第九章(後編) この世界で起こる出来事には、必ず原因がある

 画面に顔をくっつけているオレの格好が面白かったのだろう。育美は笑い声を上げながらオレを撫でた。


「ふふ、どうしたの幸丸。この話に興味があるの?」

「ニャッ」

「夢で予め知るから予知夢っていうんだけど、結構それに近い体験をしてる人多いんだよ。その手の話よく聞くもん。まあ、中には作り話もあるんだろうけど。私がこの能力を持ってても、二度寝した瞬間に忘れてそうね」


 予知夢という言葉は初めて聞いた。一つの言葉として成り立っているのだから、多くの人間が知っている能力なのだろう。育美の話からもそれは窺える。


 だが、知っているからといって、誰もが認める能力ではないようだった。


 予知夢の能力を持つという女は、連続殺人鬼を特定したにも関わらず、予知夢の能力を信用してもらえずに、共犯者ではないのかと疑われる酷い体験をしていた。


 もしオレが人間の言葉を喋れて、予知夢のことを話したら、育美は信じてくれるだろうか。ふとそんなことを思った。


 連続殺人鬼が逮捕されて以降、女は予知夢を見なくなったという。

 なぜ突然予知夢を見るようになったのか、そしてある日を境に予知夢を見なくなったのか、それは本人にもわからないという話で締め括られた。


 オレとこの予知夢を見る女に、何か共通点はあるだろうか。

 色々と考えを巡らせてみるが、コレといったものは見つからない。

 そもそも、オレは猫で、この女は人間。繋がりを見つけようとする方が無理なのかもしれない。


 動画の最後に登場したのは、自称世界一不幸な男だった。あらゆる災いに遭い続ける男の話で、雷に打たれたり、原因不明の病に犯されたり、隕石の欠片が家に落ちて住めなくなったりと、猫のオレから見ても散々な人生だった。


 なぜそんな不幸が続くのか。

 男は原因について心当たりがあると話し始めた。


『以前、その建物に入ったら祟られるという場所へ行ったことがあって、実際に中へ入ったんだ。しばらくのあいだは何も起きなくて、言い伝えは嘘だと思ってたんだけど、ある時から次々と災いが降りかかってくるようになった。普通に生きていれば一生のうちに一度も経験しないようなことを、俺は何十回も経験してるんだ。どう考えてもおかしいだろう。俺がこんな不幸な目に遭い続けるのは、きっとあの建物に入ったことが原因だ』


 話し終わった男は号泣し続けた。

 祟り、か。

 その言葉の意味は、大体わかる。


 目には見えない《何か》に狙われ、災いを受けること。

 入ってはいけない場所に入ったり、触れてはいけないものに触れたり、見てはいけないものを見たり、禁じられている行いをすることで《何か》に祟られる。祟られると怪我をしたり病気をしたり、最悪命を落とすこともある。その認識で大体合っているはずだ。


 自転車のブレーキが二本同時に壊れたことや、育美がいつも通る道に植木鉢が落ちてきたことは、祟りと関係があるだろうか。念のため、その可能性について考えてみる。


 育美はとても怖がりだ。作り物とわかっているホラー映画でさえ、オレと一緒じゃないと観られないくらい怖がりの育美が、祟られるようなところへ行くはずがない、と思う。育美の性格上、それは考え難い。

 いや、しかし……。


 ふと思った。

 知らないうちに祟られることも、世の中にはあるのではないかと。


 そこに足を踏み入れたら祟られる。

 それを触ったら祟られる。

 それを見たら祟られる。

 その事実を知らずに、禁じられている行為をしてしまう人間も、世の中にはいるのではないか。


 この世界に、どれだけ祟られる場所や物があるのかわからないので断言はできないが、可能性はゼロではないと思う。


 もし本当に育美が何かに祟られていたとしたら……。

 それが原因で危険な目に遭っているとしたら……。


 動画はまだ続いていて、男が建物の前に立っている場面に変わっていた。入ると祟られるという建物に向かって、男はすみませんでした許してくださいと言いながら頭を下げ始めた。それを何度も繰り返している。


 オレはパソコン画面を前脚で叩いて育美を見た。

 育美に訊きたかった。こういう祟られるような場所に行っていないかと。

 育美はそんなオレを見て、うんうんと頷いた。


「祟りって怖いよね。どれだけ謝っても許してくれなさそうだし。映画とかでも、解決できないまま主人公たちが死んじゃう結末ってたくさんあるし。祟られないように注意しないといけないわね。まあ、私も幸丸もそんな危ない場所には行かないから大丈夫よね」


 本当か? 本当に大丈夫か? 知らないうちにそういう場所に行った可能性はないか?


 そんな思いを込めて、オレは再び画面を叩く。

「え、何?」

「ニャッ、ニャッ」

「……祟られるような場所に行ってないかって訊いてるの?」

「ニャアァァァ」

「えー、私は大丈夫だよ。心霊スポットに行かないかって何回か誘われたことがあるけど、全部断ったし。そういう場所に冷やかしで行ったら悪いことが起きるって信じてるからね。だから私は大丈夫よ」


 その話を聞いて少しホッとしたが、先ほど考えたように、いつの間にか祟られていたという可能性は残っている。


 育美が危険な目に遭う予知夢を見なければ、オレは祟りというものを少しも信用しなかったかもしれない。


 しかし今のオレの立場だと、完全否定はできなかった。

 今動画で観たように、科学では証明できない出来事がいくつも存在している以上、人間に災いをもたらす《何か》が存在しても、不思議ではない。


 画面の中の自称世界一不幸な男は、大きな像に向かって、神様助けてくださいと絶叫していた。何かに憑りつかれたように、涙を流しながら大きな像に頭を下げ続けている。


「やっぱり、どの国の人も、最後に縋るのは神様だよね。私もこの人の立場になったら、神様に助けを求めるだろうなあ」


 神様、か……。

 結構な数の人間が、神様という存在を信じていると聞いたことがある。国によってその割合は変わるようだが、信じている人間の数は多いみたいだ。

 育美も、今の言葉を聞く限り、ある程度は神様という存在を信じているのかもしれない。


 オレには、神様という存在はよくわからなかったが、今は信じたい気持ちになっていた。

 心を込めて願えば、神様は願いを聞いてくれるという。だからオレは心を込めて願った。


 二度と育美が危険な目に遭わないようにして欲しいし、二度とオレに悪夢を見せないで欲しいと、強く願った。


 その願いのために何かしろと神様が言うのであれば、オレは何でもする覚悟だった。

 だからどうか、育美に災難が降りかからないようにして欲しいと願い続けた。




 神様が願いを聞いてくれたのかどうかはわからないが、その日見た夢は明るいものだった。


 育美と一緒に大きな鳥に乗って空を飛んだり、育美が猫の姿になってオレとデートしたり、久しぶりに楽しい夢を見た気がする。


 どうかこのまま元の生活に戻してください。

 オレは神様に願い続けた。

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