第2話 本の未来


──ここまでのあらすじ。



俺の名前は『葵田遼あおいだりょう』。今日で十六歳!

そして、こっちは──。


「おい、なんだよ。いきなり見つめてきて!気持ちわりーな、どっか別のとこ向いてろよ」


幼馴染の『佐倉千蔭さくらちかげ』!

態度はこんな感じだけど、素直ないい奴だぜ!


そんな俺と千蔭は、『魔法』と人が共生する田舎町──『カナウ』で暮らしている。


『魔法』っていうのは、ありえない奇跡を起こす……心を持った精霊達のこと。


そして、俺には父さんから遺伝した特別な力があった。それは……『魔法』の声を聞ける力。


この力があるから、父さんは町で唯一の『魔法』の医者をやってるんだ。


だから、俺も将来は、家業の診療所を継がないといけない──そう思ってはいるけど……。


俺にはまだ、自分の『未来』が本当にそれでいいのか、他にやりたいことがあるのかさえ、分からない。


家業を継ぐことに迷いがあったんだ。


そんな心のまま迎えた、十六歳の誕生日。

この町では、十六歳の誕生日を迎えた子にする特別な『儀式』がある。


──それは町の大図書館に収められた『本』を子に還すこと。


『本』っていうのは、町で子が生まれた時に、大いなる魔法によって大図書館に収められるもののことで、『本』には、生まれた子の前世から未来までの全てが記されているんだ。


だから、俺は『儀式』で『本』を手に入れて、自分の『未来』を知ろうと思った。


けど、そこに記されていた『未来』には──。



『(ベッドで千蔭を抱き寄せながら)まさか千蔭と結婚して、こんな風になるなんて……昔は思いもしなかったな』


『あ、こら……っ、今日はもう寝るからな!クソ……俺だって、こんなの想像してねーよ……』


『でもプロポーズした時、泣いて喜んでくれたよな〜千蔭』


『う、うるせーな!……ん、ちゅ……ほら、早く寝ろよ……おやすみ』



──千蔭と結婚して、幸せそうな俺の姿があった……。


『本』に記された『未来』はまだ『可能性』──そうは言うけど、俺、こんなの知って……一体どうしたらいいんだ……?




