第4話 新崎さんとは好みが合う
ある日の放課後、俺は半ば幽霊部員状態だった文芸部に顔を出していた。
活動らしい活動は特にないけど、毎週金曜はこうして部員同士で顔を突き合わせて、親睦を深めるらしい。
活動時間は1~2時間。活動内容は雑談。
楽な部活動だ。
それなりに話は弾むし、皆良い人だから、俺はこの時間が嫌いじゃない。
部室前で部員と別れた俺は、なんとなくグラウンドへ目をやった。
いた。
新崎さんだ。
グラウンドにでかでかと何かを描いている。
魔法陣のような何か。
新崎さんは手に紙切れを持っていて、それに描かれている何かをグラウンドに描き写していた。
「あんなひのきのぼうみたいな枝、どこで見つけてきたんだろ」
「何見てんだ?」
俺のつぶやきに反応したこいつ。笹塚。
いかにも廊下に立たされそうな名前だ。
「新崎さん。ほら、クラスの。
グラウンドに何か描いてんだよ」
「あ~あのツインテの。お前隣だっけ」
「うん。
……あっ」
と、どうやら完成したようだ。
新崎さんの手が止まった。
そして、新崎さん自身も止まっていた。
じっと陣の中を見ているようだけど……
「なに? 厨二的な?」
「いや……」
そして数分後、望む成果が得られなかったのか、新崎さんは帰っていった。
「ちょっと見てくる」
グラウンドから新崎さんが姿を消したのを確認したのち、俺は駆け足でグラウンドへ出た。
新崎さんが陣を描いていたのは、校舎から見て右側の中腹辺り。
見つけた。
案の定、見覚えのある陣。
二重丸で、内と外の円の間は六等分されている。
その六等分された区間それぞれに向かいのものと対をなすような文字が記号や書かれている。
そして、内の円のその内側。
端から端までかかる、巨大な目。
見覚えがあった。
俺はこれを知っている。
知っているし、やったこともある。
この陣は、夏目友人帳のヒロイン、多軌透が初登場時に地面に描いていたもの。『姿写しの陣』だ。
この陣の上に立ったり、通り過ぎたりした妖は、霊力の無い普通の人間にもその姿を見られてしまう。
「作品の好みめちゃくちゃ合うな」
俺は好きな作品の年代上、どうしても同好の士を見つけるのが難しい。
そんな中降って湧いたように現れた、新崎さんという人物。
「……」
グラウンドの隅に、2m程の大きさで、ぽつんと描かれた一つの陣。
なんだかそれが、もの寂しく見えて。
俺はその隣に、同じ大きさで、一つの陣を描いた。
姿写しの陣。
新崎さんに置いていかれたひのきのぼうのような枝は結構手に馴染む太さで、描き心地が良かった。
それでもグラウンドの土は固くて、小石が多くて、ようやく描きあがったのは、新崎さんのものよりも随分と不格好な陣だった。
「ムズいな、やっぱ」
疲れたこともあって、俺はその場に座り込んだ。
そうして少しの間陣の前で待ってみたけど、当然、妖が見えることはなかった。
小学生の頃、姉に勧められて読んだ夏目友人帳。
この作品によく登場する面や陣の模様は、俺も何度か真似して描いた。
当然、この姿写しの陣もだ。
当時も妖は見えなくて、子供心に少しの安心と、少しの淋しさを感じたのをよく覚えている。
新崎さんは陣の上に妖が見えなくて、どう思ったんだろう。
カァーッ カァーッ
ハッとした。
カラスの声で我に返る。
「……何してんだ俺」
急に恥ずかしくなってきた。
高校生にもなって、グラウンドにデカめの落書きとか……
俺は陣を消すのも忘れて、足早に帰宅した。
翌日登校すると、「グラウンドで2体の悪魔が召喚されようとしている」と噂が立っていた。
真相を知らない生徒らは、その噂を各々で楽しんでいた。
心当たりのある新崎さんは、陣が一つ増えていることを訝しんでいる。
真相を知っている──というか、主犯の俺はそんな新崎さんを横目で見て、思わず笑ってしまいそうになった。
かつて感じた何かが薄れていくのを感じる。
昨日の俺と新崎さんからあの日の俺への、ささやかな贈り物と言ったところか。
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