第18話



 ほとんどの人が特に予定もないのにクリスマスを意識し始める頃、寒風吹きすさぶ学び舎の片隅でヒロユキは同級生を相手に論破に勤しんでいた。


 「深爪する人バカなんじゃないかな、て思うわけですよ。爪なんてテキトーに切ってやすりをかけとけば何の問題もないですよね? 何故ギリギリを攻めて、結果痛みに苦しむのですか? 苦しみたい趣味の人ですか? ハハっ、それならボクから言うことはありませんけどね」


 グヌヌ言ってる同級生を見下しヒロユキは勝ち誇った。気持ち良いキモティー

 誰にとっても心底どうでもいいディスカッションではあるが、高校生男子のキャパシティはこんなものだ。


 勿論ヒロユキはあの人をリスペクトしている。人生を変えてくれた素晴らしいパイオニア。周りは悪影響を受けすぎなどと言っているが誹謗中傷も甚だしい論破しますよ論破りたいのですか?


 先に言っておく。ヒロユキの国語は三だ。


 「お前今日メッチャ機嫌良くね。何かあった?」


 グヌヌから覚めた同級生に聞かれて、ヒロユキは緩む頬を止められなかった。やっと聞いてくれたか今日何回思い出し笑いを見せたと思ってるのか途中ギュフフて自分でもキモい声出しちゃったのはあなたのせいなのに深爪痛ぇとかずっと言ってるからカッとなって論破してしまった。

 まぁいい。そんなに聞きたいならヒントくらいは与えてあげましょう。


 「サンタクロースはいるのかも知れませんね。ミ・ニ・ス・カ・サ・ン・タ」

 「まさか……、お前っ」

 「おっと続きは来週、一足お先にメリークリスマース」


 軽い足取りで校門を出て、帰りのバスに乗り込み、最後尾のひとつ前の席に座って揺られながら、ヒロユキは窓越しに街並みを眺めて溜め息をついた。本人は色気のある溜め息のつもりだが、ややポッチャリの身体が歩き疲れて息が上がっただけに見える。


 人生万事塞翁が馬ってやつか……、どんな意味だっけ?


 多分合ってるはずの故事を捻り出しながら、ヒロユキは自らの歩みを振り返った。


 ヒロユキは、はたから見ると恵まれていた。裕福な家庭に生まれ、玩具でもゲームでも欲しい物は何でも手に入り、友達も常にいた。

 しかし、あるいはだからこそ、ヒロユキはいつも満たされなかった。

 仕事で忙しく、物を与えるだけの親との繋がりは希薄。友達は玩具やゲームに集まっている。

 誰も自分を見ていない。自分には中身がない。自分って何だろう?


 そんな誰にでもありがちな思春期に出会ったのが論破神だった。相手が政治家だろうと人気芸能人だろうと歯に衣着せぬ主張をぶつけ、言葉の力尽くで黙らせる。

 悩みが吹き飛ぶほどスカッとした。僕も……、いや、ボクも言いたいことを言いましょう。

 

 ヒロユキは、他人の顔色をうかがうことを少し止めた。完全には止めない。そこまで簡単には変われない。隙を見て親論破したかったが親ディフェンスが硬かった。今はむしろ関係がこじれてしまっている。そんなこともあるさ。もうヒロユキはウジウジしない。


 友達との距離感は良い方向に変わった。当たり障りのない付き合いで遠回しに財布扱いされていた関係は終わり、隙あらば論破していたらキモオタとか呼ばれてイジられるキャラになった。キモいはまだしもオタク要素はありませんよまったくそんなに論破りたいならツモってみるがいい。


 自分に自信がつき始めたころ、さらに新たな出会いがあった。

 大人気FPS。もとよりオンラインゲームはハマっていた。

 ここではリアルの肩書きに意味はない。年齢も、性別も、社会的地位も、何も自慢にならない。せいぜい課金要素のあるゲームは富豪呼ばわりされる人が目立ちはするが、だからリアルがどうだというハナシにはならない。

 金持ちが小遣いで遊んでも、庶民が給料の大半をつぎ込んでも、ゲームの中では結果は同じ。それでリアルでは金持ちだぞと言い張る庶民がいたとしてだから何? 虚しいだけですマネー論破リング。


