第24話
今日は落ちゲー。ぷにぷにした謎の物体を並べて消す有名なヤツ。
「なんとなく懐かしくなってやりたくなったってだけだけど、これってこんなゲームだったっけ? 記憶がおぼろすぎてどこが変なのか分からなくてモヤモヤするー」
もっとなんかこう、連鎖の快感みたいなものがあったような気が。あれぇ?
[分かる。画面に違和感が]
[そう?]
[なんとかスイッチからの落ちゲー?]
「えー昨日の引っ張っちゃう? 一発閃いたネタだけで勝負したから思い返すと肝心のザマァになってないけど、即興だからあんなもんでしょ」
上出来上出来。一発ギャグの解説なんて羞恥プレイはまっぴらだからハナシを変えなきゃ。
「ザマァも古典ではあるよねー。仏教、チベット仏教かな? の因果応報が日本に定着するのが奈良時代くらいだから当然だけど。同時代からザマァと言えるかビミョーなハナシはある。とばっちりが哀れな天岩戸とか。俺が一番好きな日本のザマァは浦島太郎かな」
[あれザマァか?]
[フラれた乙姫の復讐とかって聞いたような]
「あーソレ知ってる。
神様を男日照りの売女呼ばわりって不敬の極みだな。
「浦島太郎って俺の知る限り、ひとつだけ毛色の違うハナシなんだよねー。御伽噺のくせに、もしも龍宮城や乙姫や玉手箱といったファンタジーが実在したら、という一点を考慮すると全て合理的に辻褄が合ってしまうというスゴイ作り話だぞ」
アレ? もしかして実話? と思わせてやろうか。
「原典は八世紀だったかな? の風土記。でもさらに前からあったらしくて元は浦島子。蘇我馬子や小野妹子は学校で刷り込まれて違和感ないけど浦島子は脳内映像が完全に
男の娘や女装男子とか好意的にとらえたくもない。
「とりあえずこの話の一番おかしなポイントを解説しとくか。例えば鶴の恩返し。覗いてはいけないのに覗いたから鶴は去った。覗かなければ、まぁ鶴の身体がいつまで保ったかは疑問だけど、恩返しは続いた。でしょ」
次は知ってる人少なめになっちゃうかな。
「例えば雪女。かつて男は雪女と遭遇したけど、一生黙っていれば見逃すと言われて黙ると誓った。その後素敵な嫁と出会って幸せな家庭を築くけど、雪女のことを嫁に話したら嫁が雪女に戻って、でも雪女も情が移ったから命は奪わず去った。誓いを破らなければ幸せは続いた。でしょ」
次のこれは知ってる人多いか少ないかどっちなんだろ。
「例えば黄泉比良坂。妻が亡くなって哀しみに耐えられなくなったイザナギは、妻に会いたくて変な言い方だけど比喩ではなく物理的にあの世に行った。そんでこの坂を振り返らず登れば私は生き返りますと妻のイザナミに言われて、お笑いを心得たイザナギは前フリに従って振り返り、腐乱死体の妻にガチギレされて悲鳴を上げて逃げるという、日本最初の
多分男には鳥類倶楽部の遺伝子が最優先で刻まれているのさ。押すなよ押すなよって言われたら、ねぇ? 俺学校の廊下を歩く度に非常ベルのボタン見ていた気がする。
「約束を守れば褒美があり、約束を破れば罰がある。こういうお約束をふまえて浦島太郎を読んでごらん。
乙姫の殺意の高さにヒく? いやいや、むしろこんなに優しい女神は他にいないんじゃないかなぁ。
「浦島ってそこまで憎まれるようなことをしたのか? してるんだよ。まずはこの男の正体について考察しとこうか。浦島は漁師、ではない。魚の生態なんて千年二千年変わらないから漁師のスタイルもはるか昔から現代まで変わらない。遠洋とか一本釣りとか特殊なパターンは除外して、基本漁師とは、夜明け前に船を出して網を使う。子供たちが亀をイジメて遊ぶ時間帯に釣り竿持って浜辺をふらつく浦島太郎は完全に浦島プー太郎だね」
ここ誤解されまくってるよねー。漁師さんたちは疑問に思わなかったのかな?
