第七話 友達
「弥生、休んでいるウチに髪伸びたね?」
「おう。だから後ろで結んでんだー!」
梅野 如月【うめの きさらぎ】は、肩まで伸びた弥生のモミアゲに指を滑らせひと撫でする。彼は弥生の同級生であり、友人の一人だ。
「髪切るの面倒臭くてさー?あっ!こんなに髪伸びてっとアニメや漫画のコスプレとかも出来そうじゃね?」
「あー、弥生の髪色だと魔法少女モノとか良いかもね?」
「日曜朝枠のアニメとか、契約して魔法少女になるアレとか?」
「それは版権的にちょっと……」
如月は所謂オタクである。主にアニメや漫画の。弥生とはそれがキッカケで仲良くなった。
「じゃあさ、今度一緒にやってみねぇ?“シュウマホ”とか!!」
「いいね。衣装とかも用意してやってみよっか!」
「お前ら何の話をしてんだよ?」
書き終えたのか、日誌を閉じて訊ねてきた睦月に弥生は自慢気に話す。
「コスプレすっかって話!“終焉の魔法少女”つって、もしかして睦月知らねぇの?」
「終焉の……?何それ知らん」
「弥生、それはちょっとマニアック過ぎるから。それにまだアニメ化してないし」
「あっ、そっかー」
残念そうに告げる弥生に如月は苦笑する。それもその筈。弥生が語った“終焉の魔法少女【しゅうえんのまほうしょうじょ】”は、オタク界隈でしか語られない少年漫画だ。この漫画を如月の家で読んだ弥生がそのストーリーに衝撃を受け、すっかりハマってしまったのはつい最近の事である。
「最期まで頑張る魔法少女達の生き様は涙無くしては語れないんだよ……!」
うんうんと頷きながら語る弥生に、白けた視線を送る睦月。
「へぇ…それって主人公死ぬ系なのか?」
「うん。敵諸共主人公サイド全滅エンド!」
「斬新。つか、もう終わってる作品なのかよ」
「うん。全16巻で来年アニメ化するんだー!」
『楽しみだなー!』と、如月と語り合う弥生に睦月は『あっそう』と興味無さげに呟いた。
「ところで弥生……」
「何々どしたのー?」
不意に訊ねてくる如月に首を傾げる弥生。
「何か小さくなってない?」
「えっ、今更!?」
「ぶふっ……!!」
如月の言葉に弥生はポカンとし、睦月が吹き出したのは言うまでもない。
▼
「えっ……お、お、女の子になったぁッッ!?」
「しっ!皆に聞こえる!!」
如月にも女になった事を説明した弥生は、驚きの余り吃り声を上げる如月の口を手で塞ぎ、慌てて制する。
「むぐっ…ゴ、ゴメン、ビックリしてつい」
「このこと話すのお前と睦月だけなんだから黙ってろよ?」
「う、うん……」
隣で手を翳して合図する睦月に視線を送る如月は、小声で話す。
「どーして女の子になったの?」
「誤ってサプリメント飲んだらこーなった」
そう告げる弥生は手の動きで女性の胸を思わせるジェスチャーをした。
「えっ、じゃあ胸も……」
「おう!あるぜ?しかもCカップ!」
「へぇ…結構デカいじゃん?」
睦月がニヤニヤしながら弥生を見つめると、弥生も同様に笑いながら『今度見せてやろうか?』と巫山戯て言った。
「何なら揉ませてやっても良いぞよ?Cカップの重みを味合わせてしんぜよう!」
「ハハッ、それ何キャラだよ?」
笑いながら突っ込む睦月とは真逆に、如月は赤面して顔を俯かせていた。
「如月よ。お主も堪能してみるか?」
「あ…えぇっと、その……う…、ん……」
弥生の誘いに、如月は視線を彷徨わせながら頭を少しばかり下げる事しか出来なかった。如月はこういう話に免疫が無いのである。所謂、初心【うぶ】なのだ。
「じゃあ、今度さぁ──────」
そう告げたと同時に学校のチャイムが鳴り響いた。
「あっ、チャイムだ。席に戻らないと」
「時間切れか……ちぇ」
それじゃあと自身の席に戻る如月に弥生が手を上げ自身も席に戻ると、丁度教室の扉を開けて師走が入ってきた。
「お前ら席に着けーー!」
声を上げた師走は、弥生を一見してから何事も無く教壇に立った。生徒らが皆席に座ると、師走はまた声を上げる。
「日直!」
「はい。起立!」
睦月の号令と共に皆一斉に立ち上がり挨拶をして座り終えると、師走は弥生の事を皆に告げた。
