第23話



 「あー、どうだろ。自分勝手な婚約破棄て実際にあったかなぁ。探せば少しくらいはありそうだけど、全然思い浮かばねぇ。普通に考えるとありえないけどね。日米ナントカ条約を結んだあとで総理大臣か大統領の子供がそんな約束は守らないってマスコミの前で口にするのと同じだもん。俺異世界行って目の前でそんな茶番が繰り広げられていたらポンな王子に向かって口が滑るかも。あなたのご趣味は何ですか? ええ、首吊りを少々。言ってみてぇ、そこに痺れる憧れなーい。とかプププ。どうでもいいけどコレざまぁじゃなくて自爆だよな」


 フィクションなんて全部ギャグとはいえ婚約破棄モノが次々湧いてくるのはスゴイ。テンプレというかワンパターンだけど。


 [おお、この流れは……]

 [今日は婚約破棄モノの朗読?]

 [ヨッ、即興キング]


 えー、そんなつもりじゃ……。俺の趣味ですか? ええ、首吊りを少々、てやかましい。


 長閑のどかな昼下がり、フィオナ=ピタゴラス・アルツハイマー侯爵令嬢はエグスギール魔法学園の庭園を散歩していた。


 「ぴゅぴゅっぴゅぴゅ、ぴゅぴゅっぴゅぴゅ……」


 なんだか無性に工作と実験がしたくなる軽快な口笛を吹いている。

 もちろん彼女は転生者だ。このふざけた異世界ファンタジーに染まる気は毛頭ない。

 三歩後ろを従うお供のラファエルの不審な視線に気付かず、彼女は初歩とはいえれっきとした攻撃魔法を放った。

 ウインドカッター。


 「! お嬢様っ」

 「ラファっちうっさい。耳キーンてなったキーンて。真空でモノを切るとか物理無視してどーなってんの? 流石ファンタジー、意味分からん」


 地球のウォーターカッターだって中に鉱石の粉末混ぜてるから切れるのであって、水や風だけでモノが切れたらどこの世界も死人だらけなのに変なの。水と風の複合超大規模魔法と同じ台風で毎年日本全滅やん。まぁいいわ。ファンタジーにいちいちツッコんでいたら日が暮れる。私は使えるものは何でも利用してやる。


 「ぴゅぴゅっぴゅぴゅ、ぴゅぴゅっぴゅぴゅ……」


 フィオナは口笛を吹きながら歩き去った。

 

 「あぁ、誰がこんなことを……」


 エグスギール魔法学園三年生、エルフのジュモーク・スキスーギテ・ヤヤキーモは膝から崩れ落ちた。

 庭園の片隅に慎ましく咲き始めていたマンドラゴラの花が、これから毒々しさを増すはずのショッキングピンクの花弁がっ、無惨にも地面に散っていた。

 明らかに魔法、ウインドカッターによるもの。

 人族はどうして自然を慈しめないのか、ジュモークはとめどなく大粒の涙を零した。


 「あぁ、ジュモーク様、泣き顔すら美しい……」


 庭園を見下ろす校舎の三階窓から、ヨクミルネ・ガチストーカはウットリと頬を赤らめた。

 望遠魔法と集音魔法の同時行使により、あますところなくターゲットを補足している。録画魔法は鋭意開発中。


 「グヌヌ、おのれジュモーク、軟弱野郎のくせに……」


 同じく三階廊下の角から、オマーリ・サンコーイツがサイドチェストをキめながらヨクミルネを凝視していた。

 彼女と違って魔法の苦手なオマーリはジュモークの顔も見えないし声も聞こえないけど、ずっと彼女を見ていたからなんでも察する。察することと筋トレは任せろ。

  

 見ていろジュモーク。そして見ていて下さいヨクミルネさん。来月の剣術大会でオレ、輝いて魅せますから。(注、優勝するとか言ってない)

 

