第10話
午前九時五十八分。待機所は、と。ざっと七十人。SNSで配信予定時刻くらいは宣伝するけど全く活用しないからなぁ。
今日からついにVtuberデビューなのにリスナーは知らない。ククク、サプライズを楽しみたまえ。
[滑り込みセーフ]
[オハー、そんな慌てなくても]
[いや、何やらかすか分からないスリルがあるからな]
[分かるー]
[この画面いっぱいの巨大シュークリームにも慣れてきた]
[シュークリームに準備中の文字はイラっとするがな]
[なんか動いてね?]
そう、シュークリームがプルプル震え、ゆっくりカメラが引いていき、マイクを握る俺のガワ登場。
そこからすかさずドラムスティックのフォーカウントからオープニングアニメとミュージックスタート。
アニメというより紙芝居に近いネットではおなじみの低クオリティだけど頑張って作ったぜよ。
〜螺旋に呑まれ 流され続け 俺たちはまた彷徨う〜
歌詞字幕付きドラム式洗濯機の絵。いきなりコメント欄が阿鼻叫喚だけど落ち着け。序盤はしっとり、中盤からアップビートに盛り上げるゼっ。
〜出会った二人 比翼連理 添い遂げると誓ったのに〜
水中でグルグル回りながらくっついては離れる一対の靴下。だから落ち着けって。
〜君は言ったよね お日様の匂い 暖かい
乾燥機を回る靴下。そうそうおとなしく見とけー。ちなみにお日様の匂いの正体は熱せられたダニの死骸らしいってことで。
〜素直になれず うつむき黙る 君が春だよ 叫べば良かった〜
洗濯バサミで干される靴下。さっき乾燥機かけたじゃん、てつっこみは野暮。
〜どうしていつも
乱雑な部屋に片方だけの靴下がスポットライトを浴びる。きっと全国の主婦共感の涙。
〜おのれフリーメーsoon おのれフリーメーsoon 怪しい事件はとりあえず〜
パイポを咥え、シュークリームを頭に載せた探偵コスプレの俺が指差しドーン。
〜おのれフリーメーsoon おのれフリーメーsoon 魔法の呪文で解決Q.E.D〜
空港から離陸する飛行機にガヤガヤのエフェクト。つまり高飛び。
ハイここで間奏。全員シュークリームを頭に載せたバンド風景。まずはタイトル。
「アナタ次第と言っときゃ責任回避」
━作詞・作曲 俺━
そして一人ずつ順番にシュパっとズームアップで色使いをデタラメポップに。ここ凝った。
━ボーカル 俺━
━ギター 俺━
━ベース 俺━
━キーボード 俺━
━ドラム・パーカッション 俺━
圧倒的なデショーネ。あまりクドいのもアレだから表記しなかったけど、地味にミキシングが一番しんどかった。完全素人だから各演奏のバランスとかサッパリ分からなくて検索しまくりの手探りだった。
〜何故嘘を吐く 誰が得する 何度騙せば気が済む〜
カラフルから一転、篠突く雨に包まれた灰色の街並み、デザイナーズハウスのベランダの手摺りに背中を預け、咥えタバコで曇天を見上げる俺をなめるようなカメラワーク。タバコの火だけ赤く色付け。
実際は一軒家じゃないしタバコは前世で吸っていたような気がする程度だが、言わなきゃ分からないってことで。昨今
〜
シュークリームを頭に載せた少年、ショタバージョンの俺が裏路地を逃げるように走り続ける。灰一色の中、ドアップの瞳が赤く光り、敵意をみなぎらせる。
〜いつ
両手にハサミを持って十字架のように交差させて、冷笑しながら見下す俺を下からのアングル。壊れたカメラ風、ノイズ混じりの映像。
〜あの日手にした 希望は今も 胸の奥底 燻ってるのに〜
地面に這いつくばり、ハサミを投げ捨てるショタ。
〜誰か教えて こちら側の どこからでも切れます
切れませんけど 切れねーんだが 敵は誰〜
俺とショタ俺、並んで魂の雄叫び。きっと全人類共感の嵐。
〜おのれフリーメーsoon おのれフリーメーsoon 怪しい事件はとりあえず〜
パイポを咥え、シュークリームを頭に載せた探偵コスプレの俺が指差しドーン。
〜おのれフリーメーsoon おのれフリーメーsoon 魔法の呪文で解決Q.E.D〜
空港から離陸する飛行機にガヤガヤのエフェクト。つまり高飛び。
ハイここでクライマックスに向けて短い間奏。中央に巨大シュークリーム、左右にそれぞれ両手だけ見せて、シュークリームのバトンタッチぽく。
〜謎が謎呼び 理不尽だらけ ソッチがその気ならHaaan?
