第17話 浅見さんは尊大

 今日、新崎さんと和泉さんは用事があるそうで、久しぶりに笹塚と二人きりの放課後となった。

 と言っても部活なんだけどな。


 いつものように1~2時間ほどの雑談を終え、廊下へ出る。

 確か、姿写しの陣をグラウンドに模写する新崎さんを見付けたのもここだったな。


 早いもので、あれからもう一ヶ月近く経つのか。


 「小鳥遊ぃ、どっか寄ってこうぜ~」


 こいつ、なんで毎日のようにどっか寄れるだけの金があるんだよ。

 俺もう今月ピンチだぞ。

 来週までこの500円しかないんだぞ。

 少年誌の単行本1冊しか買えないんだぞ。


 「金欠だから、奢ってくれんならいいぞ」


 「帰るか」


 「おう」


 即決即断。俺たちは下駄箱目指して廊下を進んだ。

 そして渡り廊下に差し掛かったところで、見慣れたシルエットを見つけたのだ。


 「あっ、た、たかなしくん……もう、帰る……?」


 ビン底眼鏡に白衣を着た内気そうな二面性ガール。浅見さんだ。

 

 「丁度帰るところだよ。どうかした?」


 「あっ、えっと、と、図書室に……」


 そういえば、ここ数日は新崎さんをはじめ、笹塚たちといることが多かったから、浅見さんには構ってやれなかったな。

 浅見さんが俺たちの方へ来てくれれば助かるんだけど、この人はこの人で人見知りが酷いから、なかなかそうもいかない。

 いつもの4人に浅見さんを加えたメンバーで帰ったこともあったけど、横柄と言うか偉そうと言うか、態度がなかなかに尊大な厨二状態、通称『状態2』も鳴りを潜め、借りてきた猫のように大人しくなってしまったんだよな。

 あの時は一緒に帰っているんだかたまたま近くを歩いていたんだか、よくわかんなかったよ。


 ……せっかくだ。慣らしも兼ねて誘ってみるか。


 「よかったらさ、一緒に帰ろうよ」


 「あっ、えっ……」


 「浅見さん、交友関係広げたいって言ってたでしょ。こいつ結構顔広いし、仲良くなっとくと後々得だと思うよ」


 「お~浅見さんとはこないだぶりか。いいじゃん。家どこらへんなの?」


 こいつは廊下に立たされそうな名前以外、何気に欠点の無い男だからな。初対面の人ともいつも通りのテンションで喋れるコミュ強だし、浅見さんも変に気負わずに済むかもしれない。


 「うぁっ、えっと、その……じゃあ、うん……」


 と言うか、今日はそのままでいくのか。

 状態2であればもう少し会話が弾むと思うんだけど、どうなんだろう。


 「あっでも、その前に、図書室にだけ……たかなしくん、いいかな?」


 君、別に図書室でなくても状態2になれるだろ? 別にいいけどさ。


 「……じゃあ笹塚、少しだけ待っててくれるか」


 「お~ん」


 気の抜ける返事だなぁ。



 さて、場所は変わって第二書庫へと来た。

 浅見さんの力強い演武を初めて拝見したのがここだからか、浅見さんと話す時は大体いつもここだったな。


 「……それで、何かあるの? 高いとこにある本取ってほしいとか?」


 「ちっ、ちがくて! えっと、その……」


 と、浅見さんここで深呼吸。

 設定なのかなんなのか、浅見さんは深呼吸をすることで状態2へと変化する仕様になっている。


 「何と云うか、まあ、世話になってるからな。礼だ」


 相変わらず見違えるな。

 猫背が矯正されて、声の通りも良くなっている。活舌も良いから聞き取りやすくて助かる。


 うん。でもなに、「れい」?


 「れいって……なに、ここお化けいんの?」


 「礼! お礼だ莫迦者!」


 状態2の浅見さんは声を張り上げると、俺の顔目掛けて袋を投げつけた。

 中学3年間文化部で、体育の成績は2と3を往復していた俺だ。顔面に飛んでくる速球を咄嗟にキャッチするなんて離れ業が出来るはずもなく、それは見事に俺の人中にぶつかった。


 「めっちゃ痛い」


 「取れんなら避ければ良いだろう」


 弱腰ントワネットかよ。


 「それで、これはなに?」


 本の山へと落下したその袋を拾い上げてみると、やや重量を感じた。

 そりゃ、俺の人中を破壊するくらいだから当然か。

 しかもこれ、固いな。固くて小さいものがいくつも入っている。


 ……まさか。


 「チョコクッキーだ。このワタシが丹精込めて拵えてやったンだ。味わって食えよ」


 「おお……おおっ……!」


 マジか。マジかマジか。

 なんだこれ、結構普通にかなり嬉しいぞ。


 あんなことでお礼が貰えるなんて思ってなかったし、俺はクッキーがそこそこ好きだ。これはありがたい。

 しかも金欠でろくにお菓子も買えない今、渡りに船とはまさにこのことだ。


 「すっげぇ嬉しい。食べていい?」


 「なっちょっ! やめろ家で食え! ガキかお前は!」


 味わえって言ったり、やめろって言ったり、状態2は忙しないな。


 なおも食べようとする俺に業を煮やした状態2は、俺の手ごと袋を貫くような勢いで手を伸ばしてきた。

 俺は間一髪でそれを避ける。伸びきった状態2の白衣の隙間から見えた手の甲には謎の刺青があった──なんてことはなく、チョコを小さく切り砕いた時に出来ただろういくつかの切り傷と、絆創膏が巻かれた指先が見えただけだった。


 なので俺は身長の利を活かし、その場でチョコクッキーを食べてやった。


 「ああもうっ! 其れやめろ!」


 状態2は袋を取ろうと、その場でぴょんぴょんと飛んで、誤って床に積まれた本を踏んで、すっ転んで、何やってんだまったく。


 「いてて……ったく。お前ときたら」


 埃塗れの状態2が恨めしそうにこちらを見上げていた。


 「めっちゃ美味いよ」


 これ幸いにと感想を伝えると、埃を被った状態2は俺の言葉がわからなくなったのか、顔の険が取れ、きょとんとした表情へと変わる。

 ビン底眼鏡もズレてしまい、完全にもうあれだ。実験に失敗した科学者だ。


 「これ超好き。ありがとう」


 お礼にお礼を返すというのも変な話かもしれないが、俺は続けてそう言った。

 すると、ようやく言語野の不調が回復したらしい状態2は、照れくさそうに頭をかいてから、少し、嬉しそうに笑った。


 「へへっ。まあ、ワタシが拵えたんだから、不味くなりようが無い」


 相変わらずの尊大さだ。皆の前でもそうしてればいいのに。


 「一緒に食べようよ」


 「……ふん。仕方ないな」


 俺もその場に座り込んで、状態2と二人で残りのチョコクッキーを全部、その場で食べてしまった。

 待たせた上で悪いが、笹塚には秘密だ。




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