 オマーリはダブルバイセップスをキめながら固く誓った。剣の練習しろよ。


 「オマーリ君休みかな」


 茜差す放課後の生徒会室、クレスチルは書類を整理しながらポツリと呟いた。独り言のようでいて、書類に署名しているもう一人の返事を期待して。


 「アイツ最近輪をかけてトレーニングに打ち込んでいるらしい」


 書類から目を離さず答えたのはこの国、シュミジバック王国の第一王子、カッテーニ=トージョー・シュミジバック・ディオチ・デスグァナーニカ。


 「ふーん、二人きりだと寂しいね」


 言葉とは裏腹にクレスチルは口元を緩めた。書類に向かって俯いているから誰かに見られるようなヘマはしない。

 平民ながら優秀な成績を収めてここまでのし上がってきた。学園にいる間とはいえ王子に対等な口を利いても許される。

 まだ足りない。あと一段、上がれるはず。

 学園の方針に従い、従者は隣室に控えてコチラに干渉しない。

 じゃあ、仕留めてやりますか。


 逢魔が刻、密室に二人きり、何も起きないはずがなく。


 「ぴゅぴゅっぴゅぴゅ、ぴゅぴゅっぴゅぴゅ……」

 「フィオナっ、貴様との婚約を破棄す━━、っうげぇっ」


 エグスギール学園卒業パーティの会場、ダンスホールにて。

 エスコートを拒否されてもどこ吹く風のフィオナは今日も軽快に口笛を吹いていた。


 彼女は思う。人間の本質が同じ以上、世界が変わろうと人が営む社会の仕組みは同じだと。

 社会とは、信用で成り立っている。似顔絵と数字を描いた紙切れに日本銀行券と判を押してこれはお金ですよと日本銀行が言い、多くの人が信じるから無形のサービスまで含めた商品交換券というお金になる。


 連帯保証人という誰でも知ってるヤバい仕組みがどうして今も続く?

 流石に現代は限度があるとはいえ、約束は、どんな手段を用いてでも守らせなければ社会は成り立たないからだ。


 源頼朝、徳川家康、上杉謙信、彼らが幼少期に他家で暮らしたのは何故?

 約束を破れば……、という担保だからだ。

 地球では、人は信用を失わないためにそこまでしなくてはならない。


 では、罰則に魔法を利用できる社会で、庶民はともかく王侯貴族が身内以外に口約束なんてするのか? 破ってもノーリスクの契約なんてありえるのか? 考えるまでもない。

 そして考えるチカラを持たない王子に罰発動。


 金髪は真っ白に、肌から艶は消えてシワだらけ、身体は痩せ細り、余命幾ばくもなさそうな老人は床に崩れ落ちた。


 ぴゅぴゅっぴゅぴゅスイッチ


                    Fin


 「ふふんふふんスイッチ、俺はビー玉の冒険が好きだったなぁ」


 [エグスギール]

 [エグスギール]

 [エグスギール]

 [ネーミングが気になって他が]

 [即興力はバケモンだな]


 登場人物のフルネームもう一回言ってみてクイズはされませんようにドキドキ。


 「異世界は魔法があるくせにまるで設定を活かしてないよねー。どうやって文明を中世レベルまで上げたのやら」


 [お、考察タイム?]


 「なんだかんだお好きなんでしょ? まず目に付くツッコミポイントは隷属魔法だね。どうして奴隷限定なん? 王政帝政国家と宗教団体は所属する全員に使う以外の選択ねーよ。誰一人裏切らない組織、完璧じゃん。トップにとってだけは」


 まぁそんなことをすれば内乱だから、そういう歴史を踏まえて安易に使わない国際?ルールが作られるかもだけど。それでも宗教団体だけは裏でやるでしょ。今の地球ですらやるって断言できるわ。


