貴方の隣に
初めて訪れるこの場所に、シオンは緊張と動揺を隠せなかった。放課後の教室でハンナとアイリからある紙片を手渡された後、1時間経ってからここにやって来たのだ。
周囲の生徒にはいつも通り勉強しているように見せて、その実内容などこれっぽっちも頭に入らない1時間はあっという間で、学院寮の裏口の前でシオンは深く息を吐き出した。己の愚かさが、アカネを知らず知らずのうちに傷つけていたのだと思うと、目の奥がちかちかした。
「――シオン様」
短い髪をふわりと揺らしながら、裏口の扉から出てきたハンナに手を引かれ、シオンはやや覚束ない足取りのままある部屋へとやって来た。ほとんどされるがままだったシオンは、ほの暗い部屋にアイリも居ることを確認した。
――1時間後、学生寮の裏口に来てください。
「ここまでする必要があったのですか?」
「ウチもそう思ったんだけどね、シオン様。ハンナが……」
「……あの後、3人で学生寮に行くという選択肢もありましたが、それではいけないのです。もっとも、シオン様は知らないようなので疑問に思うのも無理ないのですが」
部屋の中央のテーブルを囲んで座る3人は、ハンナが声を潜めるのに従って、声量を抑える。朝の騒動で動揺した心がまだ落ち着いていなくて、シオンは息がつまりそうだった。
ハンナの口ぶりから、シオンは重たい口を開いて問いかけた。
「私が知らないこと、というのは……」
「――アカネ様は、この寮で生活しているのですよ」
「あ、アカネさんが?」
実家から通うシオンは寮生のことはほとんど知らなかった。まさか、アカネもこの寮にいるとは。
しかし、それとこの慎重さには何の関係があるのだろう、と首を傾げたアイリだったが、ふいに手のひらに拳をぽん、と打ち付けた。
「シオン様が正面きって学生寮に行くところを誰かに見られたら――それが今朝落ち着いたあの子たちだったら、なるほど、確かに問題かもね」
「……ぁ。そう、ですね」
自分が周囲の空気にあまりに鈍感だったせいで傷つけたのはアカネだけではなく、見方を変えればシオンを慕う他の生徒も含まれる。今朝シオンにアカネと居るべきではないと言ったあの生徒は、シオンを気遣って言っていた部分も、確かにあったから。
それから1日も経たないうちに、余計な噂を立ててしまうのは得策とは言えないだろう。もっとも、感情ではシオンは複雑な気分だ。あの魔法を、常識にそぐわない異物とみなして、それを使ったアカネにすぐにあのような態度をとるというのは。
(――歴史の、重みですか)
図らずもシオンは、それを大切に思うからこそ、王国の魔法の在り方を疑うといういわば学問的な探求心を手に入れることが出来たが、学生の身でそこまで至る者はごく僅かであった。
「それじゃあ、私はここに来ない方が良かったのではないですか?」
「私も、ここには呼ぶべきではないと思いました。でも――シオン様。きっと、話したいのでしょう?アカネ様と」
「――それ、は」
部屋の明かりが薄いからちゃんとは見えなかったけれど、ハンナは穏やかな微笑を浮かべている。少なくとも、シオンにはそう見えた。
ちら、とアイリを覗くと彼女も似たような表情でシオンを見つめていた。
「ウチら、中等部の頃からシオン様に惚れてるんだ。ずっと見てるから、シオン様が周りの空気全然読めてないのも知ってたし、アカネ様の魔法に一目惚れしてたのも見たよ」
「ちょっとアイリ!」
「……ハンナさん、アイリさん」
対面に座る2人を見て、シオンはようやく気が付いた。自分にとって半ば日常になっていた、あの挨拶。穏やかな声と、溌剌とした声と。
どんな日も聞こえてくるその声に、無意識のうちに力を貰っていたのかもしれない、と。2人の名前を呼んだのだって、あるいはちゃんと顔を見たのさえも初めてだったシオンには――自分には。
「どうして……人付き合いを切り捨ててきた私などに、その、良い気持ちを向けていてくれているのですか」
アカネを取り巻く状況さえも、察することのできぬ愚か者の自分を、どうして、と。
俯いて拳を握りしめるシオンにもたらされた声は、笑みを含んでいるように、聞こえて。
「そんなの、ミドリ先生に追いつきたいって必死に頑張るシオン様がかっこよくて、ウチたちが憧れちゃったからだよ。不器用なところも、真面目で優しいところも」
「ええ……直接でなくても、ずっと応援したいと思わせてくれたんです、他ならないシオン様が」
