第五話 保健室

「柊先生、連れて来ました」

「おっ。早速来たか、問題児」


柊【ひいらぎ】と呼ばれた女性は、白衣の下に黒のタートルネックとベージュのテーパードパンツを着こなすスレンダーな美人だった。焦げ茶色の髪を黒のシュシュで一括りにし、気怠そうな垂れ目と口元のホクロが何ともエロい。そんな彼女もとい、雪見【ゆきみ】を弥生は惚けながらに見つめていた。


「君が女の子になったという桜木か」

「あっ、はい!」

「へぇ……見るからに女の子になったなぁ?」


弥生の目の前に来てジッと茶色の瞳で見つめる雪見に、弥生はドキリと心臓を弾ませる。


「あ、あのぉ……」

「よし。それじゃあ診断するか」


そう言った雪見は、視線を逸らすと弥生の背後に立っていた師走を睨みつける。


「おい、寒木瓜」

「ん?」


不思議そうに訊ねる師走に柊は『はぁ…』と溜め息を吐いた。


「言わんとわからんのか?」

「あっ?」

「察しが悪いな。診ると言っているんだよ」

「お、おう……分かった」


すぐさま保健室を出る師走に、雪見は『だからアイツは結婚出来ないんだ』と愚痴を零す。弥生は苦笑しながら師走の出て行った扉を見つめていたが、雪見に呼ばれて向き直る。


「それじゃあ、桜木。そこに座って制服を脱いでくれ」


言われるまま、目の前に用意された椅子に座ると、弥生はリュックを下ろし、着ていた制服を脱いだ。


「おや」


雪見は白いサラシを胸に巻いていた弥生に訊ねる。


「君、サラシなんか巻いてるのか。渋いな」

「じーちゃんが乳隠すのに巻いとけって……」

「そうか。確か君、両親が居なかったな?寒木瓜から聞いたよ」

「うん。今はじーちゃんと二人で暮らしてます!」

「そうか」


サラシを解きながら、雪見は露わになった弥生の乳房を見つめた。


「ほぉ……これは凄いな。触っても?」

「いいっスよ」


膨らむ二つの乳房を手でそっと触れながら、雪見は関心する様に呟く。


「まるで本物だな……Cカップくらいか?」

「シーカップ?」

「胸の大きさだ」

「なるほど!」


胸を触診しながら『しかし、』と告げる雪見は、顔を顰める。


「少し大き過ぎないか?」

「あー。サプリを多く飲んだからかも……」

「オーバードーズか?最近の若者はチャレンジャーが過ぎるな」

「サ、サーセン」


面目ないとばかりに謝る弥生に、雪見は『以後気をつけろ』と微笑って触診を終えた。


「上がコレなら下の方も……?」

「あ、うん。女の子のみたくなってる」

「ハハッ、用を足す時大変だったんじゃないか?」

「まぁね。でもじーちゃんに『糞する時みたく座ってせぇ!!』って教えて貰った」

「お爺さんも苦労が絶えんな」


サラシを手渡す雪見に、弥生は申し訳なさそうに呟いいた。


「先生、オレこれの巻き方分かんないんだよね。じーちゃんにして貰ったから」

「そうか。じゃあ、やり方を教えるから覚えな」

「アザス!」


巻き方を教えて貰いながら自分で巻く弥生に、雪見は軽く問診する。


「身体に何か異常はあるか?」

「今は……あーでも、たまに体調が悪くなる。ホルモンのなんちゃかで……」

「ホルモンバランスが乱れるんだな。他には?」

「特には」

「そうか……おい、寒木瓜!」


診察を終えた雪見は、声を上げて外に居るであろう師走を呼んだ。


「終わったか?」

「嗚呼。もう入っていいぞ」


ガラリと扉を開けて中に入ってきた師走は、制服を着終えた弥生を見てから雪見に告げる。


「んで?」

「問題無い。医師の診断も下ってることだし、他に診ることも無いだろう」

「そうですか」


師走は頭を掻きながら、弥生に告げる。


「そんじゃ行くか」

「おう!柊先生、ありがとうござましたー!!」

「体調悪くなったり何かあったら何時でも来い?」


ひらひらと手を振る雪見に、リュックを背負った弥生は、ブンブンと手を振って師走と共に保健室を後にした。


「まさか、兄貴【アイツ】が診た患者がウチの生徒だったとは……」


雪見は、数日前に兄の霜月から聞いた『少し変わった患者』の話を思い出し、世間は狭いと鼻で笑った。




次に師走と弥生は、校長室に訪れた。


「この度は災難だったね」

「あ、いえ」


優しく語り掛けてくる校長は、焦茶色のスーツを着ており、少し曲がった腰に腕を回した、白い眉と長い髭が特徴的なスキンヘッドという仙人の様な老人であった。入学当初以来、あまり見掛ける事が無かった校長に、弥生は興味津々で見つめる。


「これから色々大変だろうが、何かあれば先生方や私を頼りにすると良いよ」

「はい、ありがとうございます。此方こそご迷惑お掛けしまッス!」


勢いよく頭を下げて御礼を述べる弥生に、校長はフォッフォッと笑い『威勢が良いのぅ』とにこやかに告げる。


「寒木瓜先生、頼みましたよ?」

「はい。四季【しき】校長」


弥生の隣で頷く師走に、校長はニコリと微笑みながら長い白髭を手で撫で下ろしていた。弥生は、やはり『仙人みたいな人だな……』と心の中で思った。

大体の挨拶回りを終えた弥生と師走は、校長室を出た後、廊下を連なり歩く。


「そんじゃあ、オレは一旦職員室に戻るからお前は先に教室行ってろ」

「はーい」

「言っておくが、学校ではなるべく大人しくしてろよ?」

「うす!」

「あと、着替えは保健室でするように!」

「えぇっ!?わざわざ一階の保健室までいかなきゃいけないの?」

「当たり前だろ!!んな状態で皆と一緒に着替えさせられるかっ!」


たくっ、とスウェットに手を突っ込みながら先を行く師走に、弥生はブーと膨れながらも師走の後を追い掛けた。

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