「……はあ」


頭を抱えて、思わずため息を吐く。

側には、さっき『儀式』で渡された『本』。中には、俺と千蔭の、とんでもない『未来』が記されてる……。


将来、町にいるのかどうか、家を継いでるのかどうか……そんな『未来』を覗いてみるつもりだったのが、まさか──俺と千蔭が結婚してるなんて。


──色々、衝撃すぎて、頭の整理が追いつかないな……。


「おい」


「うわっ!?」


突然、降ってきた声に顔を上げると、千蔭がいた。

料理が載った皿を両手に持った千蔭は、テーブルにそれを並べながら言った。


「これから飯って時に、シケた顔してんなよ。不味くなるだろ」


「あ、ああ……ごめん。あ、俺も何か手伝う──」


「いい、お客は座ってろ」


「……ごめん」


俺の声を背に、千蔭はまた台所の方へと戻っていく。


──『儀式』の後。


『儀式』を執り仕切ってくれた『司書様』……千蔭のお祖父様に誘われて、俺は今、図書館の裏手に建つ、佐倉家にお邪魔していた。


通常、『儀式』の後は、家に帰って、家族と祝いの席を囲むのが習わしなんだが……今日は、診療所の方が立て込んでるらしい。


だから、家での祝いはまた後日ってことになって……それを聞いたお祖父様と千蔭が、代わりに祝ってくれることになった。


幼い頃からよくしてもらってた『佐倉のおじいちゃん』と千蔭に祝われるのは、本当に嬉しい。


──それに、家で祝われたら『本』で見た『未来』の話は避けられないもんな……。


そういう意味でも、二人からの誘いはありがたかった。

俺自身、あの『未来』について、受け止めきれてないのに、周りに話すなんて……今はできそうもない。


特に、千蔭には──。



──『あっ♡ぁ……んっ♡この、バカぁっ♡変態……っ!?ひっ……あっ、あっ、そんなにっしたらっぁ♡んっ♡あぁっ、ひぃっ♡』



「絶対、言えないだろ……ッ!あんなの見たなんて……」


「ぶつぶつ何言ってんだよ」


「……はっ!?」


気がつくと、食卓には料理がずらりと並び、千蔭は俺の前に、お祖父様は千蔭の隣の席に着いていた。


頭にまだ残る千蔭のアレは追い出しつつ、俺は二人に謝る。


「す、すみません……何から何まで──」


「そんなの別にいい。ほら、せっかくの祝いの席だろ。考え事は、一旦止めだ。いいな?」


……さすがに察しがいいな。


あえて訊いてはこないが、千蔭はたぶん、俺が『儀式』で何か見たことに気づいてる。それが……俺にとって、話しづらい内容だってことも。


その上で、こうして触れないでくれてるのだ。


「……千蔭の言う通りだよ、遼くん。心ばかりのものだけど、まずはたくさん食べて……それからじゃないかな」


お祖父様にも促され、「はい」と頷く。

俺は料理に手を合わせて言った。


「じゃあ、ありがたく……いただきます!」


「はい、いただきます」


「……いただきます」


俺に続いて、お祖父様と千蔭も手を合わせる。


何からいただこうか……テーブルには、千蔭とお祖父様が用意してくれた、佐倉家の家庭の味が並ぶ。


サツマイモのニュッペルご飯に、カブをリュムルしたヌシュカ、祝い事の時には定番の、イチジクや旬の果物を使ったナブラニもある……ソースから手作りしてる、手の込んだものだ。


どれもカナウで広く親しまれる郷土料理だが、『そこん家の味』っていうのがある。

佐倉家は濃い味を好むから、俺の家とは真反対だ。でも、俺はこの味が好きだった。


小さい頃、遊びに行くと、いつもキッチンからいい匂いがして……こっそり覗いていると、お祖父様が一口だけ夕食のつまみ食いをさせてくれたんだっけな。

そしたら、千蔭が「俺も俺も」って、割って入ってきて──懐かしい。


「……おい、こっちも食えよ。よそってやったから」


「え?ああ……ありがとう」


つい、思い出に浸りながら箸を進めていると、千蔭が木の深皿を差し出してきた。大皿から取ってくれたらしい、俺の好きなベジミートのヤハヌ煮が控えめに盛ってある。もしかして──。


「……ん」


一口食べたら、確信に変わった。

水を飲みつつ、ちらちらとこっちを窺う千蔭に、俺は言った。


「これ、すごく美味いな。千蔭」


「そ、そうかよ……まあ、じいちゃんの料理は美味いからな……」


「そうだなあ……でも、いつもより味付けが、ちょっと辛めな気がするんだよなあ〜?」


「……へ、へえ?お、俺は別に、そうは思わねーけど……」


千蔭がぷい、と俺から視線を外す。

すると、そんな千蔭に目を細めたお祖父様が、俺に教えてくれた。


「……それは、千蔭が作ったんだよ。昨夜からずいぶん、仕込みに張り切っててね。遼くんを喜ばせたかったんだろうね」


「へえ〜?そうなんですねえ〜」


「っ、おい、じいちゃん!余計なこと言ってんじゃねーよ!遼も、ニヤニヤしてくんな!」


俺とお祖父様を忙しなく見遣りながら、千蔭が怒る。


「冷蔵庫見たら、食材が余ってたし、適当に料理して、遼に食わして……消費したかっただけだよ!別に、遼のためとかじゃねーし……」


「ありがとうな、千蔭。マジでむちゃくちゃ美味いよ。俺が辛い方が好きなの知ってて、味付けしてくれたのか?」


「し、知らねーよ、そんなの……!いいからもう黙って食え!その大皿、全部遼の分だからな!」


「全部?!」


……カナウを囲う山みたいな量だけど?