「――私は、ミドリ先生と仲良くしているアカネさんを見て、彼女に酷い嫉妬心を向けました。それなのに……試験での魔法を見て、どうしようもなく惹かれて、アカネさんと話したくて、他の生徒の空気も読まずに……アカネさんを傷つけてしまいました」
口にして、輪郭がはっきりする。勝手に嫉妬して、勝手に惹かれて、勝手に近づいて、そのせいで傷つけた。
勉強を言い訳にして気にかけてくれていた子たちをあしらってきた。
(私は……なんと、つまらない、人間なのでしょうか)
「私に、憧れられる資格など――」
「違いますよ、シオン様」
「えっ……」
いやいやをするように首を強く振ったシオンの肩に触れた、2人の手の感触。その熱が、強張った身体に沁みて、自己嫌悪をほんの少しだけ、溶かして。
何が違うのか、と怒りにも似た何かが、込み上げてくるのが分かった。
――だって私はアカネさんを傷つけてしまったどうしようもない愚か者だ。
「だって、シオン様は人の痛みに気づける人ですから」
ハンナのその微笑みは、思い悩む友人へと向けるような優しい色を、していて。
「シオン様が本当に人のことなどどうでもいい、自分だけが高みに居られればいいというなら――嫉妬をしていた相手の、天才のアカネ様があのような扱いになって、むしろ好都合だと、思っているはずです」
「――!」
「でも、そうじゃない。だってシオン様、自分のことみたいに痛そうな顔、してるもん」
アイリはぐっ、と肩に触れた手に力を込めてくれた。その感触が妙に心地よくて、歪めた顔が、少し緩む。
不思議と腑に落ちてしまった。
「私は、誰かを想うことが出来る人間なのでしょうか……」
切り捨ててきたと思った自分が、誰かに昏い感情を向けていた自分が、アカネを想ってもいいのだろうか、と。
「シオン様がしたいと思うことを、すればいいよ。ウチらは何があってもシオン様の味方だから。あと、アカネ様の味方でもあるけどね」
「これでも私たち、シオン様に追いつきたくて勉強を頑張っているんですよ?確かに、最初に見た時は驚きましたけど……アカネ様の魔法は、ほんとに素晴らしかったですから」
その瞬間、シオンははっと顔を持ち上げた。そうだ、アカネの魔法。
シオンは、改めてアカネに言いたかった。あの日の魔法は、最高だったと。だから、ハンナとアイリにアカネについて話があると聞いて、言う通りにしたのだ。
ああ、そうか、話したかったんだ……。
「ハンナさん、どうして私が、アカネさんと……アカネさんに、言いたいことがあると、分かったのですか?」
自分は今、ようやく気が付けたのに。
「ふふ、それは……」
「ウチらがシオン様のこと大好きだからだよ!」
「――はぁ。アイリ?私が聞かれているのですが」
「ええ、いいじゃん。ハンナも言いなよ」
「……そうですね。シオン様、アイリの言う通りです。私たちはシオン様をお慕いしていますから。シオン様の知らないシオン様を沢山知っていると思いますよ?」
いたずらめかして目を細めたハンナと、照れくさそうにはにかんだアイリ。2人の声が、言葉が眩しくて、シオンはどうしてもっと早く話してこなかったのだろう、と後悔した。あるいは、そうしていれば、アカネを傷つけずに済んだかもしれないのに。
嫉妬もした、今も少し残っている。天才だからと腹を立てた。でも、あんな風に傷ついて欲しかったわけじゃないから。
「――ありがとう、ございます」
震えるシオンの声に混ざった涙を、2人は見ないふりをした。
顔を上げた時にはシオンはすっかりいつもの表情を取り戻していた。いや、いつもよりも柔和になったその目でしっかりと2人を見据えて、
「教えてください――アカネさんの部屋を」
一歩、踏み出したのだ。
~~~
ハンナとアイリに重ねて礼を言ったシオンは、アカネの部屋の前に来ていた。ハンナによると、アカネの部屋は時期外れの入学ということもあって、ほとんど人のいないフロアにある。だから人目の心配はし過ぎなくていい、ということだった。
ハンナの言う通り、夜の闇に飲まれてしまいそうなほどに暗い廊下からは、人の気配がまるでしなかった。本当に寮に戻ってきているのかさえ、不安になる。
「それは大丈夫だと思うよ。朝、窓から寮に向かうのが見えたから」
と、アイリにも背中を押され、シオンはアカネの部屋の前まで来られたのである。
言いたいことが見つかったのはいいものの、やはりどんな顔をして会えばいいのか、正直――まだ不安だった。けれど。
「……行きましょう」
ミドリ先生なら、逃げたりはしないだろうから。
胸に手を当て、呼吸を整えてから、部屋をノックして。してから、気が付く。まだちゃんとどんな言葉を使おうか、考え抜いていない、と。
