EX2話 いらっしゃいませ
早いもので
——「朝食は食べずに来てくださいね」
そう言って珍しく
とはいえ、流石にそこは企画課といったところ。敢えてラフスケッチ風に描かれた
「この辺りのはずなんだけどな」
一枚のペラ紙が頼り。まだ開店前の店が立ち並ぶも俄然クリスマスムードに包まれる駅前の商店街を抜けると、俺は二本ほど裏の路地に入り立ち止まる。
目の前にしっとりと佇むのは昔ながらの「純喫茶」をリノベーションした感じの落ち着いたカフェテリアだ。アンティーク装飾の施された外壁に並ぶ窓からは程良く薄暗い店内が顔を覗かせている。
「へぇ。こんな店があるなんて」
引っ越してからこの半年。
ちなみに
目が合うや「あ、
「寒かったでしょう? どうぞ中に」
振り向くと
ただ、ピタリと張り付くようなスキニーのデニムパンツがこれでもかとばかり、彼女の美しい腰回りからお尻あたりにかけての清楚なのになぜか淫靡さも兼ね備えたラインを強調し目に毒だ。
まあそれは
カランコロンと心地良い鈴の音を
声の主は濃紺のワイシャツとブラウンの腰掛けエプロンに身を纏った、感じからしておそらく店主だろう。
どうやら客席テーブルを清拭していたところらしく、中腰でこちらを見つめる俳優と言われても信じてしまいそうなほど整った容姿の男性はなぜか安堵のような表情を浮かべている。
「お待ちしてました」
ニコッと表情を崩し、今度は「へぇ」と顎髭をなぞる仕草を見せる。
「マスターその手、今テーブルクロスを触ってなかった?」
「えっ⁉」
いい意味で容姿とキャラが一致しない人だな。
そんな彼に生温かい目を向けながら、ふと笑った顔が誰かに似ている気がした。
「
「なるほど、ここが
静かな雰囲気だし、たしかにここなら作業に持って来いと言えそうだ。
と、なぜか不服そうな目を向けられていることに気付き。目を
「
「あ……」
視線を宙に彷徨わせながら苦笑い。
と、いうのも俺のことを
「すみません
言い直すと彼女は心からといった感じに頬を崩して見せる。本当、この笑顔を見るだけで驚くほど胸の奥が満たされてしまうのだから不思議というか恐ろしいというか。
それはそうと、
「そういえば。
「その通り。彼女はうちの従業員なんです」
疑問に答えてくれたのは
「と、言っても
丁寧に腰を折られ、まさかただの従業員をうちのなどと形容するはずもない。すると早々、
「でも本当、早めに来てくださって助かりました。実は
両腕を巻き付け、身震いする仕草を見せるマスター。
一方、ネタ晴らしをされた側の
「そ、それはそうと。何を飲まれます? 今日は特別になんとマスターがご馳走してくれるそうですので。ねっ、マスタァ?」
一枚のメニューを俺に差し向けながら、
「そんな可愛らしくねだられてもなぁ。まだ開店早々とはいえ、見ての通りお客さんが一人もいないんだけど……。
マスターが苦い顔を向けると
へぇ、こんな無邪気な顔もするんだな。
彼女の新たな一面を見れたことになんだか少し得をしたような気分にもなる。
「と、いうことで。……えと」
「あ、
「ありがとうございます。では
「いえ、でもそういうわけには」
「大丈夫、気にしなくていいですよ。まず味を知ってもらって貴方をリピーターにしてやろうって魂胆ですから」
追いかけにっこりと微笑まれ、そんな風に言われたら断れない。
「分かりました。ではホットコーヒーをお願い出来ますか?」
「かしこまりました」
と、入り口からカランコロンと扉の開く音が聞こえてくる。
どうやら来客のようだ。
「じゃあ
胸の前、手をひらひらさせると
そんな彼女を微笑ましく眺めていると、今度はマスターがこそっと耳打ちしてくる。
「あの
言うや、にこっと笑顔を添えて一礼。さっさとカウンターに戻ってしまうマスター。
一方の俺はひとり、望外に落ち着けそうな場所を知ることの出来た喜びと同時に、どうやらマスターには
まったく居心地が良いんだか悪いんだか。
俺はただただ苦笑いを浮かべながら、鞄から取り出したノートPCを立ち上げた。
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