第2話 母親の後押し
「う~ん。お母さんには何て言おうかなあ」
私は自宅に帰って来てテーブルに先ほど顔に張り付いた「モンスターお役所」の職員募集の紙とにらめっこしながら悩んだ。
モンスターお役所の面接を受けることは自分で決めたがダンジョンの向こうにあるというモンスター世界に行くとなれば危険なダンジョンを抜けて行かなければならない。
「戦士」と呼ばれるダンジョンでモンスターと戦う専門の人間でさえ逆にモンスターに倒されることは多いと聞く。
そんな危険なダンジョンを抜けて行ってしかもモンスターお役所に就職が決まったらすぐに帰って来れるか分からない。
いくら私でも命は惜しい。だがモンスターお役所に採用される可能性を捨てるのも惜しい。
「お母さんには黙って行こうかな。置き手紙で「私は元気なので探さないでください」って書いて……ダメだ、普通に警察に通報されてしまうかも」
普通に正直に話した方がいいのかも。
お母さんって物事に動じないタイプだし。
私の母親は基本的には楽観的な性格だ。
口癖は「どうにかなるわよ」である。
きっと正直に話した方が事件にならなくて済むに違いない。
よし、正直に話してみよう!
そう決心した時に玄関の扉が開いた。
「ただいま~」
「あ、お母さん!」
お母さんはスーパーの買い物袋をいくつも持って帰って来た。
「遅くなってごめんね、美音。特売の日だったからたくさん買っちゃって重たくて疲れちゃった」
お母さんは笑顔で私に微笑む。
でもその顔には疲労が見えた。
私が早く就職して自立できればお母さんの負担も少ないのに。
高校を卒業しても就職がなかなか決まらない私は未だにお母さんに衣食住を頼っている状態だ。
バイトぐらいはするからと私は言ったのだが「美音は就職活動に専念しなさい」と言われてしまった。
だから私は一日でも早く就職してお母さんを安心させたい。
私が自立できればお母さんの仕事量を今より減らしても生活していけるはずだ。
でも就職先に「モンスターお役所」を選んだら反対される可能性は大きいかもしれないけど。
私はテーブルの上に買い物袋を置くお母さんに勇気を持って話かける。
「あのね、お母さん! 私、モンスターお役所の面接を受けてみようと思うんだけど!」
「モンスター………お役所ってどこにあるんだっけ?」
「だからこれ! これを見て!」
私はモンスターお役所の職員募集の紙を見せる。
「ダンジョンの向こうにあるって言われてるモンスター世界のお役所だと思うの! 私、この世界でなかなか就職できないからモンスター世界なら就職できるかと思って」
「モンスター世界のモンスターお役所?」
お母さんはしばらく私が見せた職員募集の紙を見ていた。
やっぱり反対されるよね。
緊張で喉が渇くが私はお母さんの言葉を待つ。
するとお母さんは私を見つめて微笑んだ。
「美音がこの面接を受けたいなら行ってくればいいじゃない」
「え? だってダンジョンの向こうのモンスター世界だよ?」
「別に外国とかに就職する人だって普通にいるし」
「だって危険なダンジョンを抜けて行かないとだしモンスターの世界のどこにモンスターお役所があるかも分からないからたどり着けるかどうかも分からないんだよ?」
「ダンジョンで出会ったモンスターさんに道案内でも頼めばきっとモンスターお役所に行けるわよ」
「は?」
私は母の言葉に目が点になる。
ダンジョンにはモンスターがいる。
確かに道案内してもらえばモンスターお役所に行けるかもしれない。
でもその前にモンスターって人間の言葉が通じるか分からないよね。
いや、そもそもモンスターに敵と間違われて殺される可能性もあるのにお母さんは反対しないの?
「お母さん、反対しないの? もしかしたらモンスターに殺される可能性もあるのに……」
「あら、美音。それならなぜ貴女はモンスターお役所に就職したいの?」
「へ? それは………」
就職したいのはお母さんを早く楽にさせたいから。
私が自立したらお母さんはこんなに遅くまで働くことはないし。
「それは早く自立してお母さんに負担かけたくないから」
「美音。私は貴女のことを負担に思ったことはないわ。それに貴女の第一希望は公務員だったでしょ?」
「うん。そうだけど………」
「それなら無理して民間企業の就職を探す必要は無いしこのモンスターお役所だって「お役所」というくらいだからモンスター世界の公務員ってことでしょ?」
「え? モンスターの公務員?」
私はそこで初めて気付く。
そうか、モンスターお役所で働く人ってモンスター世界の公務員よね。
でもモンスターの公務員ってどういう人たち? っていうか明らかに人間じゃないよね?
そう考えると私の中に物凄い興味が湧いてきた。
モンスターお役所ってどんな感じなんだろう。
もちろん、みんなモンスターなんだろうけど。
そもそもモンスター世界ってどんな世界なのかな?
「お母さん、やっぱり私、モンスターお役所の面接を受けたい。お父さんと同じ公務員になりたい」
私が公務員を目指すきっかけは父が公務員だったからだ。
父と同じ公務員になれば記憶の欠片しかない父に近づける気がしたのだ。
「そう。だったらお母さんは美音のことを信じて待っているから自分のやりたいことをやりなさい。どうにかなるわよ」
母はいつもの口癖を言った。
冷静に考えてこんな母親はうちの母親ぐらいじゃないかなと後で思った。
だって命懸けでダンジョン抜けてあるかどうかも怪しいモンスターだらけの世界に行ってそのお役所に就職を勧める親は普通いない。
だけど私も母の血を引いていたのだろう。
この時は「どうにかなるさ」と考えていたのだ。
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