試験の一か月前から準備したいタイプのシオンにとっては、それは一大事なのに。しかし一度ノックしてしまった、もう後には引けなくて。
ノックの後、部屋で誰かが息をひそめる気配があったから、穏やかな声を努めて意識して、言った。
「アカネさん。居ますか?シオンです。お話、したいことがあって」
「――!」
「入っても、いいでしょうか?」
数秒、数十秒と間を開けてから、ゆっくりと扉が開かれた。部屋の側に扉が動く内開きになっていて、アカネは多分、扉の影に隠れるようにしてドアノブを引いている。
扉が開かれても姿の見えないアカネに向かって、「失礼します」と言いながらシオンはアカネの部屋に入った。きっとすぐ隣に居るだろうアカネに視線を向けずに、あえて数歩前に進む。
後ろで扉が閉まる音が聞こえ、それから部屋に小さな灯りが
「ありがとうございます」
「……うん」
闇にぼうと揺れるその橙の光は、アカネのつけているシュシュのようだ。アカネは今、髪をほどいて手首にシュシュをつけていた。制服はベッドの上に投げだしてあって、今の時期には肌寒いだろう薄い部屋着一枚の格好だった。
人には見られたくないだろうと思って、
「すみません、後ろを向いていますから……」
「……後ろ?」
「あ、あの。服」
「……ああ」
反応の薄い返事の後、がさがさと音が聞こえて安心したシオンだったが、衣擦れではなく――
暗闇に目が慣れても、お互いの顔がほとんど見えないこの部屋。
アカネは着替えるのではなく、燈の魔法をほどいたようだ。
「……これでいい?」
「え、ええ」
倒れるようにベッドに腰かけたアカネ。彼女に向き合う位置の床に、座ろうか迷って、やめた。「隣、いいですか?」
シオンはこくり、と縦に揺れた輪郭を確認してから、2人分の距離を開けてベッドに腰かける。
「突然、すみません。アカネさんに話があって、来ました」
「知ってるよ。さっき、言ってくれたから」
「……そうですよね。ええと、端的に言えば」
ああ、人との接し方が、分からないなぁ……。
こんな時、何を、どうやって言えばいいんだろう。
「私は、貴方に謝りたい」
「――何を?」
「そ、それは……傷つけて、しまったから」
だからまずは謝罪しなければと、シオンは膝の上で拳を握った。まるで、学院に来たばかりの頃のような、あの日見たのと同じ、今にも泣きそうな顔が思い浮かぶ。暗闇の中で見えない彼女は、泣いているのだろうか。
あの時は、妬みしか、抱けなかった。
「試験であの魔法を見せてくれた貴方が、周りからどう思われているかも考えずに、私は……身勝手に、近づいてしまいました」
「……シオンさんが?」
「そうです。私は、自分で言うのはおこがましいですが……周りから、注目、されていましたから。貴方に近づくことで、どうなるか。あまりにも、短慮に過ぎた、行いでした。そのせいで貴方を――」
言葉を続けようとしたシオンは、突然目の前に現れた手のひら大の焔の少女に心を奪われてしまった。試験の時の水の人形と同じように、アカネを象った焔の少女。
嬉しそうに跳ね回る彼女を目で追うと、小さな炎に照らされたアカネの顔が一瞬、映る。その、力なきほほえみ。
泣いていなくて、良かった、と。
「……ありがとね、シオンさん」
「わ、私はっ、お礼を言われるようなことなど……」
「ううん。だって、わたしが今日逃げちゃったのは、シオンさんのせいではないから」
ばいばい、と言っているみたいに大きく手を振った焔の少女はばっ、と姿を消し、再び部屋に闇が訪れた。シオンはなぜ、と聞きたかったが、言葉が出てこなくて。
だからアカネを、待った。
「学院に来る前、わたしは王都とは違う街にいたの。そこでね。嫌なことがあって」
「……はい」
「詳しいことは言えないんだけど、人の視線がね、怖くなっちゃって。学院に来た最初の日、皆から注目されたでしょ?ああいう、好意的な視線も怖かったはずなんだけど、そっちは意外と大丈夫みたいで……何日かしたら、ふつうに話せるようになったんだ」
アカネから告げられたのは、あの日の答え合わせ。あれは、必死に恐怖と戦っていたのだろう。シオンはそれに、決して分かるとは言えなかった。
けれど、目に見えないものに追い立てられる焦燥と、それが恐怖に変わる瞬間を、知っていたから――ミドリ先生に追いつかなければと焦る気持ちと、どんなに努力しても届かない恐怖と。
シオンが耐えられたのは、ミドリ先生を想う気持ちがあってこそだったが、それが無かったら?
