第8話 ギャップの人

 『パンドラ』における、新崎さんの好きなキャラ。

 それを聞こうとした矢先、教室のドアがやや強めに開けられた。


 ガラガラガラッと鳴り、入ってきたのは金髪ショートの女子。

 笹塚の隣の席の和泉さん。

 席替えの日から風邪をこじらせて休んでいたけど、治ったのか。


 ……正直、見た目が派手でイカついから苦手なんだよな。

 ああいうタイプの人は無条件に怖いんだ。


 「おふぁよ~」


 欠伸交じりの挨拶に反応した笹塚と新崎さんは、和泉さんへ視線をやる。


 「あン?」


 やはりと言うか何と言うか、視線には敏感なのか、和泉さんは2人が自分を見ていることに気付くと、ギロリとした眼光を返した。


 俺は和泉さんとは話したことなんてないし、軽い噂くらいしか知らないけど、曰く、主に拳を用いた言語での会話を得意としているとか、財布の所有権をジャイアニズムで簒奪してくるとか、援交やP活を日常的に行っているとか、なんとか。


 いやまあ、根も葉もないし嘘なんだろうけど。

 見た目が派手なだけなんだろうけど。

 笹塚曰く「言動に反して中身は常識的」らしいけど。


 俺や新崎さんとは絶対絡まないタイプに見える以上……なんか、何かが起こりそうな予感が──


 「あれ、りっちゃんと笹塚って絡みあったっけ?」


 「今日が初だな」


 「せーちゃん。おはよ」


 予感が──


 「あ~そか。席替えか。なるほど」


 ……あ、あれ?


 「ん? アンタは?」


 「……た、小鳥遊……」


 「ふ~ん。よろしくな」


 和泉さんはそう言って、よろしくを夜露死苦に変換することもなく、挨拶代わりの右ストレートをお見舞いしてくることもなく、俺の財布を自分のポケットにしまうでもなく、大人しく席に着いた。


 笹塚に聞いた通りの第一印象だ。

 見た目で判断してた部分はあるけど、そしてやっぱりちょっと怖いけど、悪い人ではなさそうだ。


 「ちょっと待て今日調理実習かよ! 弁当持って来ちまったじゃねーか!」


 しかもおっちょこちょいなんだ。


 「ヤバ。食えんの?」


 「せっかく作ってくれたんだから、残すワケにいかねーだろ……」


 しかも親思いなんだ。


 「せーちゃん、そんないっぱい食べれない。残っちゃいそうなら、一緒に食べよ」


 しかも小食なんだ。

 20センチくらい身長差あるのに、新崎さんの方が食べれるんだ。


 「……ありがと」


 しかもすぐデレるんだ。


 「って笹塚お前! 笑ってっけどお前もろくに食えねぇだろ! そんなお前にあたしを笑う資格なんてあんのか!?」


 「俺はそもそも、調理実習の日に弁当持って来たお前に笑ってんだって」


 「なっ、ぐっ……」


 しかも口喧嘩は弱いんだ。



 ……噂って本当アテにならないな。



 「た、小鳥遊! お前はどう思ってんだ!」


 お詫びじゃないけど、ここは味方しておくか。


 「俺もたまにやっちゃうから、どっちかっていうと和泉さんサイドだな」


 「そ、そうかっ!」


 パァッと笑顔になった。

 今度は仲間が出来て喜んでるみたいだ。

 ちょっと子供っぽいな。


 「あ~、お前ちょっと抜けてるもんな」


 うるせぇ。お前は廊下に立ってろ。


 「あ、小鳥遊くん。せーちゃんも、パンドラ読んでるよ」


 と、ここで耳より情報だ。

 本当見かけによらないな。

 漫画は読んでも大人気作とか、不良漫画だけって印象だったけど。


 「そうなんだ。じゃあここで読んでないのは笹塚だけか」


 「は? お前、読めッつッたろ」


 「いや俺さぁ、やれって言われたらやる気なくしちゃうタイプじゃん?」


 それは知るかよ。


 「ンなこと知るか」


 お、カブったな。


 「そんな俺がお前からも小鳥遊からも勧められて、素直に読むと思うかぁ?」


 「じゃあこいつハブいてパンドラの話しようぜ」


 ハブとか、やっぱちょっと子供っぽいな。


 和泉さんはギャップの人って感じか。

 寝るときは子供の頃から大切にしてるお気に入りのぬいぐるみとか抱いてそうだ。


 「うわぁいじめだいじめ。PTAに言お」


 「うっせェ! 読め! マジ超イイから!」



 なんか、普通に仲良くなれそうだな。



 俺がようやく初対面の和泉さんに慣れ始めた頃、くいっと左腕の袖が引かれた。


 こうして不意に袖を引かれると、つい袖モギ様を警戒してしまうな。


 袖モギ様に袖を引かれて振り返ると呪われてしまう。

 呪いを回避するには引かれた袖を破って渡さなければならない。

 なお本体は弱いため、殴る蹴るの暴力や物量攻撃で完封出来る。


 結論:力こそパワー。

 

 まああれは四国の土着神が元だし、こんな朝っぱらには出て来ないか。

 そう思い直して振り返ってみると、そこにいたのはもちろん、新崎さんだった。

 

 途中から笹塚と和泉さんの喧嘩漫才みたいになってたもんな。暇だよな。


 「小鳥遊くん、あの……」


 「ん?」


 「小鳥遊くんは、パンドラ、だれが好き?」


 そこで思い出した。

 そうだよ。そもそもさっき、和泉さんが来る前、新崎さんは俺とパンドラの話をしようとしてくれてたんだよ。

 和泉さんのインパクトが強すぎて流れちゃったけど、そう、土曜日曜超えて今日、ようやくパンドラの話が出来るんだよ。


 ごめんな新崎さん。たくさん話そう。


 「俺はあの人。隠密統括の椿姉さん」


 「わっ、私も、椿さん好き」


 だよな。そうじゃないかと思ったんだ。

 やっぱり俺達の好みは似てるな。


 「じわじわ追い詰めてくのが格好いいよね」


 「そうそう。それで──」



 念願のパンドラ談義。途中からは和泉さんも加わって、置いてけぼりをくらった笹塚は、漫画アプリでパンドラの1話を読み始めるのだった。



 週を跨いで叶った語らいは、HRが始まるまで続いた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る