第73話 成果報告②(リベールSide)

 リベールは次の道具を取り出そうとカゴに手を入れた。


 次に出したのはゴーグルだった。

 激しい吹雪の山を登るときに着けるような、目の周りを広く覆う形をしたゴーグルである。


「これは熱分布分析ゴーグルです。看破ゴーグルと呼んでください。幻惑迷彩で像と実体の位置がズレている場合、視界がサーモグラフに切り替わって実際に相手がいる場所を見ることができます」


 リベールはウォルグにそれを渡しながら補足した。


「刺激性の強い催涙隷属スプレーから目を守る効果もあります」


 ウォルグはゴーグルを着けると周囲を見渡した。


 それからゴーグルを外していろんな角度からそれを観察した。


「何も変わらんぞ。スイッチでもあるのか?」


「いえ、視界に映る像と実体との位置がズレているときに自動で切り替わるので、通常時はただのゴーグルと変わりません」


「本当に作動するんだろうな。これといい、さっきのリングといい」


 リベールはベントの開発品を持っていないので、これらの効果を実際に試すことはできない。


 試すためにベントの開発品の再現までやっていては、資金も時間も圧倒的に足りなくなってしまう。


「大丈夫です」


 理論上は。


 後半のひと言は怖くて口には出せなかった。


 リベールはこのお披露目会をさっさと終わらせたくて、早々に次の道具を取り出した。


「これは粘着物質剥離スプレー。呼び方は剥離スプレーで構いません」


 それはスプレー缶だった。無塗装のため銀色の光沢を放っている。


 リベールは説明を続けた。


「吸着型急速加熱装置の粘着部分や、脳波連動型粘着液スプリンクラー・ドローンから出る粘着液の粘着性を奪います」


 剥離スプレーを受け取ったウォルグは空に向かって噴射しながらリベールに問う。


「これを試すための粘着液はないのか?」


「すみません。ありません」


 そう答えるリベールはすでにカゴに手を突っ込んでいた。


 道具は次で最後である。


 本当は2番目に紹介しようと思っていたものだが、最初の防波リングの反応を受けて後回しにしていた。


 リベールはそれを思い切ってカゴの中から取り出した。


「これは辛味微粒子吸着マスク。通称は防辛マスクです。マスクの両側に付いた吸収缶がカプサイシンを吸着するため、カプサイシンを主成分としたオレオレシン・カプシカム・ガスを清浄化することができます。これを着けていれば、戦闘中に盲信隷属薬を放り込まれることもありません」


 リベールは早口で説明して防辛マスクをウォルグに渡した。


 それはまるで犬のマズル、つまり口輪のような形状をしていた。

 両サイドに防毒マスク然とした吸収缶が付いている。


 ウォルグは防辛マスクを眼前にかざして眺めている。

 なかなか装着しない。


「あの、ウォルグさん。サイズが合っているか確認したいので、一度着けてみていただけますか?」


 リベールは恐る恐る尋ねた。


 期待とは裏腹に、ウォルグは防辛マスクを持ったまま手を下ろした。


「おい、リベール」


「はい」


「俺はペットじゃねえぞおおおおおおおお!」


 もはや咆哮。


 けおされてリベールは尻餅をついた。


 そんなリベールの元にウォルグがズンズンと近づいてきたかと思うと、胸倉をつかんでグイッと持ち上げた。

 リベールの足は完全に浮いている。


「リベール、俺が嫌いか? 俺の金で俺への嫌がらせをするとはいい度胸だな!」


「と、とんでも、ござい……ません……」


 リベールはパニックになり頭が真っ白になった。

 そうなっては弁明すらままならない。


 そんなとき、助け舟は出された。


「ウォルグ、その手を離せ」


「あ?」


「離さなければ、ボクがその腕を斬るぞ」


 リベールをかばったのはホーリスだった。


 リベールを持ち上げたままホーリスをにらみ下ろすウォルグに対し、ホーリスは腰の剣を鞘から抜いて、その切っ先をウォルグの顔へと向けた。


「ベント・イニオンに対抗するための道具を作れるのは、このウィルド王国ではただひとりだけ。リベールしかいない。いくら投資したといっても、彼がそれを受諾しなければ、ここにある道具はひとつも存在しなかったはずだ。キミがすべきは感謝のはずだろ」


 ウォルグはまだリベールを離さない。

 ホーリスとにらみ合ったまま事態が硬直している。


 そこへ新たな介入者が現れた。


「ホーリスの言うとおりだ。リベールはこの短期間でこれだけのものを開発した。ベント・イニオンの対策としてはほぼ網羅できている。じゅうぶんにすごいことだ」


 そう言ってホーリスの隣に並んだのは、セルフィート・メイジェスだった。


 リベールは彼女の言葉に感動して目に涙を浮かべた。


 実際、今回お披露目した4つの開発品をこの短期間で作るのはかなり厳しかった。


 実はシエンス時代からGESの妨害について画策していたのだが、それがなければ成し得なかった。


「チッ、ライトフットどもが!」


 ウォルグはようやくリベールを離した。


 ライトフットとは、ギルド・ピオニール内の派閥の名である。


 ピオニールというギルドは、その大きさゆえに、セルフィートやマイネを中心とする保守的なライトフット、ウォルグやギレスを中心とする過激派のレフトフットに別れている。


 ホーリスはマスターと同様に中立のつもりらしいが、彼女の性格が絵に描いたような堅物なので、周囲からは自然とライトフット扱いされていた。


 ホーリスは嘆息して剣を鞘に納めた。


 だがウォルグの怒りは収まっていなかった。


「ホーリス、その剣は納めなくていい。俺と勝負しろ!」


 ウェアウルフの迫力ある怒号によって、落ち着きかけた空気が一気に張り詰めた。

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