「これはね、わたしのせいなの。学院では魔法とは設計図を編むもの。自由に編むものでは、ない。学院だけじゃない――王国では、それが常識で、それ以外は異端だよね」
「……考えもつかない、という人が大半では、あるでしょうけれど」
「うん。だから、それを知っていてなお、使ってしまったわたしが悪いんだ。試験の日から、皆がね、あの目でわたしを見るの。ほんとは、何日も前にもう目の前が真っ白になりそうだったんだけど」
ふいに、ベッドが軋む音が聞こえた。
シオンは身体が傾く感覚を覚え、何事かと身構える。だがその時には、アカネの肩がシオンの腕に触れていた。頭2つ分の、慎重さ。
肩に乗った彼女の頭は、少し冷たくて。
「――シオンさんが、隣に居てくれたから」
「……私が」
「うん。だから、頑張ってみようと思ったんだけどね……無理、だったよ」
その乾いた声は酷く辛そうで、笑って見せた言葉尻には震えが混ざっていて。
何か言葉をかけるべきだと分かっているのに、シオンは、何も浮かばなくて。ただ、じっと、アカネの重さを受け止めた。
「……どうして、アカネさんはあの魔法を使ったのですか?」
だから、口をついてでたのはそんな疑問で。
それに笑って答えたその声は、どうしてか心の底から楽しそうで。
「それは、シオンさんにみてもらいたかったからだよ」
「――私、に?」
どうして貴方は笑っていられるのですか、と。
シオンはアカネの言葉を聞いて悟った。これは、やはり自分のせいではないか、と。アカネをその気にさせたのは自分で、だからアカネはあの魔法を使った。それで自分の身に何が起こるか、分かっていたのに。
シオンがあの時、友だちになってくれという頼みをはっきり断らなかったから。
「それは……結果的に、やはり私のせいで、アカネさんは傷ついてしまったということ、です」
「――違うっ」
自責の念に駆られたシオンが俯きながらつぶやくと、アカネが食い気味に否定した。身を乗り出して、首を横に振るアカネとシオンの周りに、炎の小さな円環がいくつも出来る。
――どさり、と。
感情の高ぶりで、無意識に編んでしまったのだろうか――やっぱり天才だな、と場違いにも目を細めたシオンは、時間差で気が付く。
(あれ、私……今アカネさんに押し倒されて、いるような)
「わたしは……この魔法が大好きなの。設計図なんか、使いたくない。自由に、飛びたいの。でも、わたしは翼を失ってしまった。だから、王国に、学院に来た」
――言っていることは、少し分からない、けど。
「ミドリちゃんはね、わたしと同じ故郷の出身なの。だから王国に来る前から付き合いがあって。さんざん言われたんだ、この国では魔法を自由に使ってはいけないって。でも――」
――でも、アカネの真剣な表情は、嘘を言っているように見えないし。
「でも、わたしはやっぱり、魔法を好きで居たいから」
至近距離で見上げるアカネの顔は歪んでいて、ああ私の頬に何か落ちてきたな、とシオンの心の冷静な場所が捉えた。
「はじめは、好意的な視線でもやっぱり少し苦しいから、わたしに一番興味がなさそうな子の近くを、シオンさんの近くを選んだ。打算的だったよ。でも、必死に魔法の勉強をして、それで、試験の時、わたしに――初めて、設計図の魔法を綺麗と思わせてくれたシオンさんだったから、わたしは」
必死に訴えるアカネが、シオンの胸に頭をとん、と降ろす。力が抜けてしまったみたいだった。
「……わたしの好きな魔法を、見せてあげたいと思ったんだ」
『――よし。見ててね』
「……なんで、そこまで、私なんですか」
シオンは顎を引き、腕で目を覆って、絞り出すように言った。あれだけ嫉妬した相手が、シオンに見せるためにあの魔法を使ったという事実を、シオンはどう受け止めればいいか分からない。
あの、「友だちになりたい」が打算だったと知って、ざわつくこの心が、分からない。
だんだんとぼやけていく妬みの輪郭が、遠のいていくことが、不安だ。
「それは、わたしがシオンさんみたいになりたいと思ったからだよ」
「――ッ!!」
それは、シオンの胸の底で何度も渦巻いた言葉と、同じだった。同じでありながら、
