「美味しかったね。」

最高だった、と頷く。

グレースと一緒に昼食を取り、カフェでデザートを食べていた。

「ジンはこれからの予定はあるの?」

「ハンスたちのバンド練習見に行く。」

ホワイトボードに書き、にっと笑って見せた。

「またぁ?ほんとに好きだよね、ハンスのバンド。」

「最高にかっこいい。」

グレースは呆れたような顔をしながらもはいはい、と笑った。

「そういえば、日本に行くことになった。」

親友には伝えておかなければならないと思い、ホワイトボードに書く。

「夢を追いかけに行く。」

グレースは目を見開いて固まった。

「夢って…?」

そういえばグレースにも言ってなかったなと思い、先に伝えることにした。

「歌で世界に行く。」

「歌って…耳、聞こえないんじゃ。」

「来て。」

説明するよりも実際に聞かせた方が早いと思い、グレースを連れてハンスたちの練習場所に向かった。

スタジオをズカズカと進み、ドアを勢いよく開けると、中にいたハンスたちが驚いたように私たちを見た。

「え、なんでグレースも?」

ハンスの言葉を無視し、ホワイトボードに

「なんでもいいからなんか歌えるやつを弾いてほしい。」

と書き、リーダーのマーティンに見せる。

「歌えるやつ?」

「お前、何言ってんだ?」

訝しげに見るメンバーたちに溜息をつき、いいから、と配置するように急かす。

キーボードのエドにマイクを指差し、貸してほしいとジェスチャーするとマイクを渡してくれた。

ハンスたちの演奏がように、向かい側に立つ。

ハンスたちは顔を見合せ、首を傾げながら、彼らのタイミングでカウントを始めた。

私は、少し目を細めて真っ直ぐに彼らの手元を見る。

ベースの手が動き、全員の演奏が始まった。。

しばらくそれを眺めたあと、私は息を吸い、マイクを握る。

彼らの手の動きに合わせて、歌う。

ハンスたちは、目を見開き、手を止めた。

何やめてるんだ、続けて、と手で合図をする。

今度は彼らが私の歌に合わせて弾いた。

グレースの方を見やると、驚くことに泣いている。

笑みを浮かべ、ウィンクを送る。

これが私の耳が聞こえなくても歌のリハビリができた理由。

演奏者の歌うのだ。

ポポビッチ教授はそれを才能故にできることだ、と私に言った。

才能なんかじゃありません、ただ愛しているだけです、音楽を。

歌うことも、楽器を弾くことも、全てを愛しているんです。

聞こえなくても、見えるから、感じ取れるから。

でも、やはり耳が聞こえないと辛いです。

見えても、感じ取れても、聞こえないんじゃ意味がない。

私、歌えていますか。

そう返事した私にポポビッチ教授は敬礼した。

音楽の申し子に祝福を送ろう、いかなる神からの試練も私が支えよう、と。

歌い終え、息をつく。

あぁ、やっぱり音楽は、歌は、最高だ。

私がマイクを下ろすまで誰一人、その場から動かなかった。

その様子を見、思いついたように私は再びマイクを構えた。

「私は、日本に行く。夢を追うために、叶えるために。この歌で世界の頂点に立つ。」

言い切って、全員にほほ笑みかけると、最初に動いたのはグレースだった。

強く抱き寄せられ、頬にキスされる。

「最高の歌をありがとう。生きてきた中でこれほど美しい声に出会ったことはないわ。」

ありがとう、というとグレースは跪いた。

「私にあなたのために作曲することを許してほしい。」

涙に濡れた真剣な瞳にキスをし、優しく頬を撫でた。

「貴方のためならどんな曲だって歌うさ。」

私が声に出して言った言葉にグレースは再び崩れ落ちた。

「お前、話せたのか。」

肩を掴まれ、振り返させられる。

「聞こえないけどね。今自分がどんな声で話しているのかもわからない。」

首を傾げ、溜息混じりに伝える。

「なんで、日本で。ドイツじゃダメなのか?」

ドラムのライアンがスティックを片手に駆け寄ってきた。

「日本で出発したいんだ。」

私がバンドで歌う素晴らしさを教えてくれた場所。

そして、私から音楽を奪った場所。

「ハンス、エド、ライアン、マーク、そしてグレース。」

全員の名前を呼びあげ、くるりと回転し、華麗にお辞儀をする。

「Wir sehen uns auf dem Gipfel der Welt.」

世界の頂点で会いましょう、と。

にこりと微笑み顔を上げると、それぞれが毅然とした態度で佇んでいた。

「私は世界で活躍する歌手になる、絶対に。その舞台で、また会おう。」

マイクを返し、練習室のドアに向かう。

「じゃあな。」

wir sehen uns späterと言い残し、スタジオを出た。

ほっと息をつく。

正直、少し緊張していたのだ。

仲良くしていた人たちに自分でさえ不安な歌を聞かせるのは思ったより気力を必要とした。

でも、まあ、あの反応を見る限り、悪くはなかったようだ。

よし、と気合いを入れ直し、スマホにメッセージを打ち込む。

送信されたのを確認して、ポケットにしまった。

「荷造りでも始めようか。」

鼻歌混じりの足取りで家に向かった。








「Не могу дождаться, когда увижу мир!」

早く世界が見たい!


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