第6話
まだ朝なのに暑くなってきた。春あったっけ? てくらい近年四季が壊れてる気がする。
本棚、クローゼット、配信用の手作り防音ボックスでムギュッと物が詰まったワンルームマンションの自室にて、俺はベッドに寝転びタブレットを眺めてホヘーと変声出した。
バズるってスゲェ。スゴすぎて他人事気分ではある。
昨晩、お絵描きの練習を兼ねた日課にしているサムネ作りの際にチャンネル開いて登録者が増えてるのは気付いていたけど、夜勤から帰宅してチェックしたら桁が変わってた。
なにより流れ込むエナジーヤバい。カロリーではないから太りはしないが何かしらの害がないか心配。例えるならプロテイン錠剤ガブ飲み。筋肉喜ぶためには適度な摂取でお願いしまーす。エナジーの適切量は分からなくてだから滅茶苦茶怖いのだが。
いつどこから広まったのかはすぐ分かった。SNSに報告してくれたリスナーありがとう。
昨日ゲームを一緒に遊んだ野良さん、女性のほうがVtuberだったらしい。しかも企業勢のそこそこ有名な方だとか。のわりには一言も面白い絡みはなく一般人臭しかしなかったね。
企業……、箱の名は知ってるけど所属する配信者全員を網羅するわけはないから流石に知らん。
だからまぁ、俺のアーカイブも再生回数激増はしたけど、正確に言うとバズったのはアチラの配信なんだな。手柄ドロボー、もとから収益ないし別にいいけど。あっ、収益化できそう申請しとくか。
今となってはどうでもいいけどVtuberがいたと知って腑に落ちたことがある。
例のチーター。普通のランク帯にいたこと。わざわざ待ち伏せしていたこと。倒した時に流れてきた不快すぎる感情。何がしたいのか分からない気持ち悪いヤツだった。
この配信者に粘着していたんだな。
いやまぁ攻撃することによって何がしたかったのかは結局分からないけど、構ってちゃんとかアンチの嫌がらせってとこかな?
さて、誰の名にかけて解く必要もない謎が解けたところで午前十時前。そろそろ始めますか。
「どもー、ちょっと高めの石鹸に変えただけで
ひゃー、開始から同接六十人超えて増え続けてる。コメントの流れも早ぇ。まぁマイペースにいくけど。
「今日は落ちゲーしながらおしゃべりってことでヨロシク」
予想通りではあるが大半が昨日のコントを期待している。期待を裏切ると登録者が減るのでは? と善意の意見もある。
ははは、口に出さないけど減るのは分かっているし減らしたい。コメント多すぎると会話にならなくて独り言になってしまう。
リズムギャグがブレイクしたお笑い芸人じゃあるまいし、同じネタを要求されて応えまくって疲労困憊とかまっぴらだね。
バズるなんて一過性。すぐ飛びつきすぐ離れるタイプに振り回されてずっと見てくれているリスナーをないがしろにするなど愚か。
「昨日のおふざけをまた見たい人には悪いけどさ、あんな即興を連発できたら化け物だぞ? ネタは似たりよったりになるし期待値を上回るのは無理無理」
大多数の意見はサラッと流してゲームスタート。スイカは果物か野菜か論争は盛り上がるか悩んでいると、違う角度の意見もきた。
[ロールプレイ抜きでも面白かったよ]
[ランクマッチするだけでも見たい]
[そうそうシュー君かっこよかった]
「それはアリガト、嬉しい。うーんでもさ、ランクマッチって野球サッカーバスケと同じ団体競技なわけで。ソロは論外なんだよー」
昨日は上手くいったじゃん? て類のコメントが連なった。
「それは低確率の例外。大抵は暴言厨やポンコツの野良で上手くいかなくて当たり前、と思わなきゃ。ちなみに昨日のプレイについて、仮に野良二人がヒドいハズレだったら俺は迷わず単独降下の完全ソロでいくつもりだったよ。少なくてもソロでランクマッチをするならその程度の覚悟は必要なんだよなぁ」
ストイックとからかったりソロで挑む他の配信者を引き合いに出したり、うーんしつこい。どうやって角を立たせず説明すればいいのか。
