第五章 終わらない悪夢

「じゃあ、行ってくるね」


 育美は手を振りながらドアを閉めた。オレは部屋に戻って窓際に座り、空を眺めながら一昨日の出来事を振り返った。


 オレの見た夢は、現実のものとなった。

 いや、正確に言うなら、夢の内容が現実になる前にオレが変えたと言うべきか。もしあのまま坂道を下っていたら、夢で見た内容の通りになっていたと思う。


 オレはずっと考えていた。

 なぜ、オレは育美の未来を夢で見たのだろうか。

 元々、オレにそういう能力がそなわっていたのだろうか。

 それとも、何かきっかけみたいなものがあって、そういう能力を手に入れたのだろうか。


 何一つ、わからない。


 何もかもが不確かなままで、不安という渦の中をぐるぐると回っている状態だったが、どうしても知りたいことが一つあった。


 育美が傷つく夢を、オレはまた見るのか、それとももう見なくて済むのか。

 楽しい夢なら何度でも見たいが、育美が悲惨な目に遭う夢は二度と見たくなかった。だから目を閉じる度に、育美が事故に遭う夢を見ませんようにと願っていた。




 昼になったことを知らせるアラームが鳴った。

 オレは銀の食器の前に移動し、キャットフードを食べ始める。

 オレが昼ご飯を二日続けて残したからだろう。育美は朝ご飯と昼ご飯の量を少し減らしていた。今のオレには、ちょうどいい量である。


 人間と猫の共通点というのは、そう多くはないのかもしれないが、同じところが一つある。

 それは、ご飯を食べたあとは眠くなるということだ。特に、昼飯。育美もそう言っていた。


 昼ご飯を完食したオレは、窓際で陽光を浴びながら昼寝をする。

 どうか楽しい夢を見られますようにと願いながら。

 そんなオレの願いは、薄紙のようにあっさりと破られる。


〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓

 オレは育美と一緒にテレビを観ていた。よく見る顔の人間が複数映っている。どうやら朝のニュース番組のようだ。


 今、自分の見ているものが夢の中の出来事だと、オレは理解していた。不可解な夢を何度も見たせいか、現実と夢の区別が付くようになっていた。


 まるで映画のように、見ている光景が瞬時に変わった。


 場面は切り替わって、育美が家を出て行くところ。育美がオレに向かって手を振り、アパートの外階段を下りて行く。


 今までオレが見てきた夢と、今見ている夢とでは、明らかに違う点が一つあった。


 それは視点だ。映画の世界のように、視点は育美の頭上にあった。


 アパート前の通りに出た育美は、左へ曲がった。そちらの方向は、動物病院に行く時と同じなので、見覚えのある景色が続いた。そのまま進めば、駅へと出るはず。


 育美は交差点を渡る。正面に高層マンションが見えた。育美がオレを保護してくれた場所だ。


 何人かの子供とすれ違い、育美がマンションの前を通り過ぎようとした時――。

 頭上から何かが落ちてきて、育美の頭に直撃した。育美はその場に崩れ落ちるように倒れて、ぴくりとも動かない。育美の頭から、血が流れ出し始めた……。

〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓


 そこでオレは目を覚ました。

 また、育美が傷つく夢を見てしまった。

 今見た夢も、現実になってしまうのだろうか。


 依然として、オレの身に何が起こっているのかはわからないが、一度未来に起こる出来事を夢で見たのだ。二度目が起こっても不思議ではない。


 ふと思った。

 まさか、今見た夢は、今日の朝に起こったことではないよな。

 そんなわけないと否定したかったが、そう言えるだけの材料はなかった。


 現場に行って確認したい。

 その衝動がオレを突き動かし、窓や玄関ドアの鍵を開けようと試みたが、どれも開けることはできなかった。


 以前何度か、オレは鍵を開けて窓を全開にしたことがある。


 窓を開けるというその行為は、別に逃げようと思ってのことではなく、単純に外の空気が吸いたいとか、外の音を直に聞きたいという思いからしたものだった。


 しかし育美はそんなオレの動きを見て、外に逃げ出そうとしているのではないかと勘違いしたらしく、いつの間にか猫の前脚では開けられない鍵に変わっていた。玄関の鍵も同様。


 育美、無事に帰ってきてくれ。不安に押し潰されそうになる中で、オレは祈ることしかできなかった。

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