「別に無職をバカにしたいのではなく、浦島は海の男ではないってトコが重要だから憶えておいて。助けられた亀は浦島を海の男と思い込んだ。コレが悲劇の原因だから」
歴史上の考察もいれとこうか。
「浦島太郎の御伽噺が世間に広まったのは早めに見ても鎌倉時代になる。儒教の影響で男尊女卑の思想が広まり始めた時期と同じだから、日本人は浦島のありえない態度に気付かなかった。海にいる神は女神。漁師、海の男にとって乙姫とは最高神なわけ。男だからってしょーもない理由でナメていい相手ではない。拝謁できるだけで生涯の誉れ。現代人向けに言い換えると、天皇に会いに皇居に行ってタメ口たたける非常識な日本人おる? 浦島ってそーいうヤツ。漁師だったら絶対にしない無礼をやらかした。亀はそれが分からず、海の男なら一目見て感動するだろうと、良かれと思って龍宮城に連れて行ってしまった」
百回処刑されても文句の言えないことしてるんだよ。老化ガスなんてイタズラで許した乙姫カワイスギだろ。
「乙姫も最初は驚いただろうね。末端の臣下の亀が恩人を連れてきたから、上司としてお礼を述べて酒を勧めたらスンゲー調子に乗り出して三日居座りやがった。仕事は大丈夫ですか? あ、そーですか。コメント欄にたまに現れるシンクロ率0%の初号機かよ」
テメーから人の配信覗きに来て「うるさい」ってエぇ……。
「ここから視点を亀に変えてみようか。イジメから助けてくれたことは感謝する。でもまぁ例えば宮内庁所属皇居勤務の役人になってみよう。落とし物を拾ってくれたお礼に、職務特権使って遠くから生の天皇拝ませてあげよう、て思ったらコイツ天皇に近寄ってタメ口たたいて酔ってオデコも叩き出したヒィィィ。この役人の心情を三十字以内で答えよ、て国語のテストがあったら五字で足りる。ぶっ◯◯す。ハイ伏せ字になったから不正解」
ここまで関係者全員から殺意を持たれて一切気付かない浦島と今までの日本人どーかしてね?
「じゃあそんな亀がさ、浦島を懇切丁寧に元の場所まで送っていくと思う? 一応恩人ではあるし、敬愛する主の乙姫様が老化ガスのイタズラで許したのだから自分がキレるわけにはいかない。ただまぁ、この粗大ゴミを知らない土地に不法投棄するくらいはセーフでしょ」
次は土地についての考察、と。
「浦島がどこに住んでいたのかは結構ミステリーなんだよなぁ。元ネタが丹後風土記らしいけど、丹後ってことは京都。あの土地のしかも日本海側にウミガメいるわけねぇじゃんオカシクね? でも亀の心情を見た今なら分かるでしょ。多分浦島が住んでいたのは南九州沿岸部のどこか。ウミガメスポットで有名なのは宮崎だっけ? まぁそのへんとして、龍宮城があるのは年中波の穏やかな小笠原諸島の近海として、ウミガメは九州を南下して龍宮城まで旅した後、全力で北上して山陰を通り過ぎて京都にペッ、とヤツを捨てたわけだねぇ。変温動物に冷たい日本海は辛かっただろうにどんだけ憎んでいたかが伝わらない? 付け加えると因幡の白兎で有名なように山陰沖にはヤツらが牙を剥いてるし、俺この話でウミガメに同情しまくっちまう。ちなみに浦島が生きていたと思われる時代は五世紀頃。794ウグイス平安京が出来る前の京都は人気の少ないド田舎だったらしいぞ」
都会に送ったのなら悪感情なくない? じゃねーんだな。
ではここから最大の謎解き、タイムスリップの解説しよーか。
「浦島太郎という御伽噺の面白さは、最初から最後まで浦島の主観で語られているところにある。主観だから事実とかけ離れている部分はたくさんある。例えばそもそも亀はいじめられていたのか? という疑問すらある。玉手箱も何なのか不明なままだし。浦島は何も分からない。自分が何をやらかして、周りからどう思われていたか。そんな彼の主観で現状を眺めてみようか」
大事なのは想像力。ある程度の知識を持って浦島になりきると逆に全体が見える。
「酔から覚めると知らない土地にいた。でもここは故郷だと思ってる。南九州と京都の海岸の見た目にたいした違いはない。宮崎といえば椰子の木、マンゴー、ハイビスカス、てそんなの当時はない。いや海の男なら潮の情報だけでも一目でおかしいって気付くとしても、浦島には無理。ここは故郷のはずなのに、見た顔がひとりもいない。当時の九州と京都は方言の違いが凄いからコミュニケーションも大変。今は西暦何年? て確認はできない。当たり前だけどンな物差しはない。元号? 今は日本中が令和なら令和って統一されてるけど、当時は地域によって元号もバラバラなんだよ。時間の確認はそもそも不可能なわけ。大規模なニュース、共通の話題があればすり合わせも可能だけど、新聞もない時代に浦島に時事ネタを仕入れる知性があるわけない。地名? 地図もないから故郷が日本のどこか知らないし、日本中の地名を常識として教わる時代ではない。さて、ここは絶対に俺の故郷なのに、景色が違う、言葉が違う、なんか気温も違う、服装も違う気がする。場所が、空間が変わったとは夢にも思わない。じゃあ変わったのは時間、という答えになる。これがタイムスリップの正体だよー」
あとは蛇足だけど、ホラーで締めとくか。
「ね、ファンタジー要素を除くと全部辻褄合うでしょ? あと解けそうな謎は玉手箱くらいかな。要は浦島が白髪になって一気に老ける何かが箱の中に入っていればいいわけだ。簡単じゃん」
「酔って何も憶えていないポンを老けさせるなんて紙切れ一枚でヨユー」
現代だったらボッタクリバー龍宮城の高額請求書でも可。
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