それでも、「ありがとう」と言ってから、俺はヤハヌ煮を味わって食べた。ピリッと舌が痺れるような辛さが嬉しい。


ほんのひと時、俺は『未来』を忘れて、三人での食事を楽しんだ。



──夕食を終えて。


佐倉家の玄関を出ると、青白い満月がもう図書館の屋根の上まで昇っていた。


……佐倉家は居心地がいいから、つい長居してしまう。


「今日は、本当にありがとうございました」


振り返って、二人に挨拶すると、お祖父様はにこやかに微笑んで言った。


「こちらこそ。久しぶりに遼くんと千蔭と……食卓を囲むことができて嬉しかった……改めて、成人おめでとう」


お祖父様が俺の背中にぽん、と手を添えてくれる。「ありがとうございます」と返すと、お祖父様は俺の目を見て、言った。


「……『儀式』の時も言ったけど、『本』に書かれた『未来』はまだ『可能性』なんだ。『可能性』は、行動によって、いくらでも開ける」


「……はい」


「覗いた『未来』が、今は望んだものでなくても……君次第でどうにでも変えられるんだ。だからそう思い詰めることはないよ」


──それじゃあ、一体……。


「……『本』の未来が当てにならないなら、町が『本』を子に還す意味は、何なんですか?」


気がついたら、思ったままを口にしていた。


「すみません」とすぐに謝ると、お祖父様は緩く首を振ってから、こう続けた。


「そうだね……『本』は、『魔法』からの餞別だよ」


「……餞別?」


「君の全てを見守っていて、少しでもその先を照らしたい、いつでもそばで支えたい……そう願う存在がいる証を、じきに独り立ちする君に、『魔法』が贈ったんだ」


──あいつらが、そんなことを願ってるのか?


今度は口に出さなかったけど、顔には出てしまったらしい。お祖父様は、肩を揺らして笑った。


「はは……彼らの声が聞こえてる遼くんには信じられないか。でも、彼らには心があって、個性があるからね。人と同じだよ……君に好意的な人もいれば、そうでない人もいる。だから、そんなことを願う『魔法』もいるんだよ。特に──その『本』はね」


俺が抱える『本』に、お祖父様が視線を遣る。


「……それは、ずいぶん心配性で、尽くしたがりだから、つい、君に様々な『可能性』を見せようとする……けど、最後には君の背中を押してくれるよ。だから、どうか……末永くそばに置いて、大事にしてほしい」


腕の中の『本』に手を添えて、お祖父様は俺の目を見据えた。暗い瞳が月を映して、力強く光ったように見えた。反射的に、本を抱える腕に力が籠る。


「……おい、大袈裟だろ」


ふいに、それまで傍観していた千蔭が、お祖父様の肩を叩く。お祖父様は「おや」と、俺から一歩離れて、朗らかに笑った。


「長々と引き留めて、すまなかったね。また、いつでも来なさい……千蔭のことも、末永くよろしく」


「え……あ、はい。もちろん……」


「じいちゃん!」


千蔭が声を上げる。

俺が視線を遣ると、俯いた千蔭は、ぼそっと言った。


「……もう余計なこと言うなよ。ほら、行くぞ、遼」


「……千蔭?」


戸惑う俺の手を引いて、千蔭はずんずん歩きだす。

振り返ってお祖父様に会釈してから、俺は何とか千蔭についていく。


図書館を過ぎて、原っぱを抜け、丘を下りたところで、千蔭はようやく足を止めた。


「ど、どうしたんだよ?急に……」


背中越しに声をかけると、千蔭は俺を振り返らないまま、言った。


「さっき……じいちゃんが言ってたことだけど、気にすんなよ」


「お祖父様が言ったこと……?」


『本』の未来のことか?

それとも、千蔭を末永く……ってこと?


千蔭の言いたいことが掴めず黙っていると、千蔭は俺を振り返って、続けた。


「『本』をそばに置いて……とかってこと。こんなもの別に……大事にしなくていいっていうか、適当に扱えばいいんだよ」


「いや、それは……さすがにできないだろ。頂き物だし、大事にしないと」


そう言うと、千蔭が顔を顰めた。


「はあ?お前、育ちよすぎだろ」


「千蔭には言われたくない」


……あんなに優しくて、孫思いなお祖父様に育てられておいて。


「とにかく」と千蔭が首を振った。


「じいちゃんは『魔法』からの『餞別』とか言ったけど、これはそんな立派なもんじゃねーよ」


「……そうなのか?」


「そうだろ。こんなクソデカい本を押し付けてくるなんて、遼を見守ろうとかってよりも、単に『見捨てないでくれ』って、みっともなく縋りついてるだけだ。『魔法』ってのは、本当……重苦しい、陰湿な連中だからな」


