第3話


 前職でも上司だった彼は時岡秋ときおかあき。35歳。

 俺をこの会社に誘ってくれた恩人でもある。


 センター分けのボブカット、精悍せいかんな見てくれではあるものの果たして現在性別上は彼なのか、はたまた彼女なのか俺にも分からない。

 ちなみに顎髭ほか頭髪以外のあらゆる部位は永久脱毛済み。一応本人曰く両刀バイらしいが副業はゲイバー勤務。


 まあ、それはともかