第9話
そこかしこで合唱するセミの鳴き声に囲まれ、初夏と呼ぶには暑すぎるがエアコンを使うほどキツくはないから扇風機が首を振り続ける和室にて、タカシは嫌な汗をかきながらマウスを動かし再びマッチングをクリックした。
「タカシ弱ーい」
幼馴染のミカがからかってくる。
おかしい、こんなはずではなかった。
崩れ落ちる妄想予定に内心悪態をつきながら、タカシはここに至る経緯を回想した。
きっかけは昨日。学校からの帰り道。自転車を漕ぎながら土手の舗装路から眼下の田園風景を見るとはなしに眺めていると、ヨっと一声かけて同じく自転車に乗るミカが隣りに並び、タカシは二重の意味で驚いた。
ひとつは単純に無防備な隙をつかれたから。もうひとつは、最近ミカとは疎遠になっていたから。
幼馴染といっても思春期はささいなことで距離が開く。高校に進学してからのここ三ヶ月くらいは一言も喋った記憶がない。同じ高校に通っていてもクラスが違えばそんなもんさ、自嘲気味にタカシは達観していた。
そう、タカシも同世代男子全員がかかると言っても過言ではない例の病気を患っていた。むしろ絶賛こじらせ中だった。
「タカシは動画観る? アタシは最近━━」
ミカのほうは開いた時間を感じない気安さで他愛のない話題をふってきて、タカシは妙にうるさい心拍音をなだめるようになんとかチューニングしながら改めてミカに視線を持っていき、
夕焼けにはまだ早いが陽は沈み始めていて、土手を挟んで田園の反対側、川面に反射した陽の光をアクセサリーに、逆光のシルエットを秘密の目隠しに、前を向いて話すミカの横顔はやけに眩しかった。
コイツ、こんなに可愛いかったっけ?
一度意識してしまうと頭に血が上るのを止められない。
間違いなく今自分の顔は真っ赤だからと、タカシは込み上げる気恥ずかしさに耐えられなくて首を反対に捻った。そんなタカシの気持ちを知らず、あるいは知っていて、ミカは咎めた。
「ちょっと聞いてるー?」
「あ、うん。あのゲーム観ているだけでも面白いよな。オレも入学祝いにじーちゃんばーちゃんからPC買ってもらってさ、結構遊んでる」
「えー、いーなーズルい。アタシ今じゃなくない? って化粧道具一式だったぁ」
今化粧されたら破壊力ヤベェ。タカシは喉まで出かかった言葉を飲み込み曖昧に相づちを打つだけにとどめた。
ノートパソコンは持ってるけどスペックがどーのと愚痴を聞きながら、タカシは自分的には過去最大の勇気を振り絞って言った。声が少し裏返ってしまい、より真っ赤な顔を隠しながら。
「あ、あのさっ、明日ウチ来てゲームする?」
明日は創立記念日。これは神様がくれたチャンスと言わずなんと言う。
「え、いいの? 行く行くー」
簡単にオッケーをもらって嬉しい反面、タカシはミカの無邪気さに不安をおぼえた。コイツ自分の可愛さ理解してないだろ、誘われてホイホイついて行くなよ。
何時に訪ねるか約束して別れ、帰宅してからは大掃除。本棚と洋服箪笥を整理整頓、掃除機をかけて、陽は沈んだから干せないけど一応布団も窓から外に出して埃をはたき、高圧スチームまで使って気付けば二時間経過。流石に母と妹に呆れられた。仕事を終えて帰宅して話を聞いて生暖かい目で見てきた父とは一週間は口きいてやらない。
休憩を兼ねてゲーム起動。
今日はなんなんだ。
きてる。オレの時代が確実にきてる。
明日のシミュレーションという妄想が広がり、タカシが眠りについたのは深夜二時。今思えばここで躓いていた。睡眠不足はあらゆる災いをもたらす。
明けて翌日、午前十時にミカ来訪。
朝六時に起きてソワソワしていたタカシの眠気は吹き飛んだ。することないから三回は歯を磨いた。特に深い意味はない。ないったらない。
そして現在午前十一時。タカシは絶望していた。
FPSはエイムは当然として、冷静さと判断力が求められる。焦れば焦るほど、悩めば悩むほど空回りする。
かれこれ一時間、タカシは初動死だらけの散々な生き地獄を味わされた。
ミカは空気を読んで深刻にならないようわざと茶化すように声をかけているが、追い詰められたタカシに察する余裕はない。
ミカにいいところを見せたかっただけであって、別に順位なんて気にする点ではないはずだが、いつの間にかタカシの頭は昨日の三位の栄光を再現しなければという妄執でいっぱいになってしまった。
そう、次こそ必ず高順位をとる。そして……、その勢いで告白してやる。
今頑張らなくていつ頑張る。漢を見せろタカシぃぃぃ。
寝不足。プライド。恋心。空回り。
タカシはもういろいろ限界だった。だから……、本来ありえない下らない作戦を選んでしまったとして、彼を責めるのは酷である。
タカシ、セミになるってよ。
通称セミと呼ばれるハイドの一種。高位のランクマッチで散見する。ランクマッチはフルパと呼ばれる三人組で参加するのが言うまでもなく一番強く、ソロは強制的に組まされる野良の当たり外れに左右されてひたすら苦行になる。ではソロがより高みに上るにはどうすれば良いのか?
