第16話 新崎さんとやさしいせかい
週が明け、天気は気持ちの良い快晴。
「このうらみはらさでおくべきか……」
だと言うのに、今日一日、新崎さんはずっとこの調子だ。
授業中でもお構いなしで、呪詛のようなものを吐いたりしている。
正直怖い。
「殺したいほどのディストーション」
一体何があったのだろう。
新崎さんはご覧の通り、丑の刻参り実行一歩手前のマインドだ。
誰かになにか嫌なことでもされたのだろうか。
「藁を編み編み……釘を突き突き……」
レッツゴー丑の刻参り。
「Oh Yeah」
えっ俺の心の声聞こえてる?
聞こえてるなら何があったか教えてほしいんだけど。
「藁人形……可愛く出来るかな」
まあそうだよな。聞こえてるわけないよな。
藁人形なぁ。
呪具だし別に可愛くなくていいと思うよ。それに、どうせ後で釘突きまくるんでしょ?
「折角の晴れ舞台。可愛くしてあげたい」
あれ晴れ舞台か? そんなおめでたいものじゃないだろ。
「髪の毛と、写真と、あとは気持ちをいっぱい込めよう」
どうやら本当に呪いたい相手がいるみたいだな。
いきさつはわからないけど、でも、人を呪わば穴二つなんだ。一度冷静になった方がいい。
「とっとっ。ごめん新崎さん。消しゴムそっち行っちゃった」
一発、牽制だ。
呪いの工程が着々と進んでいるその机の上を見られるわけにいかない君は、その立てた教科書を伏せて、藁人形制作工場の全貌を隠すはず。
しかしそんなことをすれば当然、俺はその様子を不審がる。
俺の視線を警戒する君は、作業が遅々として進まなくなり、終いには断念するだろう。
我ながらパーペキだ。
「ん、はい」
「……ありがとう」
……まあ、そんな気はしてたよ。
でも純粋に疑問だよ。なんで微塵も隠そうとしないんだよ。
なんで君は藁人形を「別に見られてもいいもの」にカテゴライズしてんだよ。
この人、心臓に毛生えすぎだろ。
まるでニーアの毛ゴイを彷彿とさせるフサフサ感だぞ。
こうなったら仕方ない。プランBだ。
正面突破といこう。
「新崎さん。それなに?」
「藁人形」
なにもう。無敵かよ。
「えっと……なんで藁人形作ってるの?」
「藁人形の使い道、一つしかないよ」
「え?」
「できた」
それは見事な藁人形だった。
藁で人体を模し、五体の先端を紐で縛ってある。相変わらず丁寧な仕事っぷりだ。
「バッチリ」
新崎さんは自分の世界に戻ったのか、俺に構うことなく次の藁人形制作を始めてしまった。
「絶対に許さない」
声遣いからは確固たる殺意を感じる。
もう俺に出来ることは何も無いのかもしれない。
わかったよ新崎さん。もう止めないよ。
これは君の物語だ。やりたいようにやるといい。
「アイスの恨みは大きい」
……ん?
「お母さん、許さない」
……ああ、そういう…………
いや、動機しょうもな。
アイス一つで藁人形まで作るか? 作らんだろ。
「期間限定のダッツ、楽しみにしてたのに。もう売ってないのに」
ダッツ……高校生にはなかなか手が出し辛い金額のアレか。
なるほど、美味しいけど高い。高いけど美味しい。そんなダッツ……それならまあ、気持ちはわからないでもないかもしれない。期間限定ならなおさら。
藁人形を作るほどではないけどさ。
あれ? 期間限定のダッツって、近くのコンビニに普通に売ってたよな? もう売り切れたのか?
