「さすが我が妹。音楽への愛が恐怖に勝ったようだな。」

ピコンとなった通知音とその内容に笑みを浮かべる仁の兄、ぜん

まるでわかっていたかのように頷き、鼻歌を歌いながらパソコンのキーボードを叩く。

早速、愛する妹のために必要なものをカートに次々と入れていった。

家は一緒に住めばいいし…大学は…まぁレロン叔父さんがやってくれているだろう、と勝手に予想し、ウキウキで買い物をする。

時間は早朝。

こんな朝早くから輝かしい笑みでパソコンを前にする男が他にいるだろうか。

「あとは、プレゼントでも買うか。」

身につけられるものがいいな…と自身の耳にぶら下がっているピアスを一撫でする。

そのピアスは仁と片方ずつに分けてつけているものだった。

善が日本に経つ際にプレゼントしたものである。

仁は少し嫌な顔をしたが、未だに毎日つけてくれているのを見ると嬉しいものだ。

「ネックレスにしよう。」

そう決めると、じゃぁ早速、というように腰を浮かせ、支度を始める。

先にシャワーを浴びてしまうことにした。

「ネックレスといえばやっぱりあのブランドだよな…仁に似合うのが多すぎて全部あげたいところだけど、さすがに怒られちゃうし…」

この男、金銭感覚を全く持ち合わせていない。

善はプロデューサーとして成功し、起業家としても成功しているため、その若さに似合わないほどの財産を持ち合わせている。

それに加えて、実家は由緒正しき音楽家貴族。

昔からの資産も腐るほどあるため、幼いころから金銭感覚は外れていた。

そんな中、仁はまともな感覚を持ち合わせ、少しズレているところはありながらも一般的な金銭感覚を持っているため、ほとんど贅沢な買い物をすることはない。

否、興味がないだけかもしれないが。

そんな妹に貢ぐのが善の唯一の楽しみであり、趣味でもある。

「まぁいいや。ネックレスと、ピアスもやっぱりプレゼントしよう。」

髪を拭き、そのまま仕事に行けるようにカジュアルな服に着替える。

一見すると普段着のようだが、その佇まいには気品がある。

髪を乾かし、軽くセットすると朝食を片手にまたパソコンの前に座った。

「仁が家に来る前に部屋もちゃんとしておかないと。」

家政婦や壁紙の張替えなど諸々の予約を済ませる。

コーヒーを飲みながらパソコンを眺めるその姿は、女子が見たら心底惚れ惚れするであろう。

要するに、この兄、容姿が飛びぬけて美しいのである。

善は、母方の日本の顔立ちが少し出ていて、そこに英国の顔立ちも交じり、なんともいえない素晴らしい顔立ちとなっている。

もちろん仁も父方のロシアの神秘的な顔立ちがはっきり出ていて、全体的に色素が薄く、瞳も青に近いグレーであり、彼女に出会ったもののほとんどがその美しさにため息をこぼす。

仁も善も家系的に言えば、英国の血が最も濃いが、遡るとよくわからないほど様々な国の血が混ざっている。

善はヨーロッパは大体制覇している気がすると感じているし、そのおかげで自身が自他ともに認める容姿をしていることを知っている。

仁に至っては、自分のために生まれてきてくれた天使だと思っている。

時刻を確認し、駐車場に向かう。

地下に止めてあるランボルギーニにエンジンをかけ、サングラスもつけて運転席に座った。

地上に上がり、アクセルを踏む。

音楽をかけながら、デパートへと車を走らせる。

すると、まだ時間も早いのに電話がかかってきた。

「もしもし。」

「社長、おはようございます。」

「おはよう、志緒しお。まだ出勤時間じゃないと思うけど。」

「社長こそ、こんな朝早くからお出かけですか。今日は休みの日ですよね。」

鋭い部下の指摘に苦笑を漏らす。

「用事があってね。そういえば、書類選考は終わったかい?」

「ちょうど終わったので報告しようと思って。」

「さすが仕事が早いね。」

優秀な部下を持ったなぁ、と感慨深い気持ちになりながら報告に耳を傾ける。

「書類と送られてきた動画をフォーファスのメンバー全員と確認して、指示通り299人まで絞りました。」

フォーファスとは善がプロデュースしているバンド「For First」の略称である。

「気に入る奴はいたか?」

「いいえ。」

ズバリと即答で答える部下、フォーファスのマネージャーを務めている卯月志緒うづきしおにまぁ当然か、と呆れた笑いを送る。

フォーファスは全員が幼馴染で小さいころから一緒に世界を目指していたこともあって、完全に身内以外を受け付けていないような感じになってしまっている。

特に志緒はその傾向が一番強い。

「なぜボーカルが必要なのですか。彼らの歌声だって十分世界と渡り合えます。」

「渡り合える奴ならざらにいるさ。渡り合うのを目指しているわけじゃないだろう。」

ハンドルを切りながら、電話越しにいる部下を諭す。

「渡り合うぐらいで満足するような奴らに俺が興味ないことは知っているはずだ。そして、あいつらは世界の頂点を本気で目指してる。そのためになにが足りないのかもわかってるはずだ。だから、リーダーも他のメンバーも拒否はしなかっただろ。」

そう、ファーファスはベース、ギター、ドラム、キーボードの腕は、彼らの世代の中では1番といっていいほどのものだと善は確信している。

しかし、世界に行くには何かが欠けている。

それは、人を惹きつける歌声。

「ボーカルの重要性がお前にわからないはずはない。お前だってわかってるはずだ。ファーファスには何かが足りない。それが歌声だってことも。」

黙り込んだ志緒にため息をつき、路肩に車を止めて、メールを送る。

「俺がなぜ300人じゃなくて299人にしたかわかるか?」

「誰か入れたい人がいるのですか?」

まるで不公平じゃないかと批判するような声を鼻で笑い飛ばす。

「あくまでも推薦だ。」

「この子は…」

「ロシア人のジン・メレンティエヴァ。こいつがオーディションに出たら確実に合格になるだろうが、チームとの相性が最も重要だ。」

不敵な笑みを浮かべながら善は続ける。

耀亮ようすけたちとこの動画を見ろ。魅力を感じなかったら選ばなくていい。俺が推薦してるだけであって、これはファーファスの問題だからな。あいつらが決めるべきだ。」

「社長がそこまで薦める理由は何ですか。」

「そんなの1つしかないだろう。」

善は恍惚とした表情を浮かべ、うっとりとした声で言った。

「あいつの歌は素晴らしい。お前らも聞けばわかるはずだ。あいつの歌声は唯一無二であり、聞く人すべてが聞き惚れる。魔性の歌声なんだ。」

「…そこまで言うなら検討してみます。」

「あぁ、決まり次第、報告してくれ。」

失礼します、と電話が切られたのを確認すると、再びアクセルを踏んだ。






「そういえばこの話もサプライズプレゼントになりそうだな。」

善の一日はまだ始まったばかりである。

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君の音に恋をしよう 凪生 @in_na0045

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