第15話 新崎さんスクラップ・アンド・ビルド

 『和泉さんから聞いたよ。相談受けて困ってるんだってね』


 『俺で良ければ──』



 「話聞くよ……っと。送信」


 漫画アニメ以外の話が嫌いなわけじゃない。

 置いていかれはするけど、仲が良い人達の話っていうのは、聞いているだけでもそれなりに楽しいものだ。


 でも、やっぱりちょっと物足りないんだよな。


 新崎さんは今、友人の相談に難儀している。

 その影響でいつもの遊びや独り言がなくなってしまったのだ。



 ポンポコリン



 っと、返信だ。



 『せーちゃんからなんて答えたか聞いたよ』


 『おかげでスッキリした』


 『ありがとう』


 『持ち味をイカすよ』



 内容を見るに、どうやらもうお役御免のようだ。


 新崎さんが聞いた俺の答え。

 「張り合っても仕方ない。自分のいいところを使おう」


 これは新崎さんの言う通り、「競うな 持ち味をイカせッッ」ってこと。

 さすが新崎さんだ。刃牙も抜かりなくチェックしている。



 『なら良かったよ』



 とりあえずは一件落着っぽいな。

 これでまたいつも通りの新崎さんが見れるってわけか。


 なら、明日からまた楽しませてもらえるな。



* * *



 そして迎えた翌日。俺の身の周りには、一つの大きな変化が起きていた。

 例えば、トイレに行こうと席を立つと──


 「小鳥遊くん、トイレ? 私もいくから、連れションしようぜ」


 となり、新崎さんが衛星のように俺の周囲をくるくると回りながら旋回するようになった。

 まるで遊園地のコーヒーカップだ。


 また、水道に手を洗いに行こうものなら、


 「なに、小鳥遊くん、人でも殺したの」


 と言って、俺が手を洗うのをガン見してくる。

 挙句には


 「人肉は、猫砂と一緒に捨てるといいって言うけど、可燃ごみの収集直前に、トラックに直接捨てる方が確実だよ。

 生ハムの原木とでも言っておけば、怪しまれないし」


 と、人肉の処理に一家言ありそうなコメントを残したりする。


 聞いている分には面白い。

 新崎さんの声は嫌いじゃないし、ゆっくりだけどその分淀みなく喋ってくれるから、心地がいいのも確かだ。



 「あの人、ケンカ超強いよ。重心っていうか、歩き方でもうヤバい」


 「みて、小鳥遊くん。あの人の顔、ロベール・ドローネーの『ブレリオに捧ぐ』みたい」


 「あっちは『リズム n°1』」


 「小鳥遊くん、昨日配信のやつは見たの? 凄いかっこいいから、早く見てね」


 「ねぇ」


 「小鳥遊くん」


 「小鳥遊くん」


 「たなしかく……失礼、嚙みました」


 「棚死角……もしかしたら、昔失くしたカセットが出てくるかも……」


 「かしましかしま」


 「どう思う?」  「あっ、見てあれ」


「ねえ、これってどうかな」   「昔おままごとでてっさ作ったんだ」


  「ジュプトルだけ影薄くない?」


    「あ」


   「小鳥遊くん小鳥遊くん」   「ねえねえ」


 「小鳥遊くん、今日、一緒に帰ろうよ」





 とは言え、俺にだってキャパシティというものがある。

 一瞬でいいから静かな場所に行きたい。

 そう思ったところで、俺の周りで静かなのはもう、男子トイレだけだ。


 「笹塚、今日の新崎さん、少し変じゃないか?」


 「お前の言う”少し”は懐が深いな。

 ありゃ誰がどう見たってだいぶヘンだろ」


 「……昨日の話、新崎さん自身のことだったんだな」


 「気付くの遅いぞ。俺はな、Aちゃんが新崎、Bちゃんがお前、Cちゃんが浅見さんと見たね」


 俺もそう思う。

 確かに最近は、浅見さんに呼び出されることが多かった。

 友達がいないと言う浅見さんにお願いされて、友達が出来たら普通は何をするか、どんな時に、どんなことを、どんな風にするか。といったことを俺なりにレクチャーしていたんだ。

 そっちにまあまあの時間を割いていたから、新崎さん、笹塚、和泉さんの3人と遊ぶ時間は必然的に減った。


 でもそれも仕方のないことって言うか、だって、ああして秘密を握ってしまって、その上赤裸々にお願いまでされて。

 そんなの、断れないだろ。

 その影響で有限の時間を削られるのは、どうしようもないだろ。



 ……でも、新崎さんはきっと、もっと俺と遊びたかったんだろうな。



 笹塚と和泉さんはウマこそ合うけど、俺や新崎さんとは明らかに違うタイプだ。

 嫌な人じゃないし、一緒にいるのは心地良い。

 けど、昨日のように些細な疎外感を感じることはある。


 新崎さんは俺がいないことで、最近、それをずっと感じていたんじゃないだろうか。



 「……だよな。よし」


 トイレを出ると、そこには先に用を足した新崎さんがいた。


 「おまたせ」


 なんでだよ。こっちのセリフだろ。





 時は放課後。残すは帰路。


 白衣に身を包み、腕を組んだ女生徒が一人。

 薄暗い廊下の先で、ビン底眼鏡を光らせている。


 「小鳥遊、ちょっといいか」


 「……浅見さん」


 「なに、直ぐ済む。

 悪いな新崎。少し借りるぞ」


 一歩、また一歩、浅見さんがこちらへ近付いてくる。


 ──が、


 斜め後ろ。約30度。


 袖がきゅっと握られた。



 「……ごめん、浅見さん。

 今日は外せないんだ」


 俺がそう答えるとは思っていなかったのか、ビン底の奥にある瞳がぱちくりと瞬いた。

 

 「えっ、あ……あへぁっ……そ、そう……」


 お断り1回でこれか。

 友人間でこの手のやり取りは何度だってあるぞ。まだまだ先は長いな。


 とりあえず、ごめんな。

 すっげぇごめんな。


 心なしか、新崎さんの表情も申し訳なさそうだ。


 「浅見さん、また明日」


 気休め程度の俺の言葉に、浅見さんは項垂れた背中を見せつけるだけだった。

 これは後々のケアが必要かもしれないけど、まあ、一旦後回しでいいよな。


 「じゃあ帰ろうか」


 「……うん」



 新崎さんは昼間に比べて、随分と落ち着いていた。

 ピークは去ったようだ。


 支離滅裂で、脈絡がなく、意味の分からない発言が多かったけど、でも、さすがは新崎さんだな。


 おもしろかった。




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