第四話 学校
弥生がサプリメントを飲み、女の子になってから数日たった頃。卯月は弥生について話すべく、弥生の担任に電話を掛けていた。
「お忙しい中すみません」
「あっ、桜木弥生くんの……!」
休んでいた生徒の親御さんから電話を受けた男、寒木瓜 師走【かんぼけ しわす】は襟元の開いた白いワイシャツに草臥れた赤ネクタイをぶら下げ、スマホを片手に職員室を後にする。今は使われてない空き教室に入り、黒のスウェットに片手を突っ込むと卯月の話に耳を傾けた。
「ここんとこ孫を休ませてしまって申し訳ない」
「いえいえ。何かあったんですか?」
「それが、ちと厄介な事になりまして……」
電話越しから聞こえる卯月の沈んだ声にスマホを横目に訊ねる師走。
「厄介な事、ですか?」
「あぁ。実は弥生が──────」
卯月が話す内容に、師走は終始ポカンと口を開けていた。そして聞き終えると同時に出たのは何ともマヌケな声だった。
「はいっ?!」
「信じて貰えないかもしれませんが……」
至って冷静に告げる卯月に、師走は慌てて待ったを掛けた。
「ちょ……いやいや、えっ?弥生くんが女の子になったと!?」
「はい」
はぁと溜め息を吐く卯月は、ここ数日の出来事を簡易的に話した。
「数日前、孫が変なサプリメントを飲んで異常が出たからと病院に行って診て貰ったんですが、身体が女になっていると医者から言われて」
「はぁ……」
「そのうえ、時期に妊娠が可能になるとも」
「え゛っ」
女になったと聞かされた後、更なる爆弾発言を聞かされた師走は硬直する。
「まぁ、本人曰く問題は無いと言っとるんですが、如何せん身体がああなってしまった以上、男子校【そちら】に通わせるのもどうかと思うんですが……」
「あーーまぁ、そうですよねぇ……」
卯月の申し出に、師走が腑抜けた顔を歪ませながらツーブロックの黒髪ソフトモヒカンを掻き上げた。
「如何せん本人もそちらに通うと言って利かないんですよ」
「あぁ……」
呆れた様に告げる卯月に、師走は弥生の性格を思い浮かべる。普段から根が明るく人懐っこい弥生は、クラスの中でも一際目立つ存在だった。つるんでいる友人は少ないが、人付き合いが上手いであろう弥生は、クラスの誰とでも打ち解けるのが早かった。そのため、常日頃から楽しそうに学校生活を送っている姿をよく見掛けていた。
「弥生くん、学校が好きみたいですからね」
「アイツにとっては遊びに行ってる様なモンです。次いでを言えば勉学にも励んでくれりゃあもっと良いんですが……」
「ハハハッ」
苦笑する師走に、卯月は改まって話を続ける。
「ですから先生。今はアイツの意思を尊重してそちらに通わせてやりたいんです」
「桜木さん……」
「迷惑は承知でお願い出来ないでしょうか?」
申し訳無さそうに告げる卯月に、師走は暫く考えた後、二つ返事で承諾した。
「分かりました。此方も出来る限りの事は対処致します」
「ほんとに申し訳ない」
「いえいえ」
卯月は深々と礼を述べ、通話を切った。声のしなくなったスマホを見つめ、師走は扉に背を預ける。
「まさか、初持ちの一年が早々に爆弾を抱えてくるとはなぁ……」
額に手を当て、深い溜め息を吐いた師走は、校長に相談する為に教室を後にした。
▼
週初めの早朝。校門前で久々に登校した弥生を見た師走は、ピクリと眉を動かし、険しい表情を浮かべた。
「おいおい……ウソだろ」
「寒木瓜先生ー!ヤッホ〜お久しぶりッス!!」
片手を振り上げ、少し高くなった声で挨拶する弥生は、以前とはエラい違いで現れた。
伸びたピンクの髪はモミアゲを垂らし、残りは項の上で一つに束ねており、ブカブカな学ランに黒とオレンジのデカいリュックを背負うそのキャシャな姿は、紛れもない少女であった。
「今日からよろしくお願いしまーす!!」
「お前なぁ……」
エヘヘと無邪気に笑う弥生に、額に手を当て呆れる師走は、大きめの溜め息を零した。
「つうかお前、女の子になったとはいえ変わり過ぎだろ!?」
師走は自身の顎に手を当て、険しい顔で弥生を見下ろす。
「いやー、なんかここ数日でこんなんなっちゃって。最初はココまでじゃ無かったんスけどね?」
弥生の身体は、日を増すごとに様々な変化が現れていた。まず始めに変化が現れたのは、髪の毛だった。
▼
検査結果を聞いた翌日。
朝起きて歯を磨きに洗面所へ向かった弥生は、鏡に映る自身に違和感を憶えた。普段からあまり整える事さえしない自身の髪が、何時にも増してフサフサになっていた。それどころか、鏡に映った髪の毛は肩まで伸びており、寝ぼけ眼を擦り二度見する。
「は?」
肩に掛かる自身の髪を指で摘みながら、数秒静止した後、絶叫したと弥生は語る。
「あん時は流石に驚いたなー。起きたら髪の毛が伸びてんだもん」
「お、おう……」
後ろ髪を触りながら陽気に話す弥生に、師走は若干引き気味だった。
「結局切りに行くのが面倒臭くって、このままで来ちゃった!」
テヘっと笑う弥生に、師走は『そうか……』と何とも言えない顔で返した。次に起きたのは、声の変化だ。
「なぁ、じーちゃん。なんかオレの声変じゃね?」
髪が伸びたと騒いでいた弥生が拳骨を食らった後、今度は『あーあー』と発声練習をするかの如く、少し高い声を出していた。卯月は、開いた新聞から目を逸らして告げる。
「声帯も女になったんだろ」
「えっ。声って変わんの?」
「そりゃ変わるだろ」
視線を戻し、パラリと新聞を捲る卯月に、弥生は『へぇ……』と呟き、自身の声をひたすら出し続けた。
「そのあと、じーちゃんに『うるせぇ!!』って怒鳴られた」
「だろうな」
師走は弥生の話を聞きながら、校舎内へと足を進めた。向かった先は、教室では無く保健室だった。
「あれ?教室じゃないの?」
「先ずはお前の身体検査だ。養護教諭である柊【ひいらぎ】先生に診て貰うんだよ」
そう言って、保健室の扉を開けた師走を椅子に座った白衣の女性が見つめていた。
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