 ヒロユキからのワンポイントアドバイス。

 もう一度繰り返すがリアルの肩書きに何の意味もない。なのに私JKとかアピってくるプレイヤーには気をつけなさい。ほぼ確実にネカマです。告ってきたら確実にネカマです。おのれフリーメー……、これ歌ってたの隣りのクラスのヤスセイバーだったかな? サビが妙に耳に残ってしまいました。誰の歌か次会ったら聞こう。


 ヒロユキは格ゲー、オンライン格闘ゲームをやり込んでそこそこ上級プレイヤーにまで登り詰めた。ここでは自分の腕のみに価値がある。中身だけで生きている実感がある。素晴らしい。

 そして出会ったFPS。常に頭を使える者が強い立ち回り、マウスにせよアナログコントローラーにせよ、反動リコイルを制御しながらの照準エイムの腕が問われる射撃戦、そしてキャラコンと呼ばれる操作能力、自分の集大成を試せる場に来てしまった。


 ヒロユキは無双した。

 ランクマッチに挑み、気の合いそうなプレイヤーと組めばフレンドになって、時間が合う時は一緒に遊ぶようになり、気付けば最上位帯で戦う一流プレイヤーになっていた。

 流石にプロかチーターしかいなさそうな最高ランクまでは取れなかったが、一般人の中では最強格と言っていいほどの高みには登り詰めた。


 しかし、その頃から風向きが変わった。

 ボイスチャットを繋いでフレンドたちと論破トークに花を咲かせていたら彼らは次々に引退してしまった。突然フレンド登録解除になっていたのは引退ってことですよね。寂しいけどリアル優先なのは当然なので何かしら頑張って下さい応援してます。


 ランクマッチをソロで続けるのは無理がある。ヒロユキのランクで始めると周りはほとんど同格のフルパ、何もできず倒される。ポイントが激減してあっという間に降格してしまうから、ヒロユキは一人、エキシビションで遊ぶようになった。


 「ねぇ、ヒロユキ君ってさ、あのゲームでオレンジランクまでいったってホント?」


 そんな折、廊下で知らない女子に話しかけられてヒロユキは呼吸困難になりかけた。しかもいきなり下の名呼びて。殺そうとしてます? リアルでJKが寄ってきたらネカマではなく 殺し屋ヒットマンですか?

 でも知らないところで自分の努力が認められていた気がして、誇らしさで胸が一杯になった。

 そう、戦友と一緒に手に入れたオレンジランクの称号がボクの宝物プライド。さらに上のプリズムランクには手が届かなかったけど、あんなの一日中ポイントを稼ぐ廃人じゃないと無理。俗にゲーミングランクとも呼ばれてダサいし別にいりませんよハイ論破ぁ。

 全然関係ないけど大抵のゲームが緑、青、紫、橙の順でランクが上がっていくのは誰基準なんでしょうね。


 「は、ハヒィ。一人で維持は無理だからもうランクマッチはやってないけど、称号は持ってますよ」

 「スゴーイ、アタシ自分ではあのゲームしてないから動画で観るだけなんだけど、あのランクまでいってる人リアルで初めて見たぁ」


 え、チョッ、距離近くないですか? あ、いい匂い。もうヒットウーマン確定じゃないですかハイ論破ぁ。え、二次元薄っぺらじゃないですかハイ論破ぁ。


 「良かったら見に来ます?」

 「いいの? 行く行くー」


 脳がゲーミングのまま変なことを口走ったらなんかオーケー貰えた。アレッ、夢見てます? 冬なのに春が来るわけないじゃないですかハイろん……、ってさせませんよ?

 あとナニこのコ? 自己紹介もしてないのにウチ来ちゃうの? こんなに可愛いくせに? もしかしてボク、食べられたりしちゃいます?


 「えーと、とりあえずお名前を伺っても……」 

 「あ、ゴメンねーひとりで舞い上がっちゃった。アタシは━━」


 回想の余韻にひたりながら帰宅するとヒロユキは着替えもせずベッドにダイブした。

 ついに明日彼女が来る。恥ずかしさと嬉しさが全身を駆け巡ってじっとしてられない。

 掃除は連日しすぎて疲れた。模様替えでもしてみますか。


 明けて翌日。

 ヒロユキは準備万端で彼女を迎えた。

 歯磨き? 三回はしましたけど何か? え、一回で十分ってじゃああなたは一回歯を磨いたら一年何もしなくて平気なのですか? 時間の長さが違う? それってあなたの主観ですよね? ボクがその日の気分で何回歯を磨いてもボクの勝手でしょハイ論破ぁ。


 部屋に案内してゲームを起ち上げると燦然と輝くオレンジランクのバッジ。


 「うわー、これ?」

 「はい、最上位帯まで行けたら貰えますよ」


 では早速スタート。リアルでは褒められ慣れてないから小鼻がピクピク膨らんでしまうのは見逃してほしい。

 まずは他プレイヤーのいない場所に飛行機から飛び降りて物資を漁る。


 「初動ファイトしたがるプレイヤーが多いんですけど、あの人たちバカなんじゃないかって思うんですよね。最初の場所でどの武器を手に入れるかは完全に運任せなんですよ。自分も他人も理想とするセットアップには程遠いんですよ。その状態で戦いを始めて勝ったとして頭使った実力って言えますか? ただの運ゲーがしたければ少し前に流行った落ちゲーでもすればいいんですよ」


 絶好調。ヒロユキはエンジン全開で装備を調え、戦場を俯瞰できそうな高所を求めて移動を始めた。

 所詮エキシビション。たまに気分転換でもしたいのか凄腕が混じっていることもあるが、ほとんどの試合においてヒロユキの脅威になるプレイヤーなどいない。


 オブジェのようなデザインの塔に上ると、ヒロユキは視点を俯瞰に変えてエモート、キャラを踊らせてみた。見ているだけの彼女にも楽しんでもらいませんとね。


 特に有利ポジションではないから賢い立ち回りとは言えないけれど、これくらいのお遊びは問題ないでしょう。

 おや、早速ボクの舐めプにキレたのか突撃してくるおバカさんが。


 「典型的な初心者さんですね。折角隙だらけに踊っているのだから静かに歩いて背後から近付いて襲えばワンマガで倒せる可能性もあるというのに。あ、ワンマガというのは弾倉一個分の銃撃のことです。正面離れた位置から撃たれても当たるわけないのに、もう少しトレーニングエリアでエイム練習しましょうね、さようなら」


 ヒロユキは自分に酔って有頂天になってしまった。

 まさか一部始終をスコープで覗かれて民度が低いと貶されているとも知らず。

 そしてその時が訪れる。


 あっさり倒して再び踊っていたら体力メーターがいきなりレッドゾーン。何ですかコレ?

 考えるより先に指がキーボードを叩いた。伊達に修羅場を潜ってないのですよ。

 幾多の戦場で強敵を翻弄したキャラコンに目を剥くがいい。

 ホラ、当ててみ……、え?


 棺桶に変わってゲームオーバー。

 ここからは任意で他プレイヤーの視点に変えて観戦することができる。

 自分を倒したプレイヤーの視点に変えてヒロユキは絶句した。

 見える風景から判断するとボクのいた場所から二キロメートル離れている。

 つまりタイムラグを考えるとボクの動きは三秒後まで読まれた上で非常識な超遠距離からのヘッドショット? ナニソレ? チーター? ですよね、チーターに決まってる。


 「ハイ論破ぁ、ハイ論破ぁ、ハイ論破ぁ、ハイ……」


 壊れたヒロユキを無視して、はヒロユキを倒したプレイヤー名が表記された画面を睨みつけた。


 「各種ベリー……、またお前がアタシの邪魔をしたのね」


 いいわ、叩き潰してやる。

                  

                    to be continued……?


 とか即興朗読してたら終盤。流石に複数から撃たれると吸血鬼もお手上げですわ。

 ゲームオーバーから待機画面に変えてコメント欄を見てニッコリ。

 仕返し完了。君たちも背中にコンニャク入れられる気分を味わうといい。


 

 

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