「……ずいぶんな言い方だな」


千蔭らしいけど。


だが、つい笑ってしまった俺を、千蔭は真剣な顔で見つめて言った。



「俺は……本の未来にも、町にも、遼が縛られてほしくないんだ。遼のことは、遼が決めろよ」



「ゆっくりでいいから」──小さくそう言って、千蔭は俺の手を離した。


それから、俺達は「おやすみ」を言って、別れた。



──家に着いてからも、俺は千蔭の言葉を反芻していた。


俺のことは、俺が決めろ……千蔭はそう言ってくれたけど……。


「将来どうしたいかなんて、すぐ分かんねえよなあ……」


部屋のベッドで横になった俺は、枕に頬を埋めて呟く。


「千蔭と結婚する『未来』か……」


本を覗いてすぐの時は、衝撃の方が強すぎて、その『未来』をどう思うかまでは考えられなかった。


けど、時間が経ち、冷静になった今、俺はその『未来』を──。


『結構アリだなと思い始めてる?』


「そうだなあ……だって千蔭って、一緒にいると居心地がいいし、態度はつんけんしてるけど、可愛げがあるし、料理も上手いし、幼馴染として普通に好きだし、まあ、セッ……とかは無いにしても、人生のパートナーとして、俺にとっては最高の相手だよな……でも……」


『でも?』


「何か……受け入れられないんだよな……受け入れちゃダメだって思うんだよ。男同士なのが気になるとか、そんなことよりも、何かが引っかかるっていうか……」


『えー?でもいいじゃん!本の未来の遼、幸せそうだったし!千蔭と結婚しちゃえ!』


「……うーん、確かに、それもいいか……って」


──いいわけあるか!


俺は声の主である『それ』をぶん投げた。


勢いよく床に転がった『それ』は……赤色が古めかしいダブルラジカセだった。

いつの間にか、俺のそばに寄り、いきなり話に入ってきたこいつには、当然『魔法』が憑いている。


「全く、この町じゃ独り言もロクに言えないな……って、これ……」


……俺はラジカセを拾い上げて、問いただす。


「……お前が憑いてるこのラジカセ……俺の部屋に元々あった物じゃないよな?誰が置いた?」


『ザザザザー……』


「おい、砂嵐の真似をするな!吐け」


『だ、だって!部屋で遼の未来を探って来いってママに言われたなんて遼に言ったのバレたら、ママに怒られちゃうもの!ママすっごく怖いのよ!だから、ママに頼まれたっていうのは絶対内緒だもん!あ』


「……気付くのが大分遅かったな。お前も、俺も」


間抜けなラジカセを解放してやりながら、俺は焦った。冷や汗をダラダラ流しながら、俺はこの数分程度を振り返る。大丈夫だ。考え事してただけだし、こいつには聞かれてない!たぶん!



──「千蔭と結婚する『未来』か……」



……めちゃくちゃ口に出しとる。


「いや、でも……母さんには魔法の声は聞こえないはずだから、こいつが聞いたところで意味ないか……?」


『うん!だから、パパが一緒に私の話を聞くって』


「……は?」


『家族会議?っていうの、これから二人でするんだって!診療所で待ってるから、私、早く二人のところに行かなくちゃ!』


「……おいお前」


『そうだ!ついでに他の魔法の皆にも話しちゃお!皆、遼の未来が気になってたみたいだから、いっぱい喜んでくれるよね!』


「待て!待ってくれ、やめろ……!それだけは……!」


『やめなーい!』


逃げ出そうとしたラジカセを掴んだが、意味はない。

奴は憑いていたラジカセから抜け出して、まんまと部屋から出ていきやがったらしい。


物に憑いてなければ、姿を持たない『魔法』を捕まえるなんて、俺にできるわけもなく。


開け放たれた窓から吹き込む夜風がカーテンを揺らすのを、呆然と眺めるしかなかった──。



ああもう──どうなるんだよ……俺達の『未来』は!(数時間ぶり二回目)



〈 つづく 〉

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