クールなサイエンティストの先輩に好かれています。

赤瀬涼馬

第1話 二人の出会い

 規則正しく並べられた机と椅子。鼻を突くような独特の刺激臭、漆黒色のカーテンに仕切られた室内。

 放課後の実験室に男子生徒の声が響く。

「……失礼します」

 扉に視線を向けると男子生徒が立っていた。

 濡れ羽色の髪をした幼い顔立ちの小柄な男子だ。

 ネクタイの色が青いことから、どうやら一年生らしい。

 彼は視線を彷徨わせて、誰かを探していた。莉央はそんな彼を気にも留めずに科学実験室に入っていく。

「あの~すみません」

 遠慮がちな声が後ろから聞こえてきた。

「…何?」

 凍てつくような声。莉央は鋭い視線を向ける。

 視線を向けられた彼はビクッと肩を竦ませる。

「えっと、その、あの――――」

 要領を得ない返事に莉央は苛立つ。

「はっきり話してくれ。全く聞こえない」

 莉央は呆れたように言う。声を訊いた彼はオロオロしている。

 まるで小鹿のようだ。

「…………」

 委縮したのか、口を噤んでしまう。

 莉央ははぁとため息を吐いた。

 近くの椅子に座り、鞄から一冊の本を取り出す。

 近くに来た彼がごにょごにょと必死に話している。

 声が小さすぎて聞こえてこない。

「あの~すみません」

 もう一度、彼の声が聞こえる。

「だから何?」

 再び、凍てつくような声が部屋に響く。彼は怯えたような目でこちらを見る。

 はっきりとしない彼の態度に莉央は呆れ果てていた。

 ガシャンと扉が開く音がする。

 振り返ってみると白衣姿の教諭が立っていた。

 艶やかな黒髪。肩口で揃えられた髪型。淡い琥珀色の瞳。

「おお! やっと来たか」

 理科教諭・平塚静乃はため息交じりに言う。

「……すみません」

 彼は弱弱しく言葉を返す。

 静乃はまあ卑屈になるなよと肩を叩く。

 彼は「あ、ありがとうございます」

 しどろもどろになりながらお礼を言う。

「そういえば新見、こいつとは知り合いなのか?」

 静乃が莉央に訊く。

「ついさっき、会ったばかりです」

 莉央はピクリとも表情を動かさずに答える。

 小柄な男子もこくりと頷く。

「自己紹介はもう済んだのか?」

 静乃の言葉に押し黙る二人。

 示し合わせたわけでもないのにタイミングまでピッタリだった。

「おいおい――!」

 静乃が驚愕して声を上げる。

「私が来るまで時間はあっただろ? いくら顔見知りとはいえ、せめて学年や名前くらいは名乗るものだろう」

 静乃は額に手をやり、大袈裟な仕草で言う。

「いいえ、私は彼の顔はおろか、名前すら知りません」

 莉央は透明感のある声で答える。

「ならばないますぐにやりたまえ」

 言うが早いか静乃は中央の教壇に椅子を置く。

 長い足を組み座む。

 静乃に見守られる中、どちらとも口を開く様子がない。

 時間だけが過ぎていく。

 チラっと時計に目をやると三分ほど経っていた。

「新見莉央」

 莉央がぶっきらぼうな口調で名前を口にする。

「――え?」

「私の名前だよ、分かるでしょ?」

 呆れたように肩を竦めて、鋭い視線で見上げる。

「えっと、俺の名前は」

 焦るように優希が名前を口にする。

「おどおどしないでくれる? 見ていてイライラするから」

 額を押さえ、深いため息を漏らす。

「久我優希です」

 自信なさげに名乗る。

「ふーん。久我君っていんだ」

 試すように見てきた莉央に優希は怯えたように後ずさる。

 優希が下がるたびに莉央は近づいていく。ゆっくりと追い詰めていく。

 逃げ場を失った彼は壁際に両手をつき、莉央を見上げる。

 莉央は彼を見下ろすように眺めて、動きを封じるように両手を壁につける。

「君、私と付き合ってくれ」

 背中を丸めている優希に囁くようにして言う。

 彼なら答えけっかをくれると信じて。


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