第17話



 「あああぎゃーコレ無理ー許してー」


 リスナーの要望で新しいゲームに手を出したらヒドかった。

 二つの陣営に分かれてマップにペンキをぶちまけて時間内にどっちの色の割合が多いかを競うポップなゲーム。


 綺麗好きには無理。壁なら壁一面を同じ色で塗りつぶさないと気持ち悪い。そこら中に飛び跳ねてる違う色が気になって塗り直してる間に大量にぶちまけられてオンギャーてなる。

 なによりこの気持ち悪さが邪魔してお喋りできそうにない。


 散らかった部屋、とかは平気だよ。でもそうだなぁ、本棚に並ぶ本の厚みや高さがバラバラ、これが無理。女性にはコレでどうだ。いやTゾーンファンデ塗りすぎー、とか?


 観るぶんには気にならなかったけどプレイは鳥肌が消えない。

 コンニャク背中に入れられながら落語くらい無理。したことないけど。


 [ここまで下手なプレイ初めて]

 [少しスッキリした]

 [みそぎ、定期的にやってこ]


 おのれ、許さん。必ず仕返ししてやる。

 いつものFPSに交代。あぁプレイはあまり好きではないとか言ってゴメンよ。もう俺コレだけでいいわ。

 調子を戻して散歩雑談スタート。


 「まだ目がチカチカしているような。あんなゲームようやるわ。ほんわかしていて対人のわりに恨まれにくそうなトコくらい? 褒めポイント」


 結構重要。ランクマッチ行かないのも敵作りそうだからって面があるし、謎の配管工を中心に大乱闘するゲームはやらない理由でもある。アレ絶対友達なくすヤツだろ。


 [恨まれるの怖い?]


 「怖いというかメンドイ。他の配信者のライブを観ている人なら分かるかな? 切り抜きはコメント見えないものがほとんどだから分からないけど、ライブはね、例えば負けたプレイヤーが自分を倒したのは知ってる配信者と気付いたあと、その配信にきて恨み言のコメントすることがあるんだよ。キモくない?」


 さらに言うとその程度のヤツはまだ可愛げがあるんだよね。水でカップ麺作れるのかいって沸点低いだけだから。ずーっとうざ絡みしてくる粘着質がメンドイ。

 頭に血が上りやすい殺し合いのゲームってのがひとつ、プレイヤーの多くが本来人と関わる遊びオンラインゲームに向いてないタイプなのがひとつ、ひたすら民度が低い。

 だからまぁ頑張る姿を見せるのが目的の配信でもない限り、安全な場所でのんびり遊ぶのが一番なんだよ。


 「俺ももっといろんな配信観て学びたいとは思うんだけどね、結局犬猫動画がサイキョーなんよ」


 配信業界はこのためにあると言っても過言ではない。毎日ネタのようにペットを見せてくる配信はなんか金銭の匂いがいやらしくて無視するけど。


 [どっちが好き?]


 「両方。見てたら無限に時間が溶けて困る」


 画面に表示されるプレイヤー残り人数の減りが遅い。珍しく散らばってるのかな? 集まりそうな場所は……、分からん。中央目指しとこ。


 「あんな癒やしに勝てるわけがない。対抗する気も起きねーわ」


 お、珍しく宝物庫の鍵ゲット。寄り道するか。


 「懐かしいなぁ飼ってた犬……、て雷に発狂するシーンしか出てこねぇ」


 銃声も聞こえない。いつもと違う違和感があったら不具合を疑うこのゲームの信用のなさっ。


 「おお、他人の配信ではよく見る宝物庫。では鑑定させて頂きましょう」


 あ、トレーニングエリア以外で初めて見たかも。おそらく全プレイヤーにゴミ呼ばわりされてる超遠距離スコープ。つけちゃえ。

 分かってる組から突っ込まれながらとりあえず高台を登ってく。ウチのリスナーは多分主婦層を中心に分かってない組も多いからゲームの細かいネタで盛り上がる気はないのさー。


 「スゲー、メッチャ見える。軽く二千メートルいけるのか。確かにゴミだね」


 遠距離戦とか言ってせいぜい二百メートルの撃ち合いが限界のゲームで誰が使うんだよ。俺が使ってやろーじゃないか。


 「空飛ぶ豚が弾一発一発を検品するシーンがあったように、リアルは不良品が多いし風向き風速は常に変わるから狙って当てるのは難しい」


 本物のスナイパーて変態だよね。確か世界記録は今も続いてるあの戦争で三千数百メートルだとさ。現実のほうがゲームみたい。


 「でもゲームは同じ点に撃てば同じ点に当たる。ついでに当たり判定ガバガバだし」


 このゲーム、スカイダイブ中の敵を撃ってそこそこ当たる。これって普通はありえないからなぁ。空を高速移動する物に素人がテキトーに撃って当たってたらこの世に空軍ねぇわ。

 てことで超遠距離の敵に照準を合わせ、偏差はこれくらいかなぁと上にズラして発砲。対象の五メートル前方の地面から土煙。

 トレーニングエリアで遊びながら超遠距離狙撃も練習したことあるけど、やり込んではないから外すのはしょーがない。でも落ち幅と着弾までの時間を確認できたからもう外さない。


 ドシュッ。

 

 「プププ、驚いてそう。どこから撃ってきたのかキョロキョロしてないで隠れないとダメだぞ」


 [え? 今の普通にスゴすぎ]

 [ショート動画に上げてもイケる]


 しないよ。てかそういう動画を見て出来る人がいることを知ってるから安心して披露してるんだし。調子にのって人外プレイまでする気はない。

 

 [大会出ないの?]

 [勿体ないよな]

 [競技勢相手でもイケるんじゃね]


 大会参加要請があって断ったことは秘密。まぁDMのハナシをするのは非常識だから当たり前か。


 「競技勢プロをナメちゃいかんよ。プレイ動画観てみ。お前んち活火山? てくらい視点が揺れてる。あれで全体把握してるとか人外ですわ」


 全員すごすぎて一周回って笑える動画集好き。


 [息をするようにディスるよな]


 「えー、褒めてんですけどー。キャラコン変態だから笑って弾当たる気しない」


 なんで物理無視して空中でもカクカク揺れ動くんだよ。オクスリキメてるような挙動を真顔で操作しているとか想像するともう。


 「まぁリアルでは絶対関わりたくないタイプだから大会に誘われても怖くて無理だな」


 [ハイ出たブルータス]


 「一芸特化は言い換えるとそれ以外全滅ってことだからね。あれってもう何年も前だっけ? こんな男に人権はないとか発言してレッドカード喰らった女性プロゲーマーがいたでしょ。ここまでひどくなくても全員五十歩百歩だよ」


 つい最近も他人の配信無許可で切り抜く違法行為を平気でするプロゲーマーがいたし、まだまだ今後も事件起こりまくるぞコワー。


 「音楽家や芸術家の人格ぶっ壊れエピソードはたくさんあるよね俺好きー。モーツァルトはラブレターに下ネタ書く変態だし、ゴッホはメンヘラロリコンだし、あれはハイドンだっけ、座右の銘は借りた金は返さない。一芸特化の天才ってこういうことだぞ。遠くから見るものであって目を合わせちゃいけません……、ところで、遠くから見えるコイツ何、新種の天才?」


 少し移動して中心まではまだ遠い、時間も距離も中盤に差し掛かったころ、丘を上りきって視界が開けた所でスコープを覗いてチェックしてたら変なのがいた。


 やや高い程度の塔の屋上でエモート、なんか踊ってる。気が合いそうじゃないかフレンド申請する?


 うん? おっと撃たれてる。うわっ、キモ。上下左右に高速で動いてる。キャラコン自慢してる? 


 あー、何で隠れないのかと思ったら煽ってんのか。性格悪いなフレンドはナシの方向で。でも面白いから見てよ。


 「あれが民度低いってことだよねー。顔を晒す表のスポーツは多くの人がスポーツマンシップに則って気持ちのいい試合をできるけど、匿名で遊べる裏のeスポーツはそういう精神性が育まれないから残念な人が多すぎる。プロすら含めて」


 まだ生まれたばかりの連中だから寛容されてるけど、そろそろ危なそうだなぁ。棺桶に銃を乱射する死体撃ちと呼ぶ行為があって、主にモラルの欠けたチーターがムカついたらしいプレイヤーを倒したあとによくするらしいんだけどね、ムカつくチーターを倒したと勘違いして、普通のプレイヤーに死体撃ちをするプロもいる。


 というか俺もライブで見たことがある。配信見てたらその配信者がチーターと思われて死体撃ちされててさ、倒したプレイヤー名はログに出るからソイツがプロってコメント欄に報告するリスナーがいてすぐ分かる。された配信者はチーターと間違われるほど上手いってことだからと笑ってスルーしたけど、俺はゾッとした。


 まず、どんな理由があろうと死体撃ちすることによって人格下劣を証明している人にプロを名乗らせるなよ。プロ野球選手やJリーガーが対戦相手に中指立ててただで済むのか? 配信という動かぬ証拠もあるのにおかしくね? そんな当たり前の常識良識の欠けたプロゲーマーの業界は一切信用に値しない。


 「成熟したら期待が持てるんだけどねー。eスポーツって多分究極に公平だから。年齢も性別も関係ない。疑惑の判定もない。脳みそまでゲーミングに輝く現状を見るとまともになるのは数十年かかるかな」


 スコープ越しに変なヤツはまた踊ってる。撃ってきた敵を返り討ちして得意げにロボットダンスしてる。ダンス業界ではアニメーションって呼ぶんだっけ。何にしろいちいち名称変えるのやめてくれないかなぁ。

 さて、ダメージゾーンが収縮してきているし、コイツをどう料理するか思いついたし、そろそろ退場してもらうか。


 ドシュッ。


 重い発砲音が相手に聞こえるのは三秒後くらいか。そこまで物理計算しっかりしているのか知らんが。


 変なヤツはビクっと痙攣して、得意らしいキャラコン始めた。

 一発では仕留められなかったとはいえ、元気だね。

 ハイハイ上上下下左右左右スライディングジャンプの空中でヘッドショット。ワンパターンの動きでイキるなコンマ三秒どころか三秒後の位置まで丸わかりだわ。


 「面白いヤツだったねー」


 [アレ当てんのか]

 [たまに出会うクセ強野良もこのゲームの魅力]

 [結局何がしたかったのやら]


 フィーッシュ。


 「きっと深刻な事情が隠されているんだよ。パッと思いついたヒロユキ君のマル秘エピソード聞く?」


 [おいおい……]

 [え、ここであの流れ?]

 [確信してるけど一応聞こうぜ]

 [ああ、ヒロユキって?]


 「突然現れて挙動不審にヘイトを集める謎の存在感がヒロユキっぽくね?」


 [あのヒロユキに論破されろ]

 [あのヒロユキに論破されろ]

 [あのヒロユキに論破されろ]


 君たち『ですこ』か何かを使って裏で話を合わせてない?


 「あのヒロユキのつもりは全然ないんですけどー」


 実際テレビを観なくなったころに登場しているらしくて、俺詳しくないんだよなぁ。


 [通じる時点でお察し]


 グッ、まぁいい論破されたことにしといてやる。


 「その日、ヒロユキはいつにもましてイキり散らかしていた」


 俺は丘を下って変なやつの棺桶に近付いていった。

 オチは決めたけどコレ話して大丈夫かな? と不安を抱えながら。

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