 「次に目に付くのは真贋魔法。眼とか、誰が書いてるの? て謎の説明文とか、スキルなどの形は作品によって様々だけど要は嘘発見の魔法だね」


 よくまぁこんなご都合主義をスルーできるよねぇ。そもそもフィクションとはご都合主義のことだから、ご都合主義のタグつけて開き直らずリアリティ出せるように頑張ろうよ。


 「あのさ、脈拍、発汗、眼球の動き、なんて情報はもう古く、今は脳波という誤魔化しようのない情報を読み取る嘘発見器が開発されてるんだよね。好きな人の名を答えろと質問して脳波の波形がフルネームを書くホラーにはならないけど、一番好きな人はコイツか、と次々に写真を見せて反応から特定することはできる」


 どうして世間がこのハナシに無関心なのか心底不思議。

 

 「つまりね、実はもうこの世から冤罪を限りなくゼロにすることができるんだよ。お前がやったのか? と聞いて脳波をチェックすればいい。犯行の方法や動機は別として、犯人もしくは一味かどうかだけは確定できる」


 俺が最も怖れる痴漢冤罪もなくせる。こんなに素晴らしいニュースはなくない?


 「なのに何故そんな現実にならない? 答えは簡単。完璧な嘘発見器なんてものが広まったら困る人が大勢いるからだよ。主に、記憶にございませんって言いたいタイプがね」 


 普及に努めるべき側が反対すりゃお手上げだよねー。


 「あとまぁもしも完璧な嘘発見アプリが普及したらある意味この世は地獄になるねハハハ。刃物でどちらかが刺されるカップルと夫婦は何十万組になるのやら」


 桁が少ない? コワー。


 「これらのことから推察すると、ファンタジーな異世界が中世ヨーロッパの雰囲気を持つ可能性はちょっと考えられない。以前話した言葉を使うと、文明は科学ではなくオカルトの方向に進む」


 魔法があるなら当然だよな。魔法のない地球でオカルトの方向は滑稽な想像しかできないけど、ファンタジーが目の前にあれば地球の歴史のほうが滑稽になる。


 「まず、殺し合いがほとんど起きない。土葬からゾンビを連想するって言ったよね。古墳はノーライフキングが徘徊しないための重しって言ったよね。そんなものいない地球ですら人間は怯えていたんだよ。ゾンビやノーライフキングが実在する世界で世を恨んで亡くなる人がたくさんいたら世界は一瞬で滅ぶわ」


 大半の作品を読んで思う。こんだけ詰んでる世界でよく中世まで進めたねって。


 「あとすごく気になるのが、権力者、頭がアレな人だらけ問題。作家って歴史を勉強したことがないのかな? 三国志とか、戦国武将とか、幕末志士とか、すごく魅力的な人物だらけな理由分かる? 誰もが命懸けで生きてる時代は無能が表舞台で活躍する隙間なんてないからだよ。日本史でいうと、平安時代と、江戸時代と、げんdゲフン。権力者が無能だらけでもなんとかなってるのは平和な時代だけだね」


 これらをまとめると。


 「ファンタジーな異世界の国家は宗教色が強くなる。とはいっても物騒なイメージにはならない、というかなれない。嘘、バレる世界だからね。ダライ・ラマ、ガンジー、ローマ法王、こういう温和なタイプの指導者だらけになる。宗教戦争? ないない。さっき言ったように殺し合いが起きないのと、そもそも宗教戦争したがるのはオカルトを理論的に説明したがるポンであって、そういうアレな人がいられる場所ないから。地球に置き換えると、ムー大陸を熱く語る人ってまともな学会の居場所ある?」


 キリストは処刑されても暴力に頼らなかったから、汝の隣人を愛せと言われて説得力が生まれる。どんな理由があろうと人を殺そうとしてくるヤツがキリストの看板掲げても一歩目からフルスピードの逆走だわ。


 「だからまぁ、婚約破棄するアレな登場人物は無理があるんじゃないかなぁ」


 この結論出すまでにどんだけ回り道してんだよ。


 [着地ソコ? 長ぇ]


 だからそう思ってるって。


 

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