第2話 魔女の誘い
「君、私と付き合ってくれ」
優希は頭の中で、昨夜の言葉を反芻していた。
―――いったい、何を考えているんだ?
莉央の意図が分からず、思考が混乱する。
彼女が実験室の魔女と呼ばれる所以が分かった気がした。
交流もない他学年の生徒に告白など、訊いたことがない。
通学路を歩きながらブツブツと独り言を言う。
「おはよう。返事は決まったかい」
聞き覚えのある声が聞こえてきた。
振り返ってみると白衣姿の莉央が歩いてきた。
大きなあくびをしながら眠たげに瞼を擦っていた。
「大丈夫ですか? 先輩」
肩を並べて歩いている莉央に尋ねる。
「ああ、いつものことだ。気にしないでくれ」
二人は当たり前のように揃って登校する。
――――見て、実験室の魔女よ、隣にいる子は誰なんだ!? まさか恋人なのか
様々な視線を向けられながら正門を通って校舎に向かう。
昇降口で上履きに履き替えたところで、二手に分かれた。
「また放課後に――いい返事を待っているよ」
僅かに口角を上げた莉央が、微笑を浮かべる。
初めて見た違う表情にドクンと胸が高鳴った。
放課後。 優希は科学部の前まで来ていた。
色々と考えた結果、莉央と自分では釣り合わない。
「こ、断ろう!」
大きく深呼吸をして扉を開ける。
莉央は昨日と同じ位置で、参考書を読んでいた。
その姿は一輪の花のように美しい。
「久我くん、来てくれたのか」
「……あの先輩」
安堵したのか、一息つく莉央。
優希はその姿を見て言いづらそうに口を開く。
「あの俺、先輩とは――――」
莉央に気持ちを伝えようとすると、手の平を出され待ったをかける。
「君、何か勘違いをしていないかい?」
冷静かつ淡々とした口調で莉央が言い放つ。
「もしかして君、私と付き合いたいのか?」
「だって、そういう意味じゃないんですか? 『私と付き合ってくれって』」
莉央の呆れた声。冷ややかな視線。
二つの条件から優希は大きな勘違いをしていることに気が付く。
「君は誤解しているようだ。私は〝実験〟をしたいだけなんだ」
「……じ、実験ですか?」
「そうだ。私は『なぜ人は恋をするのか』について検証・実験がしたいんだ」
粛々と目的を話す莉央に安堵した。
「しかし見かけによらず、むっつりだったとはな」
「そ、それは……先輩が変なこと言うからです」
「本当か、分かりやすい間があったが?」
「何っていえば先輩に伝わるのか、考えていたんです」
慌てて弁解する。彼の言葉を訊いた彼女はすぅ―と細める。
「疑っていますか?」
優希が視線を右往左往させる。
「いや、言葉が足りなかった私の落ち度だ」
非を認めた莉央がゆっくりと口を開く。
謝罪の言葉と確信する。
だが、聞こえてきたのは予想外の言葉だった。
「私の実験に付き合ってくれ、助手として」
二度目の告白も凛とした声だった。内容もしっかりと理解できた。
―――俺が先輩の実験に付き合う? 助手として。
莉央の言葉を反芻させる。
なぜ、と疑問が湧き出てくる。上手く言葉が出てこない。
優希の唖然とした表情。蒼い瞳がまっすぐに見つめてくる。
黙りこくる優希。
「沈黙は肯定ってことかい?」
莉央が妖しい笑みを浮かべて訊いてくる。
驚きが大きすぎて、否定することすらできない。
しばらく沈黙が流れた。
「…………」
否定しないことを了承したものと判断した莉央は「明日からよろしく頼むよ。助手くん」
そう言って、悠然とした足取りで部屋を出て行く。
取り残された優希は彼女の後を追いかけることができず、立ち尽くしているだけだった。
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