第六話 幼馴染

「それから、あんまり身体の事は言いふらすなよ?」

「えっ?なんで?」

「男子高校生の性欲なめんな。襲われても知らねーぞ」

「へ、へーい……」

「んじゃ、また後でな!」


師走と別れて間もなく。教室に向かった弥生が扉を開けると、まだ誰も居ないと思っていた教室には、一人の少年がいた。少年は、弥生を見据えると弾んだ声を上げて手を翳した。


「よぉ。久しぶり!」

「おー!睦月【むつき】じゃん!!」


濡羽色のミディアムウルフに翡翠色の三白目をした彼は、弥生の幼馴染である松山 睦月【まつやま むつき】だった。睦月とは、小学生時代からの付き合いで、親友でもある。


「今日早いじゃん!どったの?」

「日直だ!」


自身の席にリュックを置く弥生に、学級日誌を見せながら近づいた睦月は、机を挟んで弥生の前に立つ。


「それよりお前、長らく休んでいたのは何か理由があるのか?」

「いやぁ、ちょっと色々ありまして〜〜」


ヘラヘラ笑う弥生の肩まで伸びたモミアゲに触れた睦月は、不思議そうに自身と弥生の背を比べた。


「お前、背縮んだ?」

「あっ。わかります〜?」

「一回り小さくなった気が……しかも声まで変わってるし、髪も…ただの風邪じゃなかったのかよ?」


ペタペタと弥生の身体を触る睦月に、巫山戯た弥生はぶりっ子ポーズで巫山戯てはしゃぐ。


「いや〜ん♡睦月くんのエッチスケッチワンタッチ〜〜!!」

「いや、マジメに聞いてんだけど……?」


眉を潜めて訝しげに見つめる睦月を見兼ねて、弥生は仕方なしとばかりに告げた。


「あーうん。実はね──────」


弥生は、ここ数日あった出来事を包み隠さず話した。


「はぁ?女になったって!?」

「おう。オッパイも出来たぜ?」


腰に手を当て胸を張る弥生に、睦月は呆然とした後、いきなり腹を抱えて震え出す。


「プッ、ククッ…アッハハハハ!!何だそれ、サプリメント呑んで女体化したってぇ?」

「笑い過ぎだっつーの!!」


ゲラゲラ笑う睦月は『エロ漫画の主人公かよ〜〜!?』と弥生を嘲ると、腹を立てた弥生が力任せに睦月の肩を拳でどついた。


「この野郎……喰らえ!」

「あー笑い過ぎて腹いてー!!てか、何時もよりあんま痛くねぇし。それ本気のパンチか?」

「うるせー!女になってからあんまり力が出ないんだよ!!」

「へぇ。顔がびしょ濡れなった何処ぞのヒーローみたいだな?」


そう言って頭をワシャワシャ撫でてくる睦月に弥生はケッと呟き、ますますへそを曲げた。


「つーか、お前はもう少し危機感持てよ?」

「はぁー?」

「昔から思ってたけど、危機管理能力無さ過ぎなんだよなぁ……」


溜め息混じりで呟く睦月に、弥生はワケ分からんといった顔を見せる。


「ききかんり?」

「危機管理能力。ほらっ小坊の頃、他の奴が落としたボール取りに行って池ポチャした事あったし?それからお前ん家の窓ガラス割った近所のチビ共庇ってしこたま卯月さんに叱られたりしたじゃんか!」


睦月が昔の出来事を語ると、弥生は鼻の下を指で擦りながら照れくさそうに笑う。


「いや〜、あれはまだ小坊の頃だったしぃ〜〜?」

「はぁっ?中学ん時だって、如何にも怪しい奴に道訊かれてわざわざ着いて行こうとしてたの何処のどいつだよ!?あの場にウチの親父がいなかったら今頃どーなってた事か……」


机に腰掛けて呆れながらに話す睦月に、弥生は勢いよく頭を下げた。


「あの時はホントお騒がせ致しましたーー!!睦月の父ちゃん様々です!」

「あ゛?あんなクソ親父持て囃さんでもいいわ」


しれっと毒づく睦月に、弥生は慌ててフォローする。


「えぇ…睦月くん反抗期?そんな酷い事言ったらパパさん泣いちゃうよ〜〜!?」

「知るかよ。あんなギャンブル依存で母さんに出ていかれたクズ……同情する義理なんざ微塵も無ぇよ」


睦月は実の父親である松山 早緑【まつやま さみどり】と仲が悪く、口にするだけでもその嫌悪は凄まじかった。


「いやいや、そこまで言わんでも……」


あまりの豹変ぶりに流石の弥生も巫山戯る事を止めて素に戻ると、睦月はケッと不貞腐れた。そうこうしている内に続々とクラスメイトが教室に入ってくると、弥生を見て皆睦月と同じ質問を繰り返した。


「だぁーーもうっ!同じ説明すんのメンドクサイなぁ……!?」

「そりゃあ、数日休んでた奴がこんだけ変わり果てた姿で登校すりゃ質問責めされても仕方ないだろ」


女体化した事は伏せ、サプリメントを飲んだ副作用でこうなったと言い続ける弥生に学級日誌を書きながら呟く睦月は、チラリと弥生を見つめる。


「そういやお前、なんで女体化したこと他に言わないんだ?」

「え?」


訊ねてくる睦月に、弥生は辺りを見渡し耳打ちする。


「先生に黙っとけって言われてんだよ。女になったなんて言ったら男子校だし、何あるか分かんないだろ?」

「あぁ……でも俺には言うのかよ?」

「当たり前じゃんか!だって幼馴染だし。それに信用出来るのお前かダチの如月【きさらぎ】ぐらいじゃん?」


平然と言いのける弥生をジッと見つめた睦月は、『ふーん』と含み笑いを浮かべてまた日誌を書き綴る。


「なんだよ?」

「別に」


やけに機嫌の良い睦月を不思議そうに見つめていた弥生は、背後から声を掛けてきた人物に振り返る。


「あ、弥生!久しぶりだね?」

「おっ如月じゃん!はよー!!」


そこには、紫メッシュの入ったセンターパートウルフの黒髪に深紫の瞳を細めた少年が手を上げながらに挨拶を口にした。

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