「えーー。皆もご存知な通り、桜木 弥生くんが体調不良で学校を長らく休んでいましたが、また通える様になりました。ですが、まだ身体が本調子じゃない為、あまり無理はさせない様にして下さい。それと桜木、何かあったらすぐに保健室行くか、俺の処に来るように……いいな?」
「はい!」
「それじゃあ授業を始めるぞー!」
そうして何事も無く一限目が始まった。
▼
「特に変わりはないか?」
授業が終わり、トイレに向かう途中だった弥生に師走が声を掛けた。
「おう!この通り何ともないっス!!」
「そうか」
両腕で力瘤を作るポーズをし、元気に告げる弥生に師走は小さく安堵する。弥生の祖父である卯月に頼まれたからには、少しの異変も見逃さない様、授業中大人しくノートを取る弥生を何気に心配していた。
「てか、せんせーさぁ授業中オレのこと見すぎー!」
「しょうがねぇだろう?何かあったらお前の親御さんに面目立たないんだから……」
「それは分かってるけど、あんまり見られ過ぎるのもさぁー穴が開くっていうかさー」
ブツクサ文句を垂れながら歩く弥生を後目に、師走は一回り小さいそのピンク頭をガシガシと撫でた。
「はいはい、不貞腐れなさんな。どうせ授業中に居眠り出来ないとでも思ってたんだろう?」
「う゛っ……わはは!」
『バレたか』とでも言いたげに、笑って誤魔化す弥生を軽く小突いて『たくっ…』と呆れる師走。弥生は小突かれた頭を撫でながら話を続ける。
「でもでも、オレはマジで大丈夫なんで!んな心配しなくても大丈夫!!」
「わかったよ。でも、何かあったらちゃんと報告しろよ?」
「うすっ!」
いい返事をする弥生に、ヒラリと手を振りながら職員室へと向かう師走を見送り、弥生はそのまま廊下を駆けてトイレに向かった。
「さーて、小便でもしますかー!」
入ってすぐに数人が少便器の前に立ち用を足している。弥生は一番奥の空いた少便器の前に立ち、鼻歌混じりでベルトを外して水色と白のストライプ柄のトランクスからイチモツを取り出そうとしたが、ふと思い出して探る手を止めた。
『あっ……オレ、今ち◯こ無かったんだ!!』
そうして背後に並ぶ個室を見た弥生は、悩みに悩んだ末、仕方なく個室の一室に駆け込んだ。
「はあぁぁぁぁ〜〜〜」
便座に座りながら用を足していた弥生は、太ももに肘を着いて組んだ手を額に当てながら深い溜め息を吐いた。これはスッキリして出た溜め息では無く、弥生の中にあるごく僅かな羞恥心から出る溜め息だった。
『ぜっっってぇウ◯コだと思われてるよなぁ……』
そう。これは男子トイレのあるあるだ。クラスメイトが居なかっただけまだマシだろうか。しかし、弥生は憂鬱で仕方なかった。何故なら、これから先も自身の身体が戻るまでは、個室で用を足さなければいけないのだ。
「“ウ◯コマン”とかあだ名付けられたらどーしよ。あーーーーっ」
唸り声を上げながら頭を抱える弥生は、ふと先程の師走の言葉を思い出す。
『何かあったらちゃんと報告しろよ?』
ハッと顔を上げ、用を足し終えた弥生は勢いよくトイレを飛び出した。向かった先は勿論、師走がいるであろう職員室だ。
「失礼します!!師走せんせー!!」
扉をノックし、勢いよく開けた弥生はキョロキョロと師走を探す。
「んっ?桜木か……?」
コーヒーを片手に自分の席へ着こうとしていた師走が弥生を見かけて声を上げた。
「せっ、せんせー……う、ううっ」
「どーした!!何かあったのか!?」
今にも泣き出しそうな弥生に、師走はコーヒーを卓上に置き、慌てて駆け寄った。
「具合が悪いのか!?それとも誰かに何かされたか……!!」
弥生の顔を覗き、あたふたとする師走に弥生は涙ぐみながらに告げた。
「お……」
「お…?」
「オレだけ、トイレは別にして下さい!!」
頭を勢いよく下げた弥生に、師走はポカンと呆けた顔をした。
「はっ……トイレ?」
「ウ◯コマンは辛すぎる…ウ◯コマンは……ッッ!!」
後にオイオイ泣きじゃくる弥生から聞かされたトイレ問題に、師走は仕方なく教員トイレを使う許可を出したのだった。
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