ここはゲーム世界?なる早レベルカンスト(序章)
法行与多
第1話 大商人の息子
ラーク大陸の南端に広がるディンス半島。その地は、大陸神ラークの加護を受けると伝えられている。その半島を南北に貫くロマーク街道のほぼ中央には、『白と赤の街』として名高いクルーヴが佇んでいた。
クルーヴは街道の西側に白亜の建物、東側には赤壁の建物が立ち並び、その鮮烈なコントラストが美しい。街の南北の出入り口には、それぞれ赤と白の二本の塔がそびえ、住人たちは交代で門番となり、街道を行き交う人々や通行する商人、時には魔物の侵入を警戒している。
その南門近く、街道に面した赤街の一角に、三角屋根の三階建ての大きな商店、『ルブル』があった。少年と、メイド姿の若い女性がその前で争っていた。
「もう! ゴウ坊ちゃん! 今日は絶対にダメです、逃がしませんよ!」
ゴウと呼ばれた少年の襟首を掴んで、あがく彼を空中に吊り上げるメイドのマリア。細身で若いが、その腕力は尋常ではない。
「放せ! マリア! 俺にはやらなきゃならないことがあるんだ! 後生だ、見逃してくれ!」
「後生って何ですか! 今日は赤の聖堂の大司教様が、ありがたい説教をしてくれる日です。ご主人様も奥様も、お兄様のモア坊ちゃんも、みんな聖堂に出かける準備をしているのに、なぜゴウ坊ちゃんだけ逃げるんです?」
マリアはゴウを吊り下げたまま、顔をぐっと近づける。ゴウは必死に逃げようと足をばたつかせるが、マリアの腕はまるで鉄のように揺るがない。
「だから、いやだって言ってるだろ! あんな昔の話、聞いて何になるんだ! マリアが放してくれないなら、俺は最終手段を使うぞ!」
「へえ? この私をどうにかできると思っているんですか? これでも私は元冒険者。ゴウ坊ちゃん程度にやられるほど、軟弱じゃないですよ? フフッ、虚勢ですね、かわいいっ」
マリアはゴウのほっぺに自分の鼻をすりすりした。
(チッ! 実はオバサンのくせに! 目にモノ見せてくれる)
ゴウは心の中で舌打ちすると、ズボンのポケットから小さな黒い何かを取り出し、マリアのふくよかな胸の谷間に素早く放り込んだ。
「ん? 何を……」
マリアが視線を胸元に落とした瞬間、すぐに異変に気づく。それは、小さな虫だった。
「キャアア! 虫っ! 虫嫌い! 誰か、取ってぇっっ!」
マリアは叫びながらゴウを放り投げ、商店の前でパニックに陥りながら、店員たちに必死に虫を取ってくれるよう懇願した。
スタッ!
見事に着地したゴウは、その様子を冷ややかに横目で見ながら、急いで南門へ向かった。その一部始終を見ていた赤街の門番は、ゴウに向かってウィンクしながら言った。
「派手にやったな? 坊主。マリアさん、後で怖いぞ~」
ゴウは軽く手を振り、門を抜ける。
「確かに家に帰る時が怖いけど、レベルアップは待ってくれないんだ。ゴメン、マリア」
ゴウは家の方向へと深く頭を下げて謝り、その後すぐに顔を上げると、街の外を流れるゴタール川を目指して走り出した。
******
無事に家を抜け出したゴウは、川原に辿り着いた。そこでは、少年たちが卒業前の経験値稼ぎのため、ミニスライムと戦っているのが見えた。ゴウは、ギルドによって立ち入り禁止区域に指定された下流の橋を目指して歩きながら、自らのステータスを確認した。
(昨日やっと筋力が10になった。これでようやくメイスを使えるようになるな)
ゴウのスキル『死に戻り』は、いわばコンティニューに近いものだ。少し特殊で、死ぬとその日の最初からやり直すことになる。その日いい感じで経験値を集めていても、夕方帰る前の最後一回の失敗で集めた経験値がゼロに戻ってしまう。だが、経験値集めを早々に終わらせてしまうと、レベルがなかなか上がらない。
ゴウはこのスキルを活かし、効率的にレベルを上げるため、特定の魔物をノーダメージで倒せるようになるまで死に続け、その日の一日を何度も繰り返すことにした。こうしてまずミニスライムでレベル上げを行ったゴウは、レベルが上がりにくくなるとミニスライムを卒業し、立ち入り禁止区域に生息するスライムを狩るようになった。
そんなゴウが橋の近くまで来ると、目の前に一匹のスライムが現れた。
「おっ! 出たなスライム! まだクリティカル一発で瀕死になるから、気を引き締めていこう!」
ゴウはポケットからナイフを取り出し、戦闘態勢に入った。
(スライムにも個体差があるから、慎重に行こう。カウンター狙いが一番だ。でも、勝気な奴はフェイントに同時カウンターを合わせてくるから、油断は禁物だ)
ゴウはスライムの動きを見ながら、慎重に戦況を読んでいく。だがそのスライムは、攻撃を仕掛けることなく、ただ体を震わせた。
(おや? これは勝気ではないな。フェイント後にカウンターで決めるか)
ゴウはナイフを軽く振ってフェイントを入れた。スライムが反応し、攻撃を繰り出す。それを軽く避け、ゴウは体当たり気味にナイフを突き出す。
バシュシュンッ!
見事にカウンターを決めたゴウは、一撃でスライムを倒した。スライムが溶けて川原の土に吸い込まれ、その跡からコイン袋が現れた。
「よし! 30
ゴウはコイン袋を腰の革袋に吸い込ませると、次のスライムを探し始めた。
「さてと今日は夕方までに100匹倒したいな。頑張ろう!」
ゴウは次のスライムを探すため橋のたもとを歩き回り調べ始めた。
その様子を川原の背の高い草の中で見る、大きなブカブカな皮鎧を着た少女がいた。
「何アイツ? なんで防具もつけずに……」
少女はゴウの姿を見つめながら、首を傾げた。
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