第2話 白街の少女

 クルーヴの街の西側には、白亜の建物が並ぶ『白街』が広がっている。東の『赤街』と比べて静かで落ち着いた印象を受ける。その白街の奥にひっそりと建つ小さな冒険者宿は、観光客には目立たない場所に位置していたが、街の冒険者たちには良く知られた場所だった。その宿の一角に、小さな少女が大きな皮鎧を身に着けて駆け出していく光景があった。


「じゃあ、母さん行ってくるね!」


「リン! 気を付けていくんだよ!」


 宿の入り口から出てきたのは、ひときわ目を引く動く皮鎧だった。鎧の襟口からぴょこんと手が出て、元気よく振られる。その肩の隙間から、可愛らしい少女の顔が覗いている。リンという名前のその少女は、この冒険者宿の娘であり、まだ洗礼を受けたばかりの新米冒険者だ。彼女はその大きな皮鎧を身に着け、肩の部分がずれてしまうほど不格好ではあったが、それでもその姿に満足している様子だった。


「うん! 気をつけるよ!」


 リンは、大きな鎧を着て力強く南門へと駆け出していった。その背を見送った母親は、宿に戻ると、カウンターで朝食を摂っていた常連客たちに声をかけられた。


「ウソだろ? リンちゃん、もう一人で魔物狩りに行ってるのか?」


「まあ、元気が有り余ってるからね。ミニスライム退治に放り出しただけだよ」


 女将は少し困ったような顔をして言った。その言葉に、テーブル席で食事をしていた中級冒険者のリーダーが口を挟んだ。


「いや、リンちゃん、まだ洗礼を受けたばかりだろ? いきなりスパルタすぎるよ。体に合わない鎧を着てるし、大丈夫なのか?」


「まあ、今はまだ大丈夫よ。今までケガして帰って来たことないし」


 女将はその言葉に少し眉をひそめたが、すぐに笑顔で答える。


「ちょっと! ライザさんに、なに偉そうに講釈垂れてるのよ!」


 その言葉と共に、リーダーは耳を引っ張られてテーブルへと顔を引っ張られる。宿の看板少女の身体を心配して言っただけなのに、なぜか仲間の冒険者達に注意された。


「馬鹿ね。ライザさんが考えなしにリンちゃんをミニスライム退治に送り出すわけないでしょ? あの皮鎧、『俊敏』の魔法がかけられた高級品よ。ミニスライムの攻撃なんて当たらないわ」


「えっ? そうなのか?」


 リーダーは目を丸くして外を見た。リンはすでに街を出ており、もちろんその鎧を確認することは出来ない。

 

「そうさ、その上ハードレザーだから、万が一攻撃が当たってもダメージはほとんど通さない。ちゃんと子供の安全を考えてあるぞ? まったくお前はそんなだから、すぐトラップに引っかかるんだ」


「ほんとよ。ライザさんはリンちゃんがちゃんと成長できるよう、スパルタにならないように気を配ってるのよ。あんたも見習って、冒険の合間に周りにもっと気を配んなさい!」


 仲間に一人責められたリーダーは、すっかり萎縮してテーブルの隅で小さくなってしまった。そんなリーダを不憫に思ったのか、ライザは彼の肩を持った。


「そんなに責めたら可哀そうじゃない。ふふっ、心配してくれてありがとう、リーダー。まあ、確かに魔法がかかってるからって、体に合わない鎧を着せて放っておくのも、ちょっと考えものかもしれないわね?」


 ライザは、そう言って彼の背中をを軽く叩くと、笑いながら厨房に向かって歩いて行った。



******


 一方、宿を出たリンは、元気よく門番に挨拶していた。


「おはようございます! 門番さん。今日もご苦労様です!」


「おお、リンちゃん。元気だね! ケガしないように気をつけなよ!」


 リンは鎧の肩口から顔を出して、にっこりと笑顔を返し、門番たちの応援を背に受けながら門を抜けていく。彼女は門番の応援を背に受けながら、意気揚々と川原に向かって走り出した。


 しばらくして、リンはゴタール川の土手にたどり着くと、河原を見渡した。河原では、リンよりずっと大きな少年たちがミニスライムと戦い、力強く奮闘している。その姿にリンは微笑みながら思った。


「みんな頑張ってるね~。よし、私ももうすぐレベル3! 今日こそ達成するぞ!」


 ミニスライムは初心者向けの魔物であり、この川原では初心者冒険者たちがよく狩っている。リンはその様子を見守りながら、少し遠くにある監視員の姿をちらりと見る。


(いつもの事だけど、見てるだけなのよね。私の格好を見ても、何も言わないし)


 ここのミニスライムは、成長してスライムになると普通の個体より強くなると言われている。そのため、監視員には、危険な行為をする初心者への注意と、ミニスライムが成長しないように適度に間引きする仕事があるはずなのだが、いつも監視員たちはおしゃべりに夢中で、何も仕事をしていなかった。


(まあ、私が何を言っても相手にされないだろうし、それは大人に任せておけばいいや。私は今できることをやるだけ)


 リンは近くに現れたミニスライムを見つけ、手に持った木の棒を振りかざして戦闘を開始した。


三十分後――。

彼女は何匹かのミニスライムを倒し、ついにレベル3に到達した。


「よし! レベル3、今日の目標達成! お母さんに『無理するな』って言われてるし、今日はこれで帰ろうかな」


 目標を達成したリンは、土手を登りながら、ふと下流の川原に目を向けた。


(えっ? あれ、何アイツ? 大丈夫なの? 下流は立ち入り禁止のはずだけど)


 リンは目を疑った。下流の川原にいた少年は、軽装で無防備な格好をしており、そのままさらに危険なスライムのいる下流へと進んでいく。監視員たちはおしゃべりに夢中で、少年の行動に全く気づいていない。


(何をするつもりだろう? まさか、あんな軽装でスライム退治に行こうって言うんじゃないよね?)


 リンはその少年が心配で、無意識に足を止めてその後を追いかけ始めた。背の高い草に身を隠しながら少年を追い、しばらくしてその少年がスライムを見つけ、一撃で倒した瞬間に驚きの声を漏らす。


「なに今の! 一撃で倒したの?!」


 その声を上げた瞬間、リンは思わず身を乗り出してしまい、タイミング悪く近くのスライムに体当たりを食らってしまう。


「キャアッ!」


 いつも戦っているミニスライムとは違い、遥かに強いスライムの攻撃が直撃し、リンはあっという間にHPを半分近く削られてしまう。幸いにもハードレザーの鎧がそのダメージを軽減し、なんとかリンは痛みをこらえながら立ち上がれたが、突然の大ダメージにリンは驚きと焦りを胸に抱く。


「大丈夫か!?」


 そんな危機的状況を見た少年が、リンの元へ急いで駆け寄ってきた―――

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