「eスポーツなんて言ってるけど所詮お遊び、て認識の人が多数派なのかな。今日が初対面の野良五人でチームを組んでNBAに殴り込みじゃー、が通じると思う? プロと
やっとコメントの流れが止まった。そうそう少しは考えたまえ。あと俺この落ちゲー苦手かも。じりじり動くの待ってられない。
「大前提、ランクマッチはさ、フルパと呼ばれる仲良し三人組で参加することが楽しむための最低条件なんだよ。リア友がいるならそれに越したことはなく、いなくてもチャット、ボイスチャット、フレンド申請、フレンド登録、ログインしているフレンドを招待、指示コマンドは相手に母国語で伝わる仕組みなどなど、世界中の人と友達になってゲームを遊べる環境を運営は用意してくれてるよね? そこまでお膳立てされてなおソロで参加って、それはもうやる気がないか独りよがりや暴言厨やチーターなど人として問題ありのどちらかじゃね? たまにフレンドを探す良い人や長時間付き合わせられない配信者が混じってるかも、と思っておくのが自然でしょ。ちなみに俺はやる気がなくて突然ロールプレイに付き合わせるくらい独りよがりな孤高のボッチじゃい」
反論できる人おる? とコメント欄を見ていたら少しだけいた。
[ソロで遊んで楽しい時もありますよ]
「ソロで遊んで楽しい時もありますよ、うん、昨日のようにそりゃあるさ。でもね、その考えはただのギャンブルだぞ。良い野良を引けばラッキー、悪い野良を引けばアンラッキー。そうじゃなく、毎回不満のないチームで遊びたければフルパ推奨。ソロは友達を作れない貴方のように問題ある人と組む確率が高く、文句を言われても知らんがな。お互い様って自覚ある? と言ってる」
少しアンチ気味のコメントも増えてきた。それでいい。勝手に期待して勝手に失望する有象無象はさっさと失せろ。
「俺がランクマッチを遊ぶとして、ハズレの野良と組んだ時に俺は平気だとしてもイヤーな気分を味わうリスナーがいるでしょ。かといってフルパを作るほどハマってもない。だからエキシビションでテキトーに散歩する。これダメですか?」
お世話になってる立場だから口が裂けても言えないけれど、そもそも俺このFPSってジャンル、動画を観るのは好きだけどプレイするのはあまり好きじゃないんだよな。音が最重要のゲームのくせに頻繁に音が聞こえない不具合発生とか完成度低すぎて無駄にストレスかけてくる。自分がシュートしようとするとボールの空気が抜けるサッカー、楽しい?
「これくらいで納得してくれたかな? 気が向いたらまたするかも知れないから待っとけっつーことで。んじゃ今日の会話デッキは何にするか……、ずっと悩んでたけどスイカは野菜か果物か論争はダメだな。学術的にはウリ科の野菜って言われてもご飯に合う定番料理が一つもないから果物に決まってるじゃんハイ論破ーって秒殺ですわ」
[その画面、スイカと果物だけだしイマサラ]
[定義絶対主義の学者涙目]
[じゃあ酢豚に入ってるからパイナップルは野菜な]
「あん? 核スイッチ押しやがったな。いいだろう酢豚にパイナポー戦争勃発じゃー。パイナポーを酢豚に入れるの反対ってシュプレヒコールが上がる時点で果物に決まってるじゃんハイ論破ー」
おいおいどうした集合知ィ。ダンマリですかあーん?
「想像してごらん。酢豚に野菜入れてもフーンで終わりじゃろがい。ある時中華料理人は拳を天に突き上げて快哉を叫んだのさ。大っ・発っ・明っ。果物の、果物の、クダモノのっ! パイナポーを酢豚に入れたら肉柔らかくなって美味くナタアルヨ。ワタシ中国四千年の歴史の壁ぶち破って皇帝コエタネシェシェー」
[騙されるな! その料理人パチモンくさいぞっ]
[とりあえずムカつくからパイナポーやめろ]
[中国四千年に謝れ]
[パイナポーの発音イケボなの何w]
「やれやれお客様ぁ、論破できないからってイチャモンやめてくれませんかぁ。パイナポォー」
エコーかけて煽ってやる。そしてスンっとクールダウン。
「俺ほど中華料理人リスペクトしてる人滅多にいないぞ? パイナポーがあってもなくても酢豚嫌いだけど」
[今までの熱量っ!?]
[私の中の料理人が背中から撃たれてキョトン顔]
[人狼ゲームしてる?]
「甘いのか、酸っぱいのか、ものによっては辛いのか、方向性の分からん物をドロドロのアンで包んで有耶無耶ーにするその態度がー気に入らないのよー」
[なんか聴いたことのある歌が]
[謝っても許さないほどキライなのか]
[地味に果物くっつけながらよーやる]
「甘いアンはカニ玉だけでいい。中国が三千年かけて辿り着いた真実だ。騙して悪いな酢豚、これも仕事なんでね」
千年減ってるだのイマジナリー中国の情緒だの、息の合わないリスナーだなぁ。あと皿ウドン、てめーは呼んでねー。長崎と言えば皿ウドンって期待を胸に初めて食べたらビックリするほどハードルの下をくぐり抜けて不味かった恨みは生まれ変わっても忘れないからな。
「どうでもいいけどカニ玉を丼にした天津飯は日本生まれヒップホップ育ちーなっかカニカマは見ってみカニなしー」
[それ玉子丼]
「しーっ、タレが違うって言い張らないと。天津飯、ナポリタン、台湾ラーメン、地名のついた料理は大抵ネーミングセンスのない日本発祥だから気をつけなはれや」
ちなみにフランクフルトはちゃんとドイツ生まれ、引っ掛け問題に最適。
「ところでこのゲーム、引き運の影響大きすぎない? 頭使ってる感じが全然しない……、ってソコはじけるぅ?」
果物たちがボイーンと跳ねてラインを超えてゲームオーバー。予測できないからもういいや。思考のリソースは全部お喋りに割こう。
「台湾ラーメンは食べたことないし食べたくもない。激辛無理ー」
[次は激辛戦争か]
[シュークリームだもんね]
[子供舌]
「大事なポイントはだな、辛さは味覚ではなく痛覚ってトコだぞい。より美味いものではなくより痛いものを欲するって意味分かる? 激辛料理店は形を変えたSM店てこと。俺Mじゃないから遠慮するっス」
[うわー、全方位に喧嘩売ってない?]
[分かるような分からないような]
「喧嘩売ってるつもりはないというか食べないから眼中にないだけだけど……、誰か答えられるなら答えてみ? 多くの人が一口食べて不味いと思うものでも一応料理と呼ぶことはできる。じゃあ多くの人が一口食べることすらできないモノを料理と呼べるのかい?」
コメントは沈黙。だろうね。
「少なくても俺の辞書ではそれを料理ではなく毒と呼ぶ。実際唐辛子の類は毒物だし、適度に使うならまだしも度を超えたら毒に決まってる」
[四川料理は?w]
「ははは、それで揚げ足とったつもり? 練乳シロップ蜂蜜シュークリームより甘ーい。中華料理人をリスペクトしてるっつったじゃん。彼らは辛さだけではなく美味さとの両立を念頭に研鑽を積んでるから地元民に支持されて郷土料理として末永く愛されてるって見れば分かるでしょ? 辛さを追求するだけなら腕は関係ない。スコビィル値とかいうヤツが高い材料使えばいいだけだから。多くの人に美味いといわせるかどうかに腕が問われる」
果物がポポポンと連鎖的にくっついてスイカが二個生まれて消えた。向いてないな意味分からん。
「自分の作ったものを罰ゲーム扱いされて平気な連中を料理人と呼ぶのは、ちゃんと美味いものを作って勝負しようとする本物の料理人に対する侮辱だからね。俺は区別をつけてるだけで喧嘩は売ってないよー。激辛料理店を自称するSM店経営は立派なお仕事です。昼時にご飯の話は危険だね。麻婆豆腐食べたくなってきた。オススメターイム、みんなは何食べたい?」
豆腐と茄子と春雨以外に麻婆にするなら何がイケそうかダラダラ喋ってこの日はおしまい。
リスナーに全否定されたマーボーパイナポー、ワンチャンありそうだけどダメ?
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