第8話

 


 「ハイどもー、エレベーターに他人と二人っきりがイヤすぎて階段を使うクランベリーが入ったシュークリーム、シューク・ベリームです」


 [こんちゃー]

 [オハー]

 [分かるけど我慢する]


 「女にとって夜道の一人歩きの後ろに男は怖いように、男は知らんが俺だって先を歩く女の反応が怖いんだよ。基本リアルの女は隙を見せたら性的加害者の冤罪被せてくる当たり屋と思ってるからね。どーせ一生彼女できないけどいいもん。リスナーの自称女性にだけ優しくしちゃる」

 

 もちろん吸血鬼バレがダメすぎるのが一番の理由だけど。催眠なしに素顔を見られたらヤンデレ化するオチしか見えないコワぁ。


 [闇が深い]

 [おお友よ。一緒に魔法使いになろう]

 [あらボウヤ嬉しい]


 「魔法使いになるって誰が言い出したんだろ? 俺としてはDの意思を貫いた漢は死後妖精になって都市伝説の小さいオッサンとして活動するんじゃないかと仮説を立ててるけど」


 魔法を使えるオッサンも小さいオバサンも聞いたことないけど小さいオッサンの目撃情報はそれなりにある。じゃあそういうことじゃね? 小さいオッサンに見えるオバサンの可能性は考えたくない。

 

 「おっとたいして夢が広がらない妄想はおいといて、今日もテキトーにお散歩するぞー」


 いつものFPS。ホントいつもお世話になってます。最近過疎ってきたとか害悪野良がどーとか文句を言って離れる配信者には心底軽蔑するね。離れるのも思うのも勝手だけどツバ吐いちゃクズでしよ。今どんだけ人気があっても恩知らずの本性をさらけ出したアイツらに未来なんかねーよ。


 [他の配信見て気付いたけどシュー君の視点キレイ]


 「ホホゥ良く気付いたね。実は内心タクシードライバーになりきっているのだよ。お客様に快適を約束するために視点移動はスムーズに、と」


 [あ、マジだ]

 [スゲー、カクカクがない]

 [むしろFPS好きは真っ先に気付いて注目するけどな]

 [そうそう、初見で気になって登録したわ懐かしー]


 他人には推奨できないプレイスタイルだけどね。失礼だから口にはしないけど俺、世界ランク一位のプロすら含めて全てのプレイヤーを見て笑っちゃうんだよ。


 いや分かるよ? コンマ一秒でも早く移動して、コンマ一秒でも早くアイテムや敵を見つけて処理できる人が強い。そういうゲームって分かるけどさ、始まりから終わりまで、移動はダッシュ・スライディング・ジャンプの連続とたまに壁ジャン。視点は常にキョロキョロしていて現実にいたら五分に一回は職質される不審者。撃ち合いはレレレ撃ちが基本とか言って左右にカクカク痙攣。アイテム漁る時もカクカク痙攣。秒で必要なアイテムを見極めて取捨選択して離脱、と思いきやとんぼ返りで選び直しって余計時間かかっとるやないかーいとか、一人残らず落ち着きがなくて腕白小僧かってツッコミたくなる。


 俺、そういう動きは極力省いているからあまり強くない。マップの外側をスイーっと走って物陰でじっとして敵を見つけたら狙撃して場所を変える。終盤は逃げにくくて悪足掻きせず突撃して散るから五位くらいが多い。


 一度気付くとメッチャ気になるらしく、自称タクシードライバーの滑らかな視点で盛り上がったまま複数の敵に近付かれてややテンション高く悲鳴を上げながら滑らかに逃げようとしたけどゲームオーバー。


 [なんで階段使うんだよ飛び降りろw]

 [お上品が過ぎて草]


 「エレベーター(自由落下)はイヤだから階段使うって冒頭で言ったじゃん」


 [まさかの伏線回収]

 [え? 敵と一緒に落ちたら痴漢冤罪?]

 [最悪のゲームすぎるw]


 「んじゃ次はダッシュとスライディングと狙撃も禁止、ジャンプは使わなきゃどうにもならない箇所があるからなるべく使わないって縛りでいってみよー。真のお散歩を見せてやる」


 頭の中でマップを思い浮かべながらザックリと予測。ゆっくり移動可能なルートをいくつか選択してゲームスタート。

 飛行機から次々飛び降りるプレイヤーを観察しながら最後に出発。流石にのんびり移動しながら初動ファイトは無謀だからコソコソするぜっ。エキシビションでコソコソって相当イカれてるけど。


 「高圧スチーム持ってる人いる? 蒸気を吹きつけて汚れを落とすヤツ。配信終わったらベランダに使ってやっと家中のお掃除完了なのだ。コレおすすめー」


 [マジで歩いてやがるw]

 [ホラゲーぽい]

 [潔癖症?]


 「うんにゃ、俺は綺麗好きだよー。意味が全く違うから気をつけてね。簡単な判別方法は汚部屋を見た時の反応。潔癖症は嫌悪する、綺麗好きは掃除したくてテンション上がる。あと潔癖って性格の性の字を使って性格のひとつのように語る人いるけどれっきとした心の病だから病院行けー。一番病んでる精神科医に診てもらって治るとは思わないけど」


 基本このゲームは何しても音がする。足音うるさいし銃を構えてもうるさいしドアを開け閉めする時も豪快に音を立てる。本物の軍人が見たら「ありえんてぃー」てチャラ男になるくらい全員やかましい。


 そんな中スタスタ歩く無音じゃないけど静音の俺わりとキモい。ホラゲーと言いたくなるの分かるぅ。


 [精神科医に恨みでもある?]

 [アイテム入ったカプセルも無視かよヤベー]


 撃ち合いしないって方針だからアイテムいらん、てことはない。脱出用のアイテムや接近戦に備えた銃やグレネードくらいは欲しいけど見つかるまでに漁る量を思うといいや。地面に落ちてる物から選んでいこう。


 「恨みはないけど関わりたくはないね。ナントカ障害だのナントカ症候群だの、俺に言わせりゃクラスや学年に一人はいるよねーで片付く普通の人にイチイチ新しい言ったもん勝ちの病名作ってレッテル貼りたがる迷惑野郎のくせに自覚もないあの人達こそ『マイノリティーネーミングシンドローム』とでも呼べばいい」


 ここ十年二十年で意味不明の病名つけられた普通の子供が日本だけでも何万人いるのやら。理不尽に病気持ち扱いされる子供たちの心境を思うと腹が立つ。


 「みんな違ってみんないいで片付けられなくてどこが多様性の時代だよ。自分やウチの子は変かも、と悩む人に『普通だよオクスリいらんわ』と言える精神科医だけが本物だと思う。いたら三日で廃業だから本物はいない、HAHAHAブラックジョーク」


 精神科って分野は始祖のフロイトがもう一生セックスに取り憑かれたアレだからなぁ。全く信用できない。

 本当はカウンセリングと名を変えた心の問題に取り組むのは精神科医ではなく大昔から宗教者の役割なんだけどね。現代の宗教者は冠婚葬祭に出演するだけの書き割りに成り下がって精神科医より信用できないという不甲斐なさ。

 SNSを活用して多くの人と距離を縮めようとするローマ法王とかガチで尊敬するけど、あんなまともな布教活動をする本物の宗教者はほんの一握りだろうな。


 「まぁ俺が一番呆れる病名はメタボリックシンドロームだけどね。遠回しにデブって言いたいだけじゃん病気でもなんでもねーわ」


 デブは自己管理できないダメ人間、て西洋の古臭い差別感情が根底にあるって透けて見えるのがバカバカしー。


 「人には好きな物をたくさん食べて太って比較的統計的に早死にする自由がないのかな? 俺にはメタボを病気扱いして治せと言う余計なお世話の国も医者も人権侵害しているように見えるけど、人権に対する俺の見識間違ってる?」


 日本でメタボを非難したけりゃまず国技すもうを廃止してみろよ。


 [難しいハナシは分からんがダメージゾーンに追いつかれるゾ]


 「ははは、しーんぱーいないさー。この丘を越えたら何があると思う?」


 何もなかった。

 

 「え? はぁ? ホバーキャリアーくるまに乗って行ったの誰だぁ! 何もかかってないエキシビションのソロモードでアレ使うバカは俺くらいだろうがっ」


 楽しいドライブって絵面を計算して行動してたのに台無しコンニャロ。


 [自分で言うなし]

 [ドンマイ]

 [オツカレー]


 「落ち着け。まだ慌てる時間じゃない」


 脱出アイテムポイ投げ。ヒュルっとロープが天高く伸びて頂上まで登ってスカイダイブ。

 一気に距離を稼いで安全圏でお散歩再開。

 そろそろどこから狙われてもおかしくないほど他プレイヤーが近くにいるはずだから慎重に、と。


 「狙う時は高所、隠れて移動する時は窪みや地下、射線管理の点だと建物を利用するのが便利だけどドアを開けた時が隙だらけだから注意だぞー」


 お邪魔しまーす、と小声に変えて建物内に侵入。礼儀正しく開けたドアは閉める。中はちょっとしたデパートくらいは広く、薄暗く、ずっと遠くから響く銃声がかえって静けさを強調している。


 [なんか肝試しみたい]

 [どんどんホラゲーに見えてきた]


 「猫ちゃんいそー、出て来ないかなー……、あ、ども、ごきげんよう」


 階段登る前になんとなく裏側を覗いたら真っ暗な物陰に敵が棒立ちしていた。小声で喋りながら流れるようにピストルを構えて連射、威力が低くて弾切れしても立っているからショットガンに換えてズドンと棺桶。

 相手は驚いていたのかな? 三秒くらいの出来事とはいえ無抵抗だった。


 [ビビった、声出た]

 [やっぱホラゲーやん]

 [なんで順位に意味ないエキシビションにハイドがいるんだよw]


 「きっと深い事情があるのだよ。パッと思い浮かんだタカシ君のマル秘エピソード聞く?」


 とりあえず漁夫が来るからその場を立ち去る。耳を澄まして、安全な方向は……、コッチか。


 [タカシ君?]

 [想像つくけど誰?]


 「間の抜けた散り方がタカシっぽくね?」


 [全国のタカシに謝れ]

 [全国のタカシに謝れ]

 [全国のタカシに謝れ]


 おう、息ピッタリ。

 建物出口の扉を開けて、開けたままロッカールームぽいスペースに歩いていい感じの隙間にスポッとはまった。

 

 「その日、タカシは重大な決意を胸にゲームを起ち上げた」


 足音が室内から響き、幻の獲物を求めて開けた出口を通って外へ駆け抜けて行った。

 安全確認クリアリングは大事だぞヒヨッコ。

 俺は漁夫失敗プレイヤーの後ろをのんびり歩いてついて行った。

 タカシストーリー、オチはどうしたもんか悩みながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る