第7話


 

 「散財散財あゝさんざーいー」


 新居でジャカジャカとアコースティックギターをかき鳴らしてテキトーに歌う。そう、演奏のために音大生向けの物件探して引っ越した。

 エレキギターとベースとドラムとキーボードとアンプなどの周辺機器も買って貯金が消えて半分自棄、半分スッキリした。吸血鬼に老後の不安なんてねぇよ泣いてねぇわバッキャロー。


 ひとしきりパッションを解き放って溜め息をひとつ。分かってはいたけど俺に音楽の才能はない。

 即興でメドレー演奏する人とかいるじゃん? ジャズも基本は即興らしいけど、この即興ってヤツが全く意味分からん。


 ただ、少し安心もする。才能ってさ、魂に付随するものだと思う。あるいは才能と魂は同じかも。

 例えば普通の人の魂がプロボクサーの肉体に憑依したとして、チャンピオンベルトを狙えるだろうか? 一般ドライバーがレーシングマシンに乗ったらプロと戦える?


 ガワが優れていても使いこなせなければ宝の持ち腐れだよね。

 吸血鬼の肉体は脳も含めてハイスペックだけど、俺の魂はきっと前世から何も変わってない。……、誰にも弄られてない。


 よくあるパターン。一般人だった設定なのに転生したら戦闘狂に変貌したり溢れる才能を振りまく主人公はどうせ神を自称するゲスに魂を改造された玩具だ。ああはなりたくない。

 人を超えた存在を自称するモノが目の前に現れた時の世界一有名な神対応知ってる?


 人はパンのみて生くるに非ず、失せろ悪魔サタン


 キリストに限らず仏教、禅宗あたりも同じ教えがある。

 長時間坐禅だの修行だのしてると目の前に神様仏様が現れるって類の奇跡がに起こるけど、それは普通だから奇跡ではない。しょーもない奇跡もどきは鼻で笑えるようになったら一人前、だとさ。


 極限状況下で脳内物質出まくるというのは、薬物でラリってる状態と完全に同じ意味なわけで、体験するのは幻覚幻聴であって奇跡ではない。そりゃそうだ。

 古今東西ほとんどの似非宗教者がハマる沼ですな。安っすい奇跡詐欺に踊らされる。キリストや仏陀の見た景色は遠い。


 ……、とか時々妖魔を消し飛ばす吸血鬼が考えてる滑稽さよ。現代ファンタジーならせめてダンジョンくらい用意しろやぁ。俺だけファンタジーはイタイっ、心が痛いです。


 ちなみにさっきの有名フレーズの解釈は人の数だけあっていい。俺の場合はこんな感じになりそう。


 欲する力を与えられるついでに魂イジられて俺tueeeって調子にのる操り人形はフィクションだけにしとけ


 キリストだけにyes、肝に銘じます。


 さて練習のつもりのお遊びおしまい。楽譜を読んで演奏する技術は才能ではなく練習すれば誰にでもできること。器用貧乏バンザイ楽勝っス。


 リズム感は才能? 違うね、それは神経の問題だよ。

 リハビリ施設を覗けばよく分かる。筋肉の変化は一週間前後、神経の変化は三ヶ月、複雑な動きはもっとかかる。演奏する際に今までしたことのない体の使い方をするというのは、最低でも三ヶ月かけて新しい神経を形成しなければお手上げってこと。

 そこまで訓練せず必要な神経を持たない人をリズム感がないとか運動音痴という。


 いきなり上手くできる人は、例えば音楽を聴くと軽く踊るとか、プラモデルが趣味で手先が器用とか、別の動きで神経が形成されていたから、となる。

 というわけで才能が求められるのは一流と呼ばれる水準までいってからだよ。

 ホラ、アスリートにせよ演奏家にせよ、一日休むと元の感覚に戻すのに三日かかるって聞くじゃん? 細かい神経の変化に気付けるくらい鍛えてるってことだねヤベェ。


 俺は普通に演奏できるだけで満足だから三流でいい。

 作詞作曲も頑張るぞー。歌は著作権ウゼェじゃん? 他人の歌を歌う危険性を考えたら自分で作ったほうが絶対楽だね。

 下手でもいいさ、売れたいわけではなくファンサービスだから。

 

 んじゃ、今日も元気に配信すっかー。

 防音のしっかりした広い部屋にニンマリ。以前の半畳スペースの配信室から解放されてちょっとテンション高め。


 「どもー、シスコンブラコンは都市伝説と信じているラズベリーが入ったシュークリーム、シューク・ベリームです」


 普段と違い、今リスナーに見えている画面は何かしらのゲームではなくPCの壁紙。ざわつく前にさっさと説明しよ。


 「同接百二十五人。開始前から百人以上待機してくれる人気配信者になったんだなぁ」


 一応の目安として、ガチの人気配信者は同接数千、数万いく人もいる。俺のような誰とも繋がりのない個人勢が百人は上出来ってことで。実際チャンネル開設から半年程度でこれは凄いことだぞ。


 「ヘビーリスナーの諸君に朗報です。収益化達成の感謝を込めたシューク・ベリームVtuber計画発動じゃい。まずはガワ描いたから刮目せよっ」


 [おぉ、オメデト]

 [え? 手描き?]

 [勿体ぶらなくてええの?]


 イラスト収めたファイルをクリック。


 [シュークリームだ] 

 [シュークリームね]

 [嘘だろ]

 [斬新ではある。そうとしか言えない]


 そう、何の変哲もないシュークリーム。ぱっと見じゃがいもにならないよう、中央に横の切り込みを入れて白いホイップクリームと黄色いカスタードクリームをチラ見せしているのがこだわりポイントです。他に語れることはない。


 「俺、イケメンのガワで売れる気ないからこれで良くね? あと、人真似嫌いだから変わったことしたいって考えたらこうなった」


 将来何かの間違いで俺のフィギュアが発売されたとして、俺を好きすぎてペロペロしたい突き抜けたド変態さんがゲットしやがったとして、シュークリームなら誰も不快にならない。誰も傷つかない。なんて素晴らしいアイデアと後付けの言い訳。


 とか力説してみる。


 [人真似はしなくてもシュークリームはなりきるのね]

 [それ食品サンプルて言う]

 [日本橋でもう売られてる]

 [そもそも何でシュークリームなん?]


 「日本橋行ったら生き別れの兄弟と再会って胸熱展開最高。まぁシュークリームに特に思い入れはないけど」


 [マジか。あんたマジか]

 [好きと思わせて突然裏切るその特徴コワっ]

 [酢豚の次はシュークリームかよ]


 「シューク・ベリーム命名の由来聞いちゃう? ついに語る日がきてしまったか……、もう三回は話してる気がするけどまぁいいや。知ってる古参は後方腕組み待機、ニワカは傾聴せよ」

 

 と言っても深い理由はカケラもない。二、三分で決めた名だし。


 「名前を決めるにあたって考えるべきポイントは一つ、憶えやすさだ。どこのホストホステスだよって源氏名やアルファベット使いまくりの配信者が多いけどさ、それで成功するのはカリスマ持ちか企業勢だけだっつーの。俺は個人の、特にゲームが上手いとか歌が上手いとか芸達者でもない、声と話術くらいが武器の平凡な立ち位置なわけ。俺と同じスタートラインに立つ配信者は日本だけでも万は超えるでしょ。じゃあ名前は秒で憶えてもらわないと秒で忘れられるに決まってる」


 マジで源氏名だらけの現状なんだろね? 読み方分からない名前も多いし。おかげで俺の作戦勝ちだからアザッスだけど。

 

 「その上で客層に好まれやすい名がいい。難しい漢字は論外。読めない漢字に嫌悪感って日本人あるあるなのに難しい漢字を使いたがる人は無駄にプライド高そうで草。下品な名も論外。うんこ言ってりゃ幼稚園児が大爆笑するように下ネタで笑いをとろうとするのは一番レベルが低い」


 [相変わらず自然体で全方位をディスるわね]

 [何人か思い浮かぶんだが大丈夫そ?]


 「もとより他の配信者とつるむ気は微塵もないし、先のない連中を敵にまわしても怖くないね。俺は平日深夜から朝までカタギのお仕事してるから配信は正午前後。たまにスケジュールが空いて夜に配信することもあるけど、想定する客層、メインターゲットはお昼休みにケータイつつく会社員と主婦になる」


 共働きが多いといっても昔と比較すればのハナシであって主婦の母数はかなり多い。


 「つまり若い女性にウケそうな名がベストだからスイーツが真っ先に候補に挙がる。ただしマカロンなどの流行を感じる名は避けたほうがいい。どもー、パンナコッタ・クワズギライスキーです、て今は良くても数年後はカビ臭いネーミングセンスと受け取られる可能性高めですわ危険危険。普遍的な人気を誇る定番スイーツがいい。ここまできたら候補は絞れまくるでしょ。シュークリーム嫌いな女子おる?」


 [なんだよパンナコッタ・クワズギライスキーてw秒で憶えたわ]

 [好きなの嫌いなのどっち]

 [絶対シューク・ベリームよりインパクト強]


 「はいはい気に入ったんなら勝手に使えー。んで、ただのシュークリームはもう誰かが使ってたり今後誰かが使うかもだし何より紛らわしいからベリーを付け足した、というわけです。人の名に歴史あり」


 [ねぇよ]

 ━パンナコッタ・クワズギライスキー━ [初見です]

 [瞬発力高いヤツキター]


 「それな。キミたちの反応速度バグってない? 打てば響くリスナーを満足させるために俺もそろそろギアをセカンドに入れるか。ここからは俺のボケは全て一段階上がるぞドンッ」


 [こんな船長はイヤだの大喜利か?]

 [もしかして今声真似した? 全く似てないけど]

 [まさか最後のシ者?]

 [セカンドインパクトかっ。分からねぇ]

 [難度上げるな戻せー]


 「まったく、注文多くて困っちゃう。ハナシを戻してこのシュークリーム、俺の表情をトレースしてアニメーションさせたほうが良いのかな?」


 [今まで生きてきた中で最も意味不明な質問]

 [鳥肌立った]

 [想像しただけでSAN値減った]

 [寝言は寝て言えってAIですらキレそう]


 「えー、シュークリームが震えたり具がはみ出て喜怒哀楽を表現したら大女優も恐ろしいコって白目むいて褒めてくれそうじゃね?」


 [紫のストーカーに狙われろ]

 [くりーむ天女]


 「まぁこんなこともあろうかともう一枚」


 銀髪、白い肌、赤い瞳、口紅ルージュをひいたような赤い唇、眉もまつ毛も銀、アルビノの……、俺の特徴をとらえた絵をドンッ。

 普段は自分で雑に散髪するメカクレだけどイメージ固めるために美容室行ってさ、美容師と周りの客にも催眠かけて俺の印象を持てないようにしつつ、無造作マッシュとかいうお洒落カットをしてもらったのだ。

 おかげで本物には遠く及ばないものの、なかなかのイケメンな絵に仕上がったぞ。

 頭にさっきの巨大シュークリームを載せてるのがチャームポイント。本体はコッチって設定な。髪型意味無ぇってあるわ。

 

 「どうよ」


 [最初からコレ出せやっ]


 んじゃコレでVtuberデビュー決定。




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