第5話 欲しいのは唯一つ、爽やかイケメンの婚約者

「まさか神獣どころかユルグ辺境伯家の末っ子だったとは……!」

「バレるとお姉様に粛清されるので、黙っていた方が身のためです」


 そう、お互いにな……。


 あれから、ギルド二階にある特別室へと案内されたパトリシア。

 子牛のシチューを口いっぱいに詰め込み、幸せそうなパトリシアとは裏腹に、事情を聞いたサフィールは文字通り頭を抱え込んでいた。


「で? ほんっとうに成人なんだろうな!?」

「はい、何しろもう、じゅ、じゅうろくですから……」


 可愛らしい丸い瞳が、ちょっぴり泳ぐ。

 幼い顔立ちのため、歳を誤魔化そうにも無理があるはずなのだが、このお人好しな騎士団長は信じてくれたらしい。


 すぐ悪い人に騙されてしまうんじゃないかと、パトリシアですら心配になってしまうくらいなのだが……。


「なら、この中から職業を選べ。兄は魔術師らしいが、お前は何が得意だ? うちは自己申告制で選べるから、目指したい職業を申請してくれて構わない」


 ギルドに登録可能な職業表をサフィールが提示してくれる。


「あ、じゃあ受付嬢で」

「さすがに無理だな。受付嬢は冒険者のケアも業務に入っている。大変な仕事だから、とても務まるとは、……そういえばイケメンを供えるって、何だったんだ?」

「婚約者が欲しいんです」

「なんだと?」

「婚約するまで、家に帰れないんです」


 地位も財力も、知力すらも関係ない。

 欲しいのは唯一つ、爽やかイケメンの婚約者――。


 予想だにしなかった回答に、開いた口が塞がらないサフィール。


「姉上に捨てられたっていうのは?」

「本当です。短剣と小銭と、『ぐらさん』を渡されて、山奥にポイッと」

「山奥にポイッと!? 危険な魔物だっているのにか!?」

「お母様も、良さそうな男性が山を通ったら襲えって」

「……駄目だ、どうなってるんだユルグ辺境伯家。理解が出来ん」


 だがせめて自分達の国でやってくれ。


 件のイケメン発言からちょっとアレな人かと思いきや、そこは騎士団長。

 対ユルグ辺境伯家とした場合、サフィールの素晴らしい常識人ぶりが際立っている。


「それで? なぜまたギルドに?」

「ええと、このギルドにはイケメンがいるって山で聞いて」

「チッ、イサラめ余計なことを……」


 だから山から下りてきたのかとサフィールはぼやき、ふと動きを止めた。


「待て。ということはお前、この俺に会いに?」

「……は?」


 ほんのりと頬を染め、照れ始めるサフィールを目の前に、パトリシアはギリィッと歯噛みした。


「こんな顔半分ひげもじゃのオジサンなのに、何を言って!?」

「イテテテ、ひげを引っ張るな! 落ち着け、俺はまだ二十六だ!!」

「だとしてもそんな熊みたいにもじゃもじゃして……!」


 緊急連絡用の手鏡をサフィールの頬に押し当てるようにして、「ちゃんと鏡見て!」とパトリシアは激怒する。


「確かに俺自身を供えたのはやり過ぎかなとも思ったが、え、本当に?」

「だから鏡を見てと……ハッ! まさかこの国では、これがイケメン……!?」


 国によって美醜の基準が異なると聞いたことがある。


「おいどうした、落ち着け」

「田舎じみた弱小王国の分際で、私を謀るとは……」

「何の話だ。ユルグ辺境伯領もほぼ森だし、大差ないだろう」

「この程度でイケメン……ッ!!」

「何て失礼なことを言うんだ!? もう何なんだお前は、十分美形だろうが!?」


 怒れるパトリシアが思わず力を籠めると、シチュースプーンがボキャリと折れた。


「物を大切にしろ、まったく……一ヶ月も山奥なんかにいるから、情緒不安定になってるじゃないか!」

「ぐぎぎ」

「ああもう、はいはい分かったから威嚇をするな」


 ケーキでも食えと食後のデザートを渡され、パトリシアはモグモグと美味しそうに平らげていく。


「理解出来ないところも多いが、その瞳は間違いなくユルグ辺境伯家。ひとまず役職不明で登録しておくから、何を目指すか考えておけ」

「ふぁい」

「口の中にモノを入れたまま話すな! 今晩泊まる場所は決まっているのか?」

「もぐもぐ、そこにちょうど良さそうな木があるから、その上で寝ようかなって」

「そうかそうか、木の上で。一ヶ月も森で暮らしていたら、木の上でも全然平気だな!」 


 そろそろ慣れてきたサフィールは、鉄の自制心で平静を保った。


「一時的に金を支援することも出来るが、それでは本人の為にもならないからなぁ。かといって街に放すには危険すぎるし」


 それに知ってしまった以上、万が一のことがあればユルグ辺境伯家に顔向けできない。


 どうしたものかとサフィールは独り言ちる。


「仕方ない。自立できるだけの基盤ができるまで、俺が衣食住の面倒をみてやろう」

「ありがとうございます!」

「その代わり、やるべきことはやってもらうぞ? 近頃なぜかアルマス山の麓まで魔物や獣が下りてくるようになり、討伐依頼が山のようにあるんだ。ユルグの娘が同行してくれるなら心強い」


 こうしてパトリシアは無事、元敵国の騎士団長に保護され、屋敷の空き部屋と美味しいご飯を確保した。


 そしてサフィールもまた、完全なる善意で保護をしたのだが――。





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