたのだ。どうやって情報を仕入れたのかはわからないが、マリアが持っているなら、ぜひその情報を知りたかった。人間は好奇心が強いものだ。


「教えてくれ、頼む」


 ゴウが少し興奮した様子で答えると、マリアは満足げに話し始めた。


「はい。では、話しますね。ええと、彼女の名前はリン。白街の冒険者宿【ライザの宿】の娘で、末っ子で三女です。好きなものは剣に防具。なりたい職業は冒険者。家事がとにかく下手で、皿を洗えば割るし、干した洗濯物はシワだらけ、料理もからっきしで塩と砂糖の違いもわからない。困り果てた母親が、リンの家事スキルをどうにか開眼させたくて、魔法の皮鎧を着せ、ミニスライム討伐に放り出したらしいんですよ。今、彼氏は募集中で、気になる男はゴウ坊ちゃん。よっ、モテ男! ひゅーひゅー! 母親も『大店の息子なら申し分ない。すぐ持って行って! リンと今すぐ婚約を!』と大乗り気でしたよ。どうします?」


 ゴウは唖然としながらマリアの話を聞いていた。あまりに個人的な情報まで出てくる、その内容に驚いたのだ。


「ちょっと待て! なんでそんなスラスラと相手の情報が出てくるんだ? だいたい、俺が一回会っただけで婚約の話が出るとか、どういうことだよ!」


 ゴウは戸惑い、驚きながら問い返す。だが、マリアは微笑みながらその理由を説明する。


「はい、それはですね。リンの母親が昔の冒険者仲間で私と知り合いだからです。ライザって言うんですけど、コツコツお金を貯めて旦那を見つけ、そのお金であの宿をオープンしたんです。リンは赤ん坊の頃から知ってますよ? ゴウ坊ちゃんが、川原でリンの危機を救ったらしいじゃないですか? 家に帰るまでは『撒かれた』って怒ってたらしいですけど、それをライザに話したら『ちゃんとスライムが危険だと教えて、それでも言うことを聞かないリンのために先に帰るなんて、とんでもなくいい男よ! 絶対放しちゃダメ、噛りつきなさい』って言われて、その気になったみたいですよ。『今度見かけたら絶対逃がさない』って言ってましたからね! キャー、この色男!」


 マリアは嬉しそうにゴウの頬をグリグリと押しながら言った。ゴウは顔を赤らめながら、その手を払った。


(あのな、そんなのに捕まったら俺のレベル上げ計画が霧散しちまうだろ)


 ゴウは自分の計画に支障をきたすことを心配し、マリアが続ける恋愛話に興味を示さないようにした。すると、マリアはしばらく黙ってから、真剣な表情で忠告を始めた。


「覚えてますか? ゴウ坊ちゃんが10歳の洗礼を受けた時、我々【大陸神教】の大司教様に神託が下りました。『ゴウの持つ【死に戻り】スキルは神のスキル。来るべき大災害までにその者を勇者にせよ』と。その時まで我々はあなたを守りますが、その他の者は我々が関知するところではありません。ゴウ坊ちゃん、あなたが行っている《特殊なレベル上げ》の方法を他人に見られてはいけません。もし他人があなたの真似をして死んでも、生き返れませんからね。 あなたは《自分の特殊な行動》を見られないようにする責任があります。わかっていると思いますが、ほとぼりが冷めるまで、立ち入り禁止区域にはいかないように。ちゃんとリンとコミュニケーションを取って、普通の男の子として振る舞ってくださいね?」


 マリアの言葉には、ゴウのこれからの行動に対する大きな責任が込められていた。ゴウはしばらく黙って聞いていたが、やがて口を開く。


「わかったよ、ちゃんと相手する。でも、恋愛はしなくていいだろ! ましてや婚約なんて……」


「あら、何を言ってるんですか?  魅力的な異性を好きだと思う心は普通ですよ?  逆に毛嫌いする方が少数派ですから。だから、私はリンの恋を応援します。リンは魅力的ですし、坊ちゃんも気になってるでしょ? ちゃんと向き合ってあげてくださいね?」


「ムウ……」


 マリアはにっこりと笑いながら恋愛する事を勧めたが、ゴウは不満そうに口を尖らせるばかりだった。

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