第3話 公衆の面前でそんな破廉恥な
ピンクゴールドのふわふわ髪が揺れている。
パチリとした丸い目に、桜の花びらのような薄ピンクの唇。
薄汚れ、ボロボロに擦り切れてはいるが上質なワンピースを身に纏い、そして無造作にテーブルの上に置かれているのは、……手鏡と短剣?
クレスタ王国の冒険者ギルド『キノッピー』。
まるで酒場のようなホールの一角で、場違いに可愛らしい少女がなぜか小銭を数えていた。
『銅貨十枚で、銀貨一枚分の価値』
いつの時代も変わらぬそのレートは、誰もが知るもののはず。
「銅貨二枚に、銀貨一枚……で、子牛のシチューが銅貨四枚……」
三枚しかないのに、シチューは四枚必要?
あ、あれ、足りない?
まだ成人前と思わしきその少女は、顔の半分近くもある大きな色付きメガネをかけ、持ち金でどれくらいシチューを食べられるのかを計算しているらしい。
――大丈夫、銀貨が一枚あるだろう。
――それはね、銅貨十枚分だから……つまりお嬢ちゃんは全部で銅貨を一十二枚持っている、ということなんだよ。
心優しき荒くれ者達……ギルドの冒険者達は、たどたどしく計算する少女に、まるで孫を見るような温かな視線を送っている。
悩める姿が、おとがいに指を当てて一生懸命に計算する姿が、何しろ可愛いのだ。
だが話しかけると怯えて泣かれてしまいそうだったので、先程からみんなして温かく見守っていた。
「あっ、分かった! シチュー五杯分だ」
――ち、ちがう!!
ガタガタとテーブルを跳ね上げて起立し、一斉にツッコミを入れる荒くれ者達。
「よしよし、これならお腹いっぱいだ。すみませ――ん、注文いいですか?」
――おい、まずいぞ。五杯注文しちゃうんじゃないか?
――お金足りなくなっちゃうって、誰か教えてやれよ。
「これで食べられるだけください」
――アッ、大丈夫だった! でも無理だ、その小さなお腹に入るわけないだろう!?
――冒険者用のサイズだからデカイって、誰か教えてやれよ。
でも話しかけて泣かれたらどうしよう。
結局誰一人として行動に移せないまま見守っていると、ついに一人の男が立ち上がった。
「お嬢さん、保護者はどこかな?」
彼の名はイサラ。
平民出身の騎士で華やかさには欠けるが、たまにギルドの依頼も受ける優秀な……新人受付嬢がソワソワする程度には、整った顔立ちをしている。
「私の保護者……お兄様、かな………」
形見の品だろうか、「もう、会えない」と呟いて少女は手鏡を握り締めた。
「ああ、すまない。兄上が亡くなってしまったのか。どこから来たんだ?」
「やま……国境の」
「アルマス山の集落の者だったか。魔物どころか、荒ぶる神獣様までいる危険地帯……そうか、だから兄上が……」
「ち、ちが……お姉様に、捨てられて」
――お姉様に捨てられて!?
ガタガタとテーブルを跳ね上げてまたしても起立し、一斉にツッコミを入れる荒くれ者達。
「お姉様に素敵な婚約者ができて、な、仲良くしようと思ったら山に」
う、う、とっても怖かった。
色付きメガネの隙間からひとしずく涙がこぼれる。
宝石のようにキラキラと輝くその美しさに、イサラは思わず息を呑み、――荒くれ者達は非情な姉に激怒し打ち震えた。
「短剣と小銭と、『ぐらさん』を渡されて、一人ぼっちで、や、山奥に……す、捨てら……」
「分かった。分かったからもう泣くな」
「お母様も、か、帰って来るなって……家門の名前を出したら許さないってぇぇ……」
「もういい大丈夫だ、君は何も悪くない!!」
イサラにギュッと優しく抱き締められ、少女は助けを乞うように身を寄せた。
末っ子特有の甘えんぼ属性にて、思うがままのパトリシア。
荒くれ者達もビシャァッと溢れんばかりの涙を以て、虐げられた(ように見える)パトリシアの身を案じている。
「可愛い妹に嫉妬して、姉が無体を働くのはよく聞く話だ。おおかた、後妻か何かで母も血が繋がっていないのだろう。だがそうなると困ったな、父親は? 他に身寄りは?」
「いません……」
その時カラカラとベルが鳴り、逞しい男が扉を開けた。
ギルドのど真ん中で少女を抱き締める平民騎士イサラに動揺し、フラフラと後退る。
「イサラ、お、お前、公衆の面前でそんな破廉恥な」
大きな手を口元に当て動揺のあまり目を見開きながら、ドサリと壁に寄りかかった。
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