第4話 内緒、だよ?

「しかも泣いて!? まさかひどいことを」

「違います」


「……もしかして生き別れの妹か何かか?」

「生き別れた家族もおりません。この少女を保護しようかと思いまして」

「保護するのに、なぜ泣いている少女を抱き締めているんだ!? お前コトと次第によっては憲兵に」

「だから違いますって。サフィール様、ちゃんと話を聞いてください」


 実はこんなわけでして……。


「なるほど、そういうことか。それは可哀想に……せめて家門が分かれば取り成すこともできるんだが」


 サフィールと呼ばれた男は、パトリシアへと向き直った。


「お嬢さん、俺の名はサフィール。騎士団長をしており身元も確かだ。悪いようにはしないから、信頼して話してくれ」


 目線を合わせるように屈むのは、身長差で怖がらせないようにするためだろうか。


「今日はどうして冒険者ギルドに?」

「ここで働けないかなと思って……」

「そりゃ無理な相談だ。十六歳の成人を待たずに働きたい場合は、必ず保護者の同意が必要になる。今何歳だ?」

「じゅ、じゅうろく……ッ」

「十六ぅ? これでか?」


 食い気味に答えた少女を、疑いの眼で色んな角度から確認するサフィール。


「仮に成人していたとしても、ギルドで働くとなるとなぁ。ここの仕事がどれだけ危険か分かっているのか?」


 出来そうな仕事だと、薬草取りぐらいだな。

 小遣い程度にしかならないぞと溜息を吐く。


「そもそもこの黒いメガネは何なんだ、ちゃんと見えているのか?」

「お、お姉様が絶対かけろって」

「メガネをか? ……まぁいい、そういう事情なら止むを得まい。本来なら親族の承認印が必要なんだが、登録できるよう俺が推薦人になってやる」


 グスグスとベソを掻きながら少女はサフィールに手を引かれ、人気のないギルド奥のカウンター席へと歩いていく。


「色々と辛かったと思うが、終わったことは仕方ない。前を向いて頑張るんだ」


 文字は書けるか?

 厳つい見た目とは裏腹に面倒見が良く、細やかな気遣いを見せるサフィールに、少女はコクリと頷いた。


「ほら、ここに名前を書け」

「ええとパトリシア……」

「ところでその黒いメガネはいつまでかけてるんだ? まったく、これじゃあ前がよく見えないだろう。ホラ、一度外して……」


 一生懸命文字を書くパトリシアの『ぐらさん』に、サフィールが手を伸ばした。


「パトリシア・×××、っと」

「え?」

「……あ、フルネームで書いちゃった!」


 失敗失敗、と恥ずかしそうにペロリと舌を出すパトリシア。

 フルネームが記載されたギルド登録証に、サフィールの目が釘付けになる。


 傷だらけの大きな手によって外されかけた、少女の『ぐらさん』。

 隙間から見上げるピンクゴールドの瞳に、――緋が走る。


「――――え?」

「しまった、お姉様に怒られちゃう」


 スチャッ! と少女はメガネをかけ直すが、時すでに遅し。


「ちょ、……今の、えッ!?」

「内緒、だよ?」


 すこぶる計算が苦手なアルマス山の神獣様は、縦にした指を唇に当て、にっこりと微笑んだのである。




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