結構余ってたと思うけど……ワンチャンまだ残ってるよな。
あれが買えれば、この過激な新崎さんを鎮められるかもしれない。
新崎さんは最終的に、5体の藁人形を制作した。
どれも均等なサイズで、細やかな仕事に職人みを感じるほどの出来だった。
まあそんなことはどうでもよくて。
「帰りさ、コンビニ寄らない?」
俺は皆にそう提案した。
いつもなら笹塚がどこぞへ行こうと提案するけど、今日は俺が先手を打たせてもらった形だな。
狙いは勿論、バーサーカーと化した呪いの亡者、新崎さんの暴走を止めること。
期間限定のダッツを食べられた恨み。それはきっと、同じダッツでしか癒やせない。
HRも終わり、絶好のタイミング。
「お~、そうだな」
「あたしもいいぞ」
笹塚と和泉さんは二つ返事で乗ってくれたが、肝心の新崎さんはどうだ……?
「……よる」
よし。第一関門突破だ。
ここで真っ先に帰宅してありとあらゆる呪法を実行されてはたまったものじゃない。
新崎さんの今の熱量ならその可能性も十二分にあっただけに、この賭けに勝てたのはデカいぞ。
あとはあのコンビニにダッツがあるかだが──
さぁて、困ったぞ。
このままでは近所の神社の樹が釘だらけになって集合体恐怖症勢を恐怖のどん底にブチ落とす羽目になってしまう。
さて、何故俺が困っているか。
まず、ダッツは残っていた。最後の一つだったけど、一応は残っていた。
新崎さんはそれを手に取って、ほくほく顔でレジへ向かおうと歩き出し──そして、悲劇が起きたのだ。
……いや、起きなかったと言うべきか。
「あーっ! ダッツがなくなってる!」
背後から聞こえたのは、小学校低学年くらいの男児の声だった。
その隣には同い年くらいの女児がいる。
「たっくん、ダッツ買ってくれるっていったじゃん。ここならあるっていったじゃん」
「い、いつもはいっぱいあるんだよ! っれー、っかしぃなー」
「たっくんのうそつき。もうきらい」
「そ、そんな! みゆちゃん!」
小さな恋のメロディがぽろんぽろんと終焉に向かっていく。
そんな中、新崎さんが動いた。
「あるよ。はい」
新崎さんはそう言って、楽しみすぎて勝手に食べた実母を呪殺一歩手前まで行っていたとは思えないような優しい声音で、キッズにダッツを差し出したのだった。
「おねえちゃんありがとう!」
男児は、ちゃんとありがとうが言えるいい子だった。
みゆちゃんとやらも機嫌をなおしたのか、レジでお会計を済ませた後は、2人仲良く手を繋いでどこかへと消えていった。
新崎さんも、俺達も、そんな光景をぼーっと眺めていた。
誰も悪くない。
やさしいせかい。
ただ、新崎さんのお母さんの命だけが危ぶまれるせかい。
「りっちゃん、よかったのか」
「……うん。あのダッツはもう、私が食べても美味しくない。なら、あの子たちに食べてもらった方がいい」
……なるほど、深いな。
新崎さんがあのままダッツをレジへと持っていき、買ったとして、それはあのキッズの笑顔と小さな恋のメロディを犠牲にして得た物になる。
期間限定のダッツが犠牲味なんて、そりゃ美味しくないに決まってる。
それはわかるけど、でも、良い人が我慢をするせかいは悲しいな。
新崎さんのお母さんも、このままでは呪われてしまうし……
どうしたものかと思案しても、結論は出ない。
結局、新崎さんは気休めのように他のアイスを選んでレジへと持って行った。
店員さんが自分用に残しておいたダッツを「自分はもう何個も食べたんで」なんて言って、新崎さんに渡すこともないし、帰りがけに見かけた他のコンビニにダッツが偶然売れ残っていたなんてこともなかった。
現実は漫画のようにいかない。
ダッツの期間限定味は、もう、どこにも無い。
と思ったら、新崎さんのお母さんがお詫びに2つほど買っていたそうで、
『勝ち』
と、新崎さんからの嬉しそうなメッセージと共に、2つのダッツが映った写真が、その日の夜に届いた。
物語のように運命的で奇跡的な結末は無くても、現実には現実的なエンディングがあったのだ。
一先ず、新崎さんの呪術師デビューは先送りだな。
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