雪女

菜月 夕

第1話

 テントの外では風と雪が囂々と音を立てて視界を遮っている。

 もう三日目だ。

 冬山だ。多少の天候の崩れは予想して食料なども多めに持って来ている。しかしそれもそろそろやばい。

 天気予報は良かった筈だ。なだらかなもう少し北側の斜面ではスキー場もやってる山だ。

 しかし、これではそんな距離でも迷い始めたらどこまでも彷徨って力尽きてしまうに違いない。

 このスキー場で彼女に出逢った。そう、その雪子に告白する勢いをつける為にこの山を選んだ。

 そして誰にも告げずにこの山に来てしまったのだ。携帯も圏外。誰も助けに来る筈もない。

 そう言えばこの山には雪女伝説が有ると言う。俺は雪女に魅入られてしまったのだろうか。

「雪女に魅入られたなら、一目会ってから死にたいもんだ」

 そうつぶやいた途端。

「呼んだ?」

「え、雪子。どうしてここへ」

「えへっ、来ちゃった。あなた雪女を呼んだじゃない。ふふっ、あなた気付いて無かったのね。私が雪女だったって事を」

 確かに雪子は夏が嫌いで夏は日当たりを避けてクーラーの有る場所にしか出歩かなかった。

 でも。いや、こんな天気でこんなとこまで来れるとしたら………。

「まだまだ雪は止まないわよ。その寝袋、大きそうよね。いっしょに寝よ。そしたら朝には雪が止むから」

 

 朝、雪はすっかり止んでいて雪子は昨日の事が夢のように消えていた。

 寝袋に彼女の匂いと初めての跡を残して。

 勿論、僕は山から帰ってすぐに雪子に結婚を申し込み、即日入籍した。

 その行動は間違っていなかったのは三ヶ月後には証明され、次の年の初雪が降り出した頃には僕は分娩室の前でうろうろし出した事を思えば正解だった。

 赤ん坊の泣き声がして僕は分娩室に入っていった。

 出産直後と思えないほど艶やかな雪子が微笑んで看護婦が小さな雪だるまを差し出した。

「あなたとわたしの子供よ。かわいいでしょ」

 ぼくはあまりの事にパニくって挙動不審になりながらも「も、勿論だよ」

 少し引きつりながらそう言って僕は冷たい雪だるまを受け取った。

 途端に周りは大爆笑になり、雪子も笑いながら「ね、言った通りでしょ。この人ったら私が雪女だって思い込んでいるのよ。ほんとはこっち」

 そういってホントに可愛い小さな女の子の赤ん坊を僕の手に抱かせてくれた。

 僕はこんどこそ笑顔満面で全身が融けるような喜びにふるえるのだった。

 でも、彼女が雪女だってのはきっと間違いない。

 だってこんなに僕を惑わせ続けるのだから。

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雪女 菜月 夕 @kaicho_oba

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