第4話 マリアのおしおき

 次の日の夕方、仁王立ちのマリアの前で、ゴウは机の上の薄い木の板にペンを走らせていた。


「マリアさんごめんなさい。マリアさんごめんなさい……ふうっ、やっと終わった」


 『カランッ』と音を立てて、ゴウは羽ペンをペン立てに投げ入れた。


 その後、ゴウが書き終えた薄い木の板を手に取ったマリアは、内容を確認しながら言った。


「ふむ、今度はちゃんと書きましたね。最初から真面目に書いていれば、十枚で済んだものを、ふざけるから百枚になったんですよ!」


「ハイ……すいませんでした」


 ゴウは心の中で『どうせわかんないだろう?』と思いながら、途中で憂さ晴らしに『マリアは実はおばさん』などと書いてしまったのがいけなかった。マリアは目ざとくその部分を見つけ、結果、罰として百枚にボリュームアップ。三時間のお説教に加え、トイレ掃除までついて、朝から今まで飯抜きで、腹ペコだった。


「ねえ、マリア。もう食事してもいいかな? お腹すいたんだけど?」


「ええ、いいですよ。今、食事を運んでもらうように言ってきますね」


 マリアはゴウの部屋の扉を開けると、廊下に控えていたに食事を持ってくるように伝えた。


「すぐに持ってきてくれるでしょうから、もう少しお待ちくださいね。あっ、そうだ!  その間に、昨日ゴウ坊ちゃんが言ってた皮鎧の女の子の詳細、聞きます?  どうします?」


「あ、そうだった。教えてくれ、頼む」


 ゴウには、どうやって情報を仕入れたのか分からないが、マリアが彼女の情報を持っているなら知りたかった。人の性で、気になることは知りたくなるものだ。


「はい。では、話しますね。ええと、彼女の名前はリン。白街の冒険者宿【ライザの宿】の娘で、末っ子で三女。好きなものは剣に防具。なりたい職業は冒険者。母親が嘆くほどの家事下手で、皿を洗えば割るし、干した洗濯物はシワだらけ、料理もからっきしで塩と砂糖の違いもわからない。困り果てた母親が、リンの家事スキルが一つでも開眼することを願って、魔法の皮鎧を着せ、ミニスライム討伐に放り出したらしいです。今、彼氏は募集中で、気になる男はゴウ坊ちゃん。よっ、モテ男! ひゅーひゅー! 母親も『大店の息子なら申し分ない。すぐ持って行って! リンと今すぐ婚約を!』と大乗り気でしたよ。どうします?」


 あまりにプライベートな情報まで出てきて、ゴウは呆れ果てた。


「ちょっと待て! なんでそんなスラスラと情報が出てくるんだ? だいたい、俺が一回会っただけで婚約の話が出るとか、どういうことだよ!」


「はい、それはですね。リンの母親が昔の冒険者仲間で知り合いだからです。ライザって言うんですけど、コツコツお金を貯めて旦那を見つけ、そのお金であの宿をオープンしたんです。リンは赤ん坊の頃から知ってますよ? ゴウ坊ちゃんが、川原でリンの危機を救ったらしいじゃないですか? 家に帰るまでは『撒かれた』って怒ってたらしいですけど、それをライザに話したら『ちゃんとスライムが危険だと教えて、それでも言うことを聞かないリンのために先に帰るなんて、とんでもなくいい男よ! 絶対放しちゃダメ、噛りつきなさい』って言われて、その気になったみたいですよ。『今度見かけたら絶対逃がさない』って言ってましたからね! キャー、この色男!」


 マリアが勝手に盛り上がり、ゴウの頬をグリグリと押してくる。


(あのな、そんなのに捕まったら俺のレベル上げ計画が霧散しちまうだろ)


 ゴウは恋などする気がないことを示すために、マリアの手を払いのけた。


「ちょっとやめてよマリア! そんなの親子共々勘違いしてるだけだって、俺はあのとき自分のレベル上げを邪魔されたくなかったから、帰っただけなんだから!」


 手を払いのけられたマリアは、痛くもない手をさすりながら、不満顔を見せる。


「ええ~もったいない、あんな美少女なのに。せっかくだから仲良くなっとけばいいじゃないですか」


「いや、そんな暇ないよ。俺は早く強くなりたいんだから」


 完全に恋愛否定モードのゴウに、マリアが珍しく真剣な表情で忠告してきた。


「覚えてますか? ゴウ坊ちゃんが10歳の洗礼を受けた時、我々【大陸神教】の大司教様に神託が下りました。『ゴウの持つ【死に戻り】スキルは神のスキル。来るべき大災害までにその者を勇者にせよ』と。その時まで我々はあなたを守りますが、その他の者は我々が関知するところではありません。ゴウ坊ちゃん、あなたが行っている《特殊なレベル上げ》の方法を他人に見られてはいけません。もし他人があなたの真似をして死んでも、生き返れませんよ? あなたは《自分の特殊な行動》を見られないようにする責任があります。わかっていると思いますが、ほとぼりが冷めるまで、立ち入り禁止区域にはいかないように。ちゃんとリンとコミュニケーションを取って、普通の男の子として振る舞ってくださいね?」


 マリアは真剣に念を押すように言った。


「わかったよ、ちゃんと相手する。でも、恋愛はしなくていいだろ! ましてや婚約なんて……」


「あら、何を言ってるんですか?  魅力的な異性を好きだと思う心は普通ですよ?  逆に毛嫌いする方が少数派ですから。だから、私はリンの恋を応援しますよ?  リンは魅力的ですし、坊ちゃんもちゃんと向き合ってあげてくださいね?」


「ムウ……」


 ゴウは不満げに口を尖らせた。

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ここはゲーム世界?なる早レベルカンスト(序章) 法行与多 @Noriyukiyoda1212

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