第18話 縁を切りたい人たち
人に呼び出されて校舎裏に来た。
告白されるっぽい舞台ではあるけど、当然そんないいモンじゃない。
俺の目の前にいる一組の男女。美男子と美少女。
これから起こる惨劇を、俺は毎週のように経験している。
故に思う。
どうにかこの人たちと縁を切れないものか。と。
俺は割と普通の人間だと思う。
例えば、新崎さんみたいにおもしれーやつではないし、和泉さんみたいにギャップがあるわけでもなく、浅見さんみたいにこじらせてもいなければ、笹塚みたいに廊下に立たされそうな名前でもない。
特にこれと言って特徴があるわけでもない。強いて言うなら苗字が強いのと、それこそ、普通であること。
普通っていうのは、大多数に通じるからこそ普通なんだ。基準側なんだ。
面と向かって言葉を交わした人間とは通じ合えることが多いということなんだ。
……でも悲しいことに、それって、全員と通じ合えるわけじゃないことの証明でもあるんだよな。
わざわざ言ってるんだもん。『大多数』って。
『全員』とは言ってないんだもん。
どうしたって通じ合えない人間はいる。
一定数、確実にいる。
今目の前にいるこのイカれた男女を見ていると、殊更にそう思う。
「だから俺は笹塚君×小鳥遊君だったら小鳥遊君は受けだと思うんだよ」
「違いますッ! 小鳥遊さんは堀りたいんですッ!」
「君は掘られる側だよね小鳥遊君」
「違いますよねッ!? 小鳥遊さんは笹塚さんを掘りたいんですよねッ!?」
「アンリは小鳥遊のこのヒョロいクセに弾力のある尻が見えないのかこんなの掘られるためだけの穴だろう」
「笹塚さんの方がお尻はエッチですッ! 腰も細いですッ!」
「そんなの小鳥遊君だって──」
うそみたいだろ。先輩なんだぜ。これで。
この2人は文芸部の2年生で、部誌に俺と笹塚のR-18GのBLを寄稿しようとしているガイガイ音頭の踊り手だ。
今回も最初こそそのお願いだったが、途中からは自分のフェチを叫ぶだけの壊れたスピーカーになってしまった。
男の方。俺の尻を「掘られるためだけの穴」と形容した人が
美男子であり腐男子。といえば聞こえは丸いけど、その実は後輩(男)同士の絡みを舌なめずりしながら睨め回す、敵に回したくないタイプの変態。美男子という看板に洗っても落ちない汚れを塗りたくったかのような人である。
女の方。笹塚の尻をエロい目で見ている人が
この人は基本的に人の意見を聞かないクセに思い込みが強く、それでいて声がデカい。しかもそれら全てが天然によるため、学習というものをしない。つまるところ、タチの悪い拡声器だ。
「掘るッ!」
「掘られる」
「掘るッ!」
「掘られる」
「帰ります」
クソみたいな花占いをする2人を置いて、俺はそのまま教室に戻った。
俺の声は届かなかったのか、校舎の角を曲がるまで、2人の喧騒は聞こえ続けた。
「先輩何だって?」
「いや、大した要件じゃなかったな。メッセージで済むようなモン」
「ふ~ん」
……いざとなったらこいつを売るか。
なんて思ったのも束の間。
その「いざ」がこんな直ぐに訪れるなんて、普通想像出来ないだろ。
「小鳥遊さんッ!」
と、大紅先輩。
「笹塚君!」
と、蒼先輩。
美男子&美少女の登場に、教室がわずかに色めき立った。
そんなクラス中からの視線を意に介さず、2人はズカズカと教室へと侵入して俺たちの席まで来ると──
「「攻めは君だッ!!」」
しっかりと伸ばした人差し指で俺を指す大紅先輩と、笹塚を指す蒼先輩。
この人たちの辞書には「常識」という言葉はきっと無い。
「笹塚お前……マジか……」
「小鳥遊くん、この人たちは」
「新崎さん。えっと……部活の先輩。話の内容は完全に向こうの思い込みだから、聞かないでいいよ」
新崎さんと和泉さんはここら辺の言葉が分かるんだろうな。
一先ず俺と笹塚の名誉のために否定しないとだけど、この先輩2人はとにかく人目を引くし声がデカいから、クラス全員の誤解を解くのは無理かもしれない……
本当に縁を切りたい。
「ん? 攻めってなにさ? 先行ってこと?」
「ほら見たことかですよッ! こんな馬鹿に小鳥遊さんの背後を取れるかってんですよッ!」
「馬鹿アンリお前こういうキャラが小鳥遊君の心の壁を取り払ってくれるんだよ」
いよいよ周囲がヤバいかもしれない。
中には変な視線を俺と笹塚に向けている連中もいる。
「何? ゲームの話?」
本当に何も知らないのかよお前。じゃあもう廊下に立ってろよ。
「先輩その辺で。何度言われても、俺と笹塚はそういうのじゃないし、自分をそういうのの題材にされるのは苦手なので、書くにしてももっとマイルドにしてください」
こういう輩は刺激してはいけない。ので、丁寧にやんわりとした否定を試みた。が──
「……ん? 受けがいいってこと?」
「違います」
この人、本当に人の話を聞かないな。
何をどう解釈したらそこまで曲解出来るんだよ。
「違うよアンリ小鳥遊君はあまあまがいいって言ってるんだよ」
アンタも何言ってんだ。
次第に教室中がざわざわとし始め、互いの声が聞こえにくくなった先輩たちは更にヒートアップするように、声量を上げていく。
この喧噪をBGMに俺と笹塚の生前葬でも始まろうかというところで、突然、
「先輩がた」
新崎さんが俺の腕に抱き着いてきた。
一瞬でシンと静まり返った教室に新崎さんの声だけが響く。
「こういうことだから、違います」
今度は今度で、また喧々諤々としたざわめきが立った。
──えっあの2人?
──確かに最近仲良かったけど……え、マジ?
なんて、一つの誤解を解くために、また新たな誤解が生まれてしまった。
ぎゅっと引き締めるように俺の腕に絡みつく新崎さん。
角度からその表情は伺えない。
けど、俺を助けてくれたことだけは分かる。
「そ、そうです。なので困ります」
こういう展開は、漫画でも何度か見たことがある。
しばらくはこの誤解がなかなか解けないけど、いずれは風化して皆忘れる。
それまでは新崎さんに迷惑をかけることになってしまうが……まあ、お小遣いを叩いてお礼をしよう。
「……えっ? 笹塚君は?」
「二股ってことですか……?」
本当にどうしようもないなアンタらは。
……くそ。ええいままよだ。
「付き合ってるのは、私たち」
「笹塚とはそういうんじゃないんです。わかりましたか?」
新崎さんのアシストもあり、先輩たちの顔色は秒読みで悪くなっていく。
ようやく事態が飲み込めてきたのか、蒼先輩がハッとした。
「……つまり、笹塚君がフリー?」
なんでだよ。そうだけど。
「そういうことです」
もういい。どうせ笹塚ならそういうのも楽しめるだろ。
「じゃあ笹塚君、取材いいかな?」
「ん? イっすよ」
揉まれてこい。色んな意味で。
「なに……? 意味わかんないんですケド……」
一人だけ置いてけぼりの大紅先輩を笹塚と蒼先輩の2人で廊下へと運び出し、一先ず事態は沈静化した。
まだしばらくざわめきは収まらないだろうけど、一件落着と言っていいだろう。
──さて。
「りっちゃん……マジなの……?」
やっぱり、恋愛耐性ゼロだよな。和泉さんは。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます