第2話 魔女の誘い

「君、私と付き合ってくれ」

 僕は頭の中で、昨夜の言葉を反芻していた。

―――いったい、何を考えているんだ?

 先輩の発言の意味が分からず思考が混乱する。

 一般的に考えて、交流もない他学年の男子に告白するなど、訊いたことがない。

 と、通学路を歩きながらブツブツと独り言を言う。

「おはよう助手くん。昨日の返事は決まったかい」

 背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。振り返ってみると白衣姿の先輩がこちらに向かって歩きてきた。大きなあくびをしながら眠たげに瞼を擦っている。


「お、おはようございます。大丈夫ですか? 先輩」

 肩を並べて歩きながら尋ねる。

「ああ、いつものことだ。気にしないでくれ」

 先輩は当たり前といわんばかりにそう言葉を返す。

――――見て、実験室の魔女よ、隣にいる子は誰なんだ!? まさか恋人なのか

 様々な視線を向けられながら正門を通って校舎に向かう。

「また放課後に――いい返事を待っているよ」

 僅かに口角を上げた先輩が微笑を浮かべる。初めて見た違う表情にドクンと胸が高鳴った。


 放課後。 僕は科学実験室の前に来ていた。

 色々と考えた結果、先輩と自分では釣り合わない。

「こ、断ろう!」

 大きく深呼吸をして扉を開ける。昨日と同じ位置で、先輩は参考書を読んでいた。

 その姿は一輪の花のように美しい。

「久我くん、来てくれたのか」


「……あの先輩」

 安堵したのか、先輩がひと息つく。僕はその姿を見て、申し訳ない気持ちになりながらに口を開く。

「あの僕、先輩とは――――」

 気持ちを伝えようとすると手の平を出され待ったをかける。

「君、何か勘違いをしていないかい?」

 冷静かつ淡々とした口調で先輩が言い放つ。

「もしかして君、私と付き合いたいのか?」

「だって、そういう意味じゃないんですか? 『私と付き合ってくれって』」

 先輩の呆れた声。冷ややかな視線。


 二つの条件から大きな勘違いをしていることに気が付く。

「君は誤解しているようだ。私は〝実験〟をしたいだけなんだ」

「……じ、実験ですか?」

「そうだ。私は『なぜ人は恋をするのか』について検証・実験がしたいんだ」

 粛々と目的を話す姿に安堵した。

「しかし見かけによらず、むっつりだったとはな」

「そ、それは……先輩が変なこと言うからです」

「本当か、分かりやすい間があったが?」

「何っていえば先輩に伝わるのか、考えていたんです」

 慌てて弁解する。彼の言葉を訊いた彼女はすぅ―と細める。

「もしかして疑っていますか?」と僕が視線を右往左往させながら訊くと。


「いや、言葉が足りなかった私の落ち度だ」

 非を認めた先輩がゆっくりと口を開く。謝罪の言葉と確信した僕は安堵の笑みを浮かべようとしたところで、聞こえてきたのは予想外の言葉だった。

「私の実験に付き合ってくれ、助手として」

 二度目の告白も凛とした声だった。内容もしっかりと理解できた。

 (俺が先輩の実験に付き合う? 助手として)

 今しがた、口にされた言葉を反芻させる。

 なぜ、と疑問が湧き出てくる。上手く言葉が出てこない。

 僕は唖然とした表情を浮かべる。すると蒼い瞳がまっすぐに見つめてくる。

「沈黙は肯定ってことかい?」

 先輩が妖しい笑みを浮かべながら訊いてくる。驚きが大きすぎて、否定することすらできない。

 しばし沈黙が流れた。

「…………」

 否定しないことを了承したものと判断した先輩は、「明日からよろしく頼むよ。助手くん」

 そう言って、悠然とした足取りで部屋を出て行く。

 取り残された僕は、彼女の後を追いかけることができず立ち尽くしているだけだった。



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