ええいいですよ 暴れてやんよ 敵はどこ〜
シュークリームを頭に載せた往年の名レスラー登場。
〜ネカマの嘘告(おのれフリーメーsoon)〜
エルボーで角をへし折られたユニコーン絶叫。
〜野良猫のガンつけ(おのれフリーメーsoon)
薄暗い部屋でモニターに向かってニヤけるアンチっぽいクソガキに背後からエルボースイシーダ。
〜時計見たらゾロ目(おのれフリーメーsoon)〜
黒マントに黒頭巾の不審者にタイガースープレックス。
〜宝くじ七等(おのれフリーメーsoon)〜
黒マントに黒頭巾の不審者にタイガードライバー。そばでレフェリーが床を叩いてカウント。
〜今日も陰謀一手に引き受けフリーメーsoonオツカレ〜
ピラミッドのように山盛りの靴下を囲んで踊る黒尽くめの不審者たち。そんな彼らを少し離れた高い位置から豪奢な椅子に座って眺める、仮面で顔を隠したアルビノの頭にシュークリーム。
「どもー、ひょっとしたら秘密結社を乗っ取ったかもしれないイチゴの入ったシュークリーム、シューク・ベリームです」
[頼む、ちょっと待って]
[時間ちょうだい]
[スマホにコーヒー吹いたどうしてくれんの?]
[あの発音なんなんw]
[後半もうあのフレーズ言いたいだけやん]
[ショタシュー君の短パンご馳走様]
[ビミョーに名称変えて訴訟回避]
[アカン、笑いすぎてもう疲れた]
おお、コメントの流れ早っ。
「楽しんでくれたようでなにより。ホラ見て見て、俺も動くようになったぜい」
怒って笑ってウインクして左右をキョロキョロ、画面中央でガワを動かして見せる。
手が動かないのは違和感あるけどしゃーない。そういう仕様だもん。
女性Vtuberは露骨な乳揺れを武器にしがちだが俺の場合は、そう、頭に載ったシュークリームをプルプル震わせるぜっ。無意識に刷り込まれて小腹を空かせるがいい。
「折角のお披露目だからゲームはナシの雑談だけすっか。質問とか、今後やってほしー配信とかゲームある?」
[スパチャは?]
「あ、忘れてた。スパチャは解禁できるけどしない。俺に金出すくらいならソシャゲにでも課金しなよ」
スパチャさせろ圧スゴっ。コメントが加速しそうだから早めに説得しとくか。
「あのさぁ君たち。友達と遊びに出かけて全部奢る? それ友達って言う? 俺は君たちと対等でありたい。君たちのペットになる気はねぇ。見てくれたら収益になるからそれでいい」
推し活の楽しさも分かるから俺の言い分はひとりよがり、だとしても譲れないね。
「配信を始めるにあたって決めたコンセプトは、学生時代の休憩時間。ボッチはドンマイとしかかける言葉がないけど、ひとりでもツレがいたなら分かるでしょ。何を話したか憶えてないくらい中身のないお喋りしかしなかったけど、損得の繋がりのみになった大人になって思う。一番楽しかったのはあのころだと」
ホント、とことん現実はクソゲーすぎてやり場のない怒りに狂いそうな時がある。死んでも終わらないってフザケろドチクショーが。
能力的にはガチャ成功SSRの俺ですらこの有り様だ。リスナーの中には絶対に今キツイ環境を耐えてる人がいる。感情を受け取る吸血鬼をナメるなよ、全部筒抜けだっつーの。
「ここをそんなたまり場にしたい。頭の中カラッポにしてバカ話で笑って何も残らないけど何かスッキリするような」
だから。
「俺に貢ぐな。ンなことしなくてもお前を支えてやるよ。ダチだろ?」
何人かには響いただろ。その他にはスベッてそーだから切り替えよ。
「そのうち日本橋で俺のフィギュアを仕入れて販売するから売り上げに貢献してくれ」
[だからそれ食品サンプルw]
「ヒュー、ナイスつっこみ。じゃ次。他に質問ある?」
[お仕事なにしてるの?]
[配信に専念しないのですか?]
[料理や演奏の配信とかスゴそう]
「仕事はねー、気持ちは話してもいいけどホントにセーフかアウトか分からないから秘密。どこかで話した気がするけど配信者、特にVtuberは昔のアニメキャラの立ち位置なんだよね。中の人などいないってヤツ。もちろん中に人はいるって誰でも知ってるし俺も徹底的に隠す気はないけど、身バレに繋がりそーな学歴職歴はシラケそーだから内緒ってことで」
ここの線引き難しい。吸血鬼バレはご法度だから口が滑るじゃ許されない。あと俺、目玉の御爺様みたいな名のキャラの声優を尊敬していてさ、中の人はいないって徹底してたのこの人なんだよね。確かにあの声は妖怪であって欲しい。プロの姿勢がカッケーから真似たい。
コメントが流れるからリスナーに分かるよう、メンドーでも質問を読んで答える。配信あるある。
「配信に専念しないのか。多分しない。一日二時間も喋れば充分でしょ。ネタが尽きて同じ話を繰り返すなんちゃって認知症がこえーよ。あとたまり場に一日八時間とか入り浸ろーとすんな」
えーと次はコレか。コメ欄からまともな質問拾うのメンドイ。コイツら大喜利と勘違いしてボケ倒す悪ノリがあるから。まぁ一個くらいはノッてやるか。
「スリーサイズ? オスシュークリームのバストが知りたきゃパティシエにでも聞け。料理や演奏の配信はいいかも。いや料理はダメか。腕が普通すぎてヘコみそう」
音楽の即興と同じく料理のアレンジも才能だよなぁ。演奏は確か権利関係大丈夫って聞いたことあるような。
オープニング曲の苦労話と料理が下手な人あるあるで盛り上がって終了。基本ができてないくせにアレンジしたがる。分かっていても自分の独創性にワンチャン賭けてーんだよっ。
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