その答えのひとつがセミ。最初から仲間とはつるまず、できるだけ戦闘を避け、あるいは漁夫れそうな時だけ戦い、可能な限り生存を優先してひとつでも順位を上げてポイントを稼ぐ。
恥も外聞もなくマップのどこかに隠れ潜む姿勢はセミと呼ばれ、大抵は小馬鹿にされる。
もう一度言おう。
順位に意味はなくポイントがないエキシビションなのに。
タカシ、セミになるってよ。
タカシはガンギマリの血走った
降下地点に散らばる物資を回収したら即座に移動。百メートル先あたりに鎮座する
無事誰からも撃たれず中心部に近付くと岩陰にクルマを捨てて、遮蔽物から遮蔽物へと隠れながら移動して、デパートくらい広々とした建物内に侵入した。
タカシはようやく肩の力を抜き、じっくり探索して武装を
そして入ってきたドアから外を覗き、しばらくは誰も来なさそうと判断し、漁ってるから無意味だがなんとなく誰も入ってない演出をしたくてドアを閉め、探索中に見つけた絶好の場所、階段裏の暗がりに隠れ潜んだ。
ここまで成功すればもう大丈夫。そうだよ、オレの時代がきてるんだから自信を持てよ。
何度も何度も自分に言い聞かせ、タカシは画面に表示される残りのプレイヤー数を凝視し続けた。
基本的にエキシビションは戦う練習をしたい人が利用するわけで、誰もが積極的に撃ち合いみるみる人数が減っていく。
約六十人から始まり、ほんの数分で四十人。ダメージゾーンの収縮が始まるころには二十人。
勝ったな。
残り人数十五人の表示を見てタカシは仄暗く
まさか誰とも戦わず散歩雑談する奇人変人が近付いているとも知らず。
そしてその時は突然やってきた。
「え?」
タカシに言えたのはたった一言。三秒にも満たない事故映像。
パパパパパパパパン、スチャ、ズドンッ。
ナイスミドルのキャラクターがひょいと物陰から現れると同時に見惚れる速度で銃口を向けて連射してきて、手品のようにショットガンに持ち換えてトドメを刺された。
控えめに言ってトラウマ級恐怖体験だった。
「クヒっ、ヒヒヒ、イヒッ」
タカシ、
「お・し・ま・い」
俺を含めて残り三人。即興朗読も終わったしスススと近寄り、別の敵と撃ち合っているところを後ろから倒す。意外と歩いていたら静かで気付かれない。
あとひとり。流石に一対一で俺に勝てる人は少ないだろうなぁ。俺、歩きのスピードでも銃口見ながら射線ずらし続けることができる反則吸血鬼だもん。
というわけでサクッと勝利。チャンピオンの文字とファンファーレ。
[タカシー]
[お前の血は何色だぁ]
[ひでーよ。こんなヒドい話は滅多にねーよ]
「うわー、君たち全員Dだね。いや、あえて
[やっぱそういう意図があったのね]
[そうそう、ミカは絶対ヤベーおんな]
[ホッとした。ミカに苛つきながら聞いていたから]
[あんなに計算だらけなのに分からないの?]
分からないんだろうなぁ。しょーがない、解説してやるか。
「ミカ視点で始めからいくぞい。彼女は高校入学から三ヶ月かけて、同級生や先輩をチェックして格付け完了した。結果、彼氏に相応しい安全牌はタカシと判断し、即座に行動に移す」
あからさまなくらいヒントは散りばめたのにまったく。
「タカシが男友達と話す内容を聞くか、内容を聞いた女友達経由でミカはタカシが最近PCをゲットしてゲームにハマっているという情報を簡単に入手できる」
タカシのほうからウチ来る? って誘うように仕向けるためのタネもシカケもある話術に気付こうぜ。
「次の日が創立記念日のタイミングで接近。時間も計算通り。自意識高いJCJKがどんだけ自撮りの試行錯誤してると思ってんの? 自分を一番綺麗に魅せる陽光逆光反射光の利用なんぞ完璧に決まっとるわ」
何が神様のくれたチャンスだよ人を格付けしてマウントとりたい下らん女に振り回される地獄への片道切符だよ。
「庇護欲を掻き立てる危なっかしい受け答えでタカシはすでに彼氏面を始め、ミカは内心笑いが止まらないだろうね。チョロすぎる」
リスナー男ども息してるぅ?
「あとはテキトーにゲームを楽しんだりタカシをヨイショしたり、手と手が触れ合ってアっ、みたいなベタな展開に持っていけばイチコロでしょ」
タカシのほうから告白させることによって、自分はいつでもより良好物件見つけたら後腐れなくフれる。恋愛は惚れたほうが負け、実践編。
「俺はタカシの自尊心を粉々に砕いて、盛り上げようとするミカの企みを破壊したわけ。お分かり?」
[先生、ワイ小さいオッサン目指します]
[こえーよ、おんなこえーよ]
[ミーンミンミンミン]
[シュー君解像度高すぎてチョット心配]
[修羅場潜ってる?]
憶えてないってことは思い出さなくていいってことだよ。
男と女でコメントが大きく変わるの面白いなぁ、てわちゃわちゃしながら今日の配信は終了。
ちなみにセミを倒した時に何の感情の揺れも感じなかったから、事実は一旦隠れて宅配便の受け取りかお花を摘みに行って別の用事でほったらかしになってしまった、くらいなものだと思う。
タカシもミカも、ついでに俺の車借りパク事件の真相もフィクションだっつーの。
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