「わたしはさ、自分に甘いから。目標に向かってひたむきに努力して、どんな時でも自分を律して、それで、設計図の魔法なのに、あんなに綺麗な魔法を使う、シオンさんが。わたしには、とても眩しかったんだよ」
――同じでありながら、それはシオンにとって、とても眩しい言葉だった。だって自分のそれは、とても昏いものだったから。
ふいに、身体の上の重みがなくなる。そうかと思えば、どさり、とベッドが揺れて、ああ隣に寝ころんだのだなと察する。軽くなったのに、抱える感情は、一瞬前よりもずっと重くなってしまった。
「……私は、そんなに高尚な人間じゃありません」
「欠点のない人なんていないよ。皆は天才って言うけど、わたしはこんなに弱いでしょ?」
「――貴方は、弱くないですよ」
「えっ」
腕で視界を閉ざしたまま、シオンは気が付けば言葉がするすると出て来ていることに気が付いた。なぜだろう、と思うよりも早く、感情がせりあがって、言葉が零れ落ちていく。
「私だったら、自分と同年代の、自分よりも優れた人を前に嫉妬せずにただ眩しいとは、きっと思えなかったでしょう。しかも、もし私が自由な魔法を使えたとして――見せたい、相手が居たとして。試験の場では、決して使えなかったと思います」
「……それは、わたしが馬鹿だったから」
「いいえ。貴方が、貴方の信じる魔法への想いが、強かったからですよ」
「……!」
そう、そんな貴方の魔法だから。
「私は、貴方にこれを言いたかったのでしたね……貴方のあの時の魔法は、私が今まで見たどの魔法よりも、美しいものでした」
試験の時にも言ったけれど、もう一度。今度は、しっかりと届けたいと、シオンは思う。だから腕を降ろして、身体を横にして、アカネへ身体を向けた。
するとすぐに目が合って、すこし、可笑しい。
「私は貴方の魔法が、好きです」
目が闇に慣れてきて、だから、アカネの顔が濡れているのがちゃんと見えた。目を見開くその姿が、はっきりと。
目元を拭って、頬を緩めたアカネは、シオンの手を取って告げた。
「なら、わたしの好きなシオンさんも、肯定して」
「……善処、します」
落ちた沈黙はけれど、不快ではなかった。心地よく胸に満ちる、その空気に、シオンとアカネはどちらからともなく笑った。
嫉妬から関心へ。打算から憧れへ。
それが2人の始まりだった。
「ねえ、わたしの言いたいこと分かる?」
「……言いたいこと?」
「うん――シオン。わたしと、友だちになってくれる?」
「……!ふふ。はい。アカネ。よろしく、お願いします」
暗がりの中、2人、ベッドの上で向き合った。
アカネが手首に着けたシュシュが、優しく光る焔のように見えて、シオンはそれがとても好ましく思えた。
憧れを目指すと決めたシオンが捨ててきたものと、向き合ったことでシオンが初めて得た、それは関係性だった。この胸の高揚を、だから他に呼び得る名前があるとしても、シオンは今は友情と、そう名付けることにして。
「私が、貴方を傷つける視線から護ります」
「……シオンが居てくれたら、わたしはそれで充分、かも」
「それでも、私が納得いかないのです」
もっと、早く気が付いていれば他の道があったのかもしれないと思うと、私は今でも後悔する。だって、なんで、貴方は行ってしまうの。私を置いて、なんで。
王国の外に人間が居なくなってから数百年も経つというのに、どうして貴方は「王国の外から来た」としか考えられないこと、言ったの。どうして、もっと早く教えてくれなかったの。
――ねえ、アカネ。
※※※
我を失いそうになりながら読み進めていた私は、文の途中で突然、文体が変わったことに最初は気が付かなかった。しかし、次第に違和感を覚えて、ついにそれがはじけた。
「王国の、外から……」
その、刹那だ。
「――ッ!!?」
そう口にした直後に、私の脳裏に誰かの顔が、浮かんだ。
笑顔が素敵で、いつも楽しそうに魔法を使っていて。緋色のシュシュでお団子にまとめた髪から伸びるツインテールが可愛くて。
少し、幼さの残る、その顔が。
「……ア、カネ」
それが、貴方の顔。
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