第16話
「すっかり冷え込んできましたね。秋が一瞬で過ぎ去り冬がくると……、捨てたはずの過去が扉をノックする。タートルネックで口元隠してひとつ上のオトコ……、俺何でこんなことを鉄板ギャグとか言って毎日してたんだろ? みなさんこんにちは、メランコリックなブルーベリーの入ったシュークリーム、シューク・ベリームです」
何が悲しいって俺、本名も故郷も憶えてないんだぜ? 思い出が薄っすいバカエピソードだらけで人格歪みそう。
んじゃ今日もテキトーにゲームしながらお喋りすっぞー。
[開幕ブッパ]
[いきなり腹筋壊しにくるな]
「いやマジに寒すぎて憂鬱。毎朝コンビニ寄って肉まんとかの楽しみがなかったらやってられない」
[酢醤油いらない派]
[この季節にコンビニはおでんでしょ]
「あー酢醤油ってどこの常識なんだろね? 俺もいらないしカラシもいらないしトッピングと思ってなくて無視してた」
たまにあるよね。まったく知らない常識つきつけられること。
押しボタン式の信号知らなくて横断歩道で突っ立ってるとか。
ホテルのベッドの足元のタオルが土足用とか。
「おでんねぇ。隅っこでいじけてる不人気そうなヤツをほっとけないんだよなぁ。味染みてて美味しいからいいけど」
[猫舌にはツライ季節]
「おぉドンマイ。出来立てたこ焼きの美味さを語る関西人を見ると焼けた炭を口に入れるインド人のビックリ映像が思い浮かぶのは例によってフリーメーSOONの陰謀だろうか?」
猫舌といえば。
「何年か前、猫舌は舌の使い方が下手なだけ、とか言って猫舌をバカにする芸人がいたけど、アレまだ信じてる人いるのかな?」
テレビか何かで見た時は呆れたなぁ。
[猫舌はいまだに言われる]
[え? 違うの?]
「いるのかぁ猫舌はマジにドンマイだねー。こんなハナシは原因と結果が逆って少し考えれば分かることなのにどうして踊らされるかな」
誰が言い出したんだろ。またインフルエンサーの仕業か。
「お風呂に入って熱いと感じる温度は人類共通なの? 熱湯に入れる人は肌の使い方が上手ってこと? 舌も肌も、触覚は個人差があって当たり前だよね。初めて入る温泉を前にして、大抵の人は指先で確認するよね。どれくらいの熱さか知りたくて神経の集まる敏感な指先で確かめるよね。これって本能に近い行動だよね。舌の使い方が下手だから猫舌になる、ではなく、猫舌は熱さが怖いから敏感な舌先で確認せずにはいられないって本能に近い行動であって、上手い下手のハナシではないよ」
こんな簡単なハナシを説明するのが虚しい。徒に人を傷つけるデマを広めた連中は平気で生きてるのがムカつく。
「というわけで猫舌は何も悪くない。バカにされたら焼けた炭を放り込むといい。やってるインド人を見たことがある、舌の使い方が上手なあなたもできるんでしょ? ってね」
出来る自分を基準に出来ない他人をバカにするのは誰にでも出来る。ダッセー。
[カウンターがエグい]
「ちなみに人間以外の動物はみんな猫舌なのも同じ理由。自然界に熱い食べ物は普通はないから、本能的な行動に合わせれば猫舌のほうが自然なわけ。じゃあ猫舌ではない人は本能を克服した優秀な人種ってことか? それはどうだろうねー」
この記憶はいつのものだろう。動物愛護団体が発狂しそうな映像が思い浮かぶ。
「昔の動物実験記録でね、脳の中央にある扁桃体を壊した猿の観察映像を見たことがある。その猿は恐怖って感情をなくしてノーリアクションで目の前の炎や蛇を触ってた。これを本能の克服って思いたい
[猫舌ではない人ドンマイ]
[軽率に猫舌を攻撃したばっかりに]
「似た言葉として、高所恐怖症も変なハナシだよね。命に関わる高所を怖がるのは当たり前のことであって、むしろ『高所平気症』のほうが防衛本能壊れて自分から危険な高所に行きたがるとか生存能力低そう。煙とナントカは高い所がお好き。訓練を積んだ鳶職のような人だけが克服って言っても納得できる」
不当に攻撃した以上はキツめに反撃されても正当でしょ。
実は喋りながら念のために検索してみて鳥肌立った。
『口腔内の粘膜が耐えられる温度は五十度から六十度の間であり、個人差はありません』
五十度から六十度の間という振れ幅を個人差って言うんでしょコレ何の暗号? しかも十度の違いって口の中どころか風呂の温度だとしてもメッチャ大きいし。
これだからネットの情報の鵜呑みはダメだぞーってなるんだよねー。
これ以上はしつこいから切り替えよ。
「肉まんもおでんも定番商品だから手が出るけど、新商品は冒険できないんだよねぇ。カルボナーラまん、悩んで買えなかった」
[ピザまん一筋]
[ソワソワ、戦争の予感?]
[アレって、まぁ普通?]
「いや何まんが最高かってバトルは仕掛けねぇよ。男だから女だからって言い方は今時ナンセンスだけど、食に関して男は
えっとぉ、カルボナーラまん。気軽に注文する女性客の声を聞いて敗北感に襲われる晩秋の朝。
「俺はわりとチャレンジャーなほうだったはずなんだけど、コンビニの新商品は正気を疑うほど不味いものが紛れていて、当たりというかハズレというか引きまくるからずっと昔に心折れたんだよねー」
[誰でもひとつはハズレ引いてそう]
[ひどいマンゴージュースあったなぁ]
そうか、あるあるだったのか。コンビニ業界は勝算ゼロでも新商品を出さなければいけない呪いにかかっているのか?
「もう名称見ただけでトラウマ蘇って吐きそうになるんだけど、キッシュというフランスのお洒落なパイみたいなヤツが最大のハズレでさ、フランス人には悪いけどコレ誰かのボンジュールシルブプレ? ってレベルで不味かった。生臭い魚食って和食を嫌悪する外国人もこんな気分なんだろうね」
[ボンジュールシルブプレ]
[分かるけど造語やめい]
[唐突にパワーワード]
「そういうハズレを経験しても新しいものに手が出せるってスゲーなぁ。一番食に関する女のスゴさに圧倒されたのはコーヒーチェーン店だね。アレ注文じゃなく呪文って言うべきでしょ。アソコの店員になったらメニューを丸暗記しなきゃいけないのかな? 凄腕ハッカーになるほうが簡単そう、ホラ」
反応しないように接続切ってキーボードを音高く連打して聞かせる。ベタだけどこれだけでデキるヤツ感演出できて何か楽しくなってくる。
「ふむふむ、ほーん。ハッキング完了」
ハンドルネーム パンナコッタ・クワズギライスキー
本名 不知火 版菜康太 (シラヌイ パンナコッタ)
生年月日 ……
備考 初見でボケたらホームラン。その後、ハードルが高くて怖気付いたのかハンネを改名。現在は無難に有名配信に入り浸っている。
「そうか…、このコはイタい親の犠牲者だったのか……」
[いたなそんなヤツ]
[どこに繋いだ情報だよ]
[まず備考欄書いたの誰]
「秘密結社ナメんなよ。毎日誰かの備考書きまくっとるわいククク」
[お前かよ]
[ホントにやってそうだからヤメテ?]
「いやいやホントにやってたらコイツらよりイテーわ。俺もしもこのテの親から生まれて三歳になって『自分がされてイヤなことは他人にしてはいけません』て教わったら以後両親にキラキラネームつけて人前で大声で呼んでやる。自分がされて嬉しいから俺に名付けたんでしょ? 喜べよ」
成人したら改名チャンスあり、とかって法律作ったら喜ぶ人結構いそう。子供のころに傷つきそうだから手遅れか。
「母は
[パンナコッタと名付けられたらグレるけど]
[カウンターがエグい]
[なんか不味そうなファミリー]
[両親土下座して役所に駆け込むわ]
簡単に改名できないってメンドイよね。犯罪に悪用されそうだからしょーがないけど。
「もともと日本人は姓名に奇妙な幻想抱いてるんだよねぇ。名は個人の区別をつけるために存在する。姓は
多分古代はずっと手本にしていたお隣の大国が易姓革命つって、姓を持つ皇帝でも頻繁に斃されるから姓は持たないって発想になったんじゃないかな? 知らんけど。
「庶民が姓を持つのは権力者の都合になる。戸籍って徴兵と納税のためだし、戸籍を作ると家族単位にまとめたほうが便利だから。庶民からすると知ったことではない事情だから、姓は山田とか川上とか集落の特徴をテキトーにつけたパターンが多い。外国も同じ、ヴィンチ村のレオナルド君のように大きなグループ名を姓にした」
近年の珍しいパターンとして、常識だから、という雑な理由で西洋人から姓を作るように言われて、知ってる日本語をテキトーに姓にしちゃったミクロネシア諸島の人たちサイコー。この人たちもずっと周りに敵がいなかったから姓を持つ必然性がなかったんだねー。
「キラキラネーム自体は昔からある。遡ろうとすれば神々の名までいけそうだね。もっと普通の流行を調べると、平安中期あたりからの、待賢門院、美福門院、皇嘉門院とかって実在した門の名を女性が名乗るブームがあったっぽい。原因は知らね」
平安時代はオカルト全盛期だからトンデモな理由をどうとでも言えるんだよね。
「幕末に日本全体がわちゃわちゃ浮ついたんだよねー。飛車角が成った最強駒を自分で名乗る坂本龍馬とか、西郷隆盛も十回くらい改名してなかったっけ? そんな時代が終わり、明治が始まり、改めて戸籍を整えるにあたって政府は庶民に、全員姓をちゃんと作れと命じた。勝手に作れる珍しいチャンスに個性をアピりたい人がたくさんいて、結果日本人の姓は異常に多くなってしまった」
だからまぁ。
「姓名にこだわるなんて下らねぇよ」
[シューク・ベリーム]
[ブーメラン乙]
るっせ。二、三分で決めたっつったじゃん。言ってないっけ?
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