第9話 新崎さんは抑えている
調理実習の時間になった。
4人1組で班を作り、協力して究極のメニューを完成させる。
今日の献立は、鰤の照り焼き、白米、味噌汁という、育ち盛りの男子高校生にはややもの足りない量のものだ。
まあ足りない分はあとで購買にでも寄って、軽く何か買えばいいか。
「こん中で料理出来る人~」
笹塚のその呼びかけに、和泉さんと新崎さんが手を挙げた。
納得のメンツだな。
和泉さんはギャップの人だからなんとなくそんな気がしたし、新崎さんはクッキングパパとか読んで影響されてそうだし、笹塚は料理とかしないだろうし。俺は俺で色々終わってるし。
「じゃあ出来る人と出来ない人で別れっか。
俺と和泉で鰤照り作っから、小鳥遊と新崎さんで味噌汁よろしく」
……笹塚ってこういう時、意外とリーダーシップ発揮すんだよな。
面倒見が良いって言うとちょっと違うけど、まとめるのが上手いって言うか。
「じゃあ新崎さん、よろしく」
「こちらこそ」
「米は鍋ならわりとすぐ炊けっから、作業の目途立った方がやんぞ」
「わかった」
そんなこんなで役割分担が終われば、さっそく調理開始だ。
「小鳥遊くん、野菜、切れる?」
野菜……野菜か。
用意された味噌汁用の野菜は2種類。
ネギと、既に皮まで剥かれている大根。
どちらも切ったことがないから何とも言えないけど……うん、こういう時はAMEMIYAの祖父の口癖だな。
『何事も経験』だ。
「大根なら、出来るかも」
「じゃあ、1センチくらいの厚さに切って、4等分して」
「う、うん……」
ぐっ、指示が細かいな。
野菜は包丁の金気を嫌うでやんすし、ここは思い切って手でがっと……
「エンドレス深呼吸♪ 一人一人が♪」
……新崎さん。
「熱い息を持っているさ♪ 何だって出来る♪」
驚いたよ。
クッキングパパでも、美味しんぼでもない。
ミスター味っ子をここでチョイスするそのセンス。脱帽だ。
「ネギ。いい香りだけど、味は少し苦手」
そうなのか。俺は結構好きだけどな。
焼いたらとろっとして美味しくないか?
「ネギを用意する。出来るだけ真っ直ぐなものが好ましい」
ああ、けんた食堂。
あれ美味しそうだよな。早く大人になってあの人のお酒の飲み方真似したいよ。
「ネギは斜めに切っていく。厚さは均等でもいいが、まばらな方が面白い」
へぇ。じゃあ大根も同じ感じにしてもいいのかな。
「鍋に昆布を戻した水をはり、鰹節を入れて一煮立ち……は出来ない。出汁パックで代用しよう」
急に我に返ったな。
まあ調理実習でそれはやりすぎか。
てかそうやって得た知識、技術が無くてもちゃんと出来たりするのかな。
料理とか、知識がかなり先行しがちなものって印象だし、そこそこ練習しないと身につかないよな。
だから俺料理苦手なんだよな。
新崎さんは凄いな。しっかり知識が身についてて。
まあそれはそれとして、大根はこんなもんでいいか。ちょっと形とか厚さが変だけど、俺にしては上出来だろ。
「新崎さん、切れたよ」
「わ、上手。ありがとう」
「ちょっと不揃いだけど、いいかな」
「いい。その方がおもしろい」
けんた食堂染み付いてるな。
「そっか。じゃああとは鍋に入れるだけ?」
「うん。だから、私たちでお米炊こう」
「だね」
米の炊き方な。
ホワイトボードに書いてある説明を読む限り、思ったよりは簡単そうだ。
要は、米と水を鍋に入れて火にかけるだけ。これなら俺にもギリ出来る。
「同じ大きさ、形のお米を選別して、至高の白米を炊く」
美味しんぼの「もてなしの心」か。本村さんがあの雄山を感動させた米の炊き方。
やっぱり美味しんぼも抑えていたか。流石だ。
……いや、その作業何時間かかると思ってんだ。余裕で授業終わるぞ。
「鍋に米と水入れて火点けるだけでいいんだよね?」
「……うん、大丈夫」
新崎さんから小さく「本村米……」と聞こえた気がした。
まさか本気だったとは。
その後はトンテンカンテン。特に滞りもなく調理は進み、お皿に盛り付け、無事に完成した。
「おあがりよ」
だな。
お食事処ゆきひら。片松高校調理実習室店、開店だ。
テーブルに並べ、「いただきます」と挨拶を済ませ、まずは味噌汁から。
出汁パックのおかげか、味が深い気がする。
具がネギと大根だけってのも、いい。
この鰤の照り焼きも、照り焼きの味がしていい。
白米と一緒にかきこめば……うん。美味しい。
……俺に食レポは無理だな。
うめぇしか言えねぇ。
「うめ」 「うめ」 「うめ」
だからそれやめろって新崎さん。
なに? 何か食べる時毎回それやってんの? 「おかわりもいいぞ!」待ちなの?
もはやあれフラグなんだから、トラウマだから、しんどいから。これ以上続けるなら嘔吐ガス散布も辞さないから。
「本村米……」
まだ言ってる。
お家でやりな。
「涙は隠し味……か」
ああ。人生はちゃんこ鍋だ。
「……おいしく出来て、よかった」
そうだな。
「ごちそうさま」と食器を片し、洗い物を済ませ、調理実習はつつがなく終了した。
そう、調理実習は。
そのまま昼休み──という流れで現在。
「あと……ひと、くち……」
「せーちゃん、がんばって」
「うぅ……ごちそうさま……」
和泉さんは死にそうになりながら、新崎さんにも手伝ってもらい、そうしてなんとか、お母さんが作ってくれたというお弁当を完食した。
その親孝行、見上げたもんだよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます