第3話 喧嘩するほど……

 突如響いた少女の悲鳴にゴウは振り向く。


(んっ? なんだ?!)


 ゴウが街を離れ、下流の川原で狩りをしていたところ、突然現れた少女と遭遇した。少女は大きすぎる皮鎧を着ていたが、それが動く皮鎧に見えるぐらいブカブカで、まるで中に小さな人間が捕らわれているように見える。


 その少女が、スライムに襲われていた。この立ち入り禁止区域のスライムは、特殊進化で強くなっており初心者の少女には危険だ。ゴウは地面を蹴り、まるで風のように駆け出した。そして、スライムが二度目の攻撃を仕掛けようとした瞬間、ゴウはジャンプし、その攻撃の行く先をナイフで断ち切るように突き出した。


バシュンッ!


 スライムは消滅の音を上げ、瞬く間に水滴のように溶けていった。川原に残されたのは、ただのコイン袋だけだ。


「ふうっ、君、危ない所だったね。ここは立ち入り禁止区域だよ? 子供は上流に戻ったほうがいい。じゃあね」


 ゴウは少女に注意すると、コイン袋を拾い上げ、今ここで何事もなかったかのように、そこに居る少女を無視して、スタスタと下流に向かって歩き始めた。だが、少女は黙っていなかった。


「ちょっと待ってよ! なんであなたが下流に行って良くて、私が上流に戻らないといけないの?! そんなの不公平じゃない!」


 少女は思わずゴウに食ってかかるように走り寄った。その言葉にゴウは足を止めて振り返る。そして、キョトンとした表情を一瞬浮かべた。


「なんでって、君は攻撃できず、ただ耐えてただけだろ? いい防具を着てるけど、さっきの攻撃で大ダメージを喰らったみたいだし、下手したら死ぬよ? だから上流に戻れって言ってるんだ。理解してほしいね」


 ゴウは少し呆れたようにため息をつき、首を振るとそのまま歩き出した。だが、少女はそれに負けじと声を張り上げた。


「何よ! アンタこそ防具も付けてないんだから、下手すりゃ一撃死じゃないの! だからアンタこそミニスライムと戦うべきよ! 私より危ないアンタが戻らない限り、私も戻らないから!」


 少女の言葉にゴウは一瞬だけ眉をひそめた。どうやらこの少女、相当しつこいようだ。一歩も引かないその姿を見て、ゴウはますます面倒だと感じた。


(なんだよ、面倒なやつに捕まったな。これ以上関わってると、ずっとついてきそうだし、今日は帰るか)


 ゴウはその思いを胸に、少女のことを無視して土手の方へ向かって歩き出した。だが、少女はそれを見逃さず、大声で引き留める。


 「えっ? ちょっと帰るの?! ウソでしょ! こんなかわいい子が声かけてるのに無視?! 待ちなさいよ、名前ぐらい言いなさいよ! えっ、ウソ! 逃げた! 待て!」


 ゴウは振り切ろうと、振り向きざまに走り出した。だが少女は意外にも素早くピッタリくっついてくる。しかたなくゴウは土手の途中でフェイントを入れ、走る速度を一気に上げて切り返した。慌てた少女は右往左往し、揺れた鎧が少女の視界を遮ってゴウを見失った。ゴウは一気に土手を駆け上がり、斜めに下りて草むらに身を隠した。

 ゴウの後を追って来た少女はしばらくキョロキョロと辺りを見回していたが、すぐに諦めたように川原に戻っていった。ゴウは草むらから顔を出し、安堵のため息をついた。


「ふう、撒けたな。次からはあいつがいない時に狩りをしよう。う~ん、ちょっとアイツのこと、調べないといけないな。マリアに身元調査でも頼むか」


 ゴウは帰る決意を固め、そのまま自分の家へと歩みを進めた。だが、南門に到着した瞬間、彼の目に飛び込んできたのは、あの少女のことなどすっかり忘れさせるような、また別の人物の姿だった。


「坊主、俺たちにはどうにもできん。お前さんの自業自得だ」


その言葉に、ゴウは一瞬で思い出す。振り向くと、そこにマリアがニヤリと笑って立っていた。


「ゴウ坊ちゃん、おかえりなさいませ。さて、ここからの時間ですよ」


 ゴウは何かを察したようにポケットに手を入れようとした。しかし、マリアに促された門番の一人が、そのゴウのポケットから虫の死骸を取り出しゴミ箱に投げ入れる。それを見たマリアは、門番に優雅に感謝のお辞儀をし、満面の笑みを浮かべながら、ゴウの襟首をつかんだ。


「では、行きましょうか?」 


 マリアは無理矢理ゴウを肩に担ぎ、そのままズンズンと歩き出した。ただの荷物と化したゴウには、どうしようもなく、ただ運ばれるしかなかった。

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