第4話


 予想した通り四条よじょうさんだ。

 ほんとになんというか、礼を欠かさない律儀な人である。


 と、少し開かれたドアの隙間からちょこっと顔を出す四条よじょうさんであるが、全面ガラス製のドアだ。隠れているはずの身体も透けてしまっているのが妙に微笑ましい。


「すみません、定時間際に」


 入室した四条よじょうさんは改めて丁寧に腰を折り、そんな彼女に俺も作業台から軽く会釈を返した。


「大丈夫ですよ。それよりプレゼンのほうはどうだったんですか?」


 少々緊張の面持ちで訊ねると彼女はこくりと頷き、その表情かおがにこやかな表情それに変わる。

 つまり望むべき結果を得たのだろう。


「おかげさまで。機能試作に進めることになりまして」


「そうですか。それは良かったですね」


 機能試作に進む。それは次ステージに向け、一定の予算が下りたことを意味する。


「はいっ。といっても商品化にはまだまだ遠いですけど。でもほんとに、遠賀おがさんにはなんてお礼を言っていいか。朝からバタバタとご迷惑をお掛けしちゃって」


 今朝始業早々、四条よじょうさんがこの部屋に飛び込んできたことを思い出す。


 正直あの時はこっちも焦った。

 時間制限有り、一発勝負の3Dプリント製作だ。途中でイレギュラーがあれば即ゲームオーバー。そういう意味では運も味方したと言える。


「礼なら3Dプリンターこいつに言ってやってください。今日一番働いたのは僕じゃなく彼ですから」


 四条よじょうさんは俺の立つ作業台まで歩み寄ってくると、揃えた膝に両手を乗せながら中腰でプリンターをじーっと覗き込んだ。


「そっか、今日は君が沢山頑張ってくれたんだもんね。ほんとにありがとう」


 御礼の言葉を口にしながら、慈愛に満ちた優し気な眼差しをプリンターにへと向ける四条よじょうさん。

 なるほど、たしかにその姿は聖女様と重ならなくもない。


 そんなある種感心の想いで眺めていると、今度は不思議そうな眼をこちらに向けてくる彼女に気が付いた。


「どうかしましたか?」


「いえ。この子、男の子なんだなぁと思って」


「え……」


 そういえば。

 たしかに俺、さっきプリンターをこいつとか彼とか呼んでたか。


 どうしてそんな風に言ったんだろう……。

 自分でも不可思議に思い小首を傾げていると四条よじょうさんが口許に手をやりながらクスっと微笑んだ。


「無意識だったんですね。でも、それって遠賀おがさんが人だと認識するくらいそれくらいこの子のことを大切にしてるって事なのかもしれませんね」


「まあ……そうかもです。実はこいつ、前職で使ってた機種と同じで。そういう意味では短くない付き合いですし、それにこいつが機嫌良く働いてくれないとこっちも仕事してないのと同じですから」


「だからかぁ。実は私、遠賀おがさんが入社してからこの部屋に来るたび思ってたんです。作業台の上がいつもピカピカだなぁって」


「え。そんな風に見てたんですか?!」


 不意を突かれ慌てる俺を見て四条よじょうさんがまたクスっと笑う。


 ほんと油断も隙も無いとはこのことだな。小まめに掃除してて良かった。



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