第3話 新崎さんは授業を聞かない

 俺の隣の席には、妙な緊張感が走っている。


 「あと2本……」


 シャー芯タワー。

 現実でやっている人を見るのは初めてだ。


 「ふぅ、あと1本」


 と、作業の方はどうやらクライマックス。完成まであと1歩ならぬ1本。


 なんで授業中にやるんだよとは思うけど、がんばれ新崎さん。


 「ぴっきし!」


 あ……


 「あっ……ぶなかった……セーフ」


 ほっ。なんとか持ちこたえたみたいだな。

 完全にやったと思ったけど、意外と何とか──


 「っくしゅ!」


 あっ……


 ……ああ。


 「……」


 これは何て言うか、その……そうだな。


 「あと1本だったのに」


 惜しかったな。1回目は耐えれたのにな。


 「ううう、あんまりだ……」


 おっ、これは、来るか……?


 「あぁぁぁんまりだぁぁぁぁ……」


 来た。

 そうだな。こんなの激昂してトチ狂っちゃいそうになるよな。


 「AHYYY……AHYYY……」


 号泣だなぁ。

 こうも見事に号泣されると、なんか……なんとも言い難いな。

 あの時のジョセフも、こんな気持ちだったんだろうか。


 「フー、スッとしたぜ」


 良かった良かった。

 まあそもそもシャー芯タワーなんて授業中にやることじゃないんだけどな。


 「お絵描きしよ」


 何でおとなしく授業を聞かないんだ君は。

 そんなんじゃ急に当てられた時──って、そういえば別に正解出来るんだったな。

 不公平だな。



 それはそれとして、新崎さんはいったい、どんな絵を描くんだろうか。


 「出来た」


 早いな。どれ、ちょいと失礼して……



 ……ん? 何だ? この青色の球は。

 水たまりか?


 「ドラえもん。上手に描けてよかった」


 嘘だろ新崎さん。

 えっこれドラえもん? これが? ドラえもん?


 どっからどう見ても、ただの水たまりじゃないか。


 「1ピクセルドラえもん」


 ……なるほど。

 それならせめて、四角形にしてほしかったな。

 青色で円形なもんだから、水たまりかと思っちゃったじゃないか。


 「四角形のピクセルを敢えて丸く描くことで枠に囚われない未来の可能性を示しながら、塗りを単色にすることで失くしてはいけないものがあることを殊更に表現した作品。

 単色でも多くの人に伝わる"未来から来た青いネコ型ロボットのドラえもん”という、人気と歴史を併せ持つ国民的キャラクターを用いることで、それらメッセージを一層強調している」


 すっげぇ解説するじゃん。


 「これこそがアート」


 ……よくわかんないけど、とりあえずそれはドラえもんなんだね。


 「黄色に変えてピカチュウにしてもいい」


 ブレブレじゃないか。それでいいのかアート。


 「あっでもそしたら、未来から来た~の部分が狂っちゃう……」


 確かに。それはマズいんじゃないのか?


 「……いいや。それもアート」


 免罪符だなぁ、アート。


 「壁にバナナを貼るのもアート」


 ……アートなのか?それは。


 「っくしゅん!」


 またくしゃみか。

 こないだのド根性シャンプーの尾、なかなか引かないな。


 「うぅ、ティッシュ……あれ……ない……」


 なんだ、持ってないのか?


 「鼻セレブのポケティじゃないとかめないのに」


 ……鼻セレブ限定か。

 いるよなぁ、ティッシュの種類にこだわりある人。

 俺はなんにも気にしたことないけど。

 安いのはどれも大差ないし、高いのは雑に使えなくて困るし。


 「……ぇ」


 ジュース零した時とかにガーッて使えないのとか、嫌じゃないか?

 消耗品なのに消耗し辛いとか、もはや罠だろ。


 「ねぇ、小鳥遊くん」


 「……えっ」


 びっくりした。新崎さんに話しかけられた。

 てかなんだ、俺の名前知ってたんだな。


 いや、隣の席なんだから当然か。


 「ティッシュ持ってない? 切らしちゃって」


 「鼻セレブじゃないけどいいの?」──は、言わないほうがいいだろうな。


 「あるよ。どうぞ」


 「ありがとう」


 数枚のティッシュを引き抜いた新崎さんは、音が出ないように、静かに鼻をかんだ。



 それからは特に会話が生まれることはなかった。


 声、普通に出せるんだなぁ。


 なんて思いながら、俺はいつものように新崎さんの独り言を聞いた。



 今日、俺は初めて新崎さんと口をきいた。



 まあ日頃のがあるから、初めての会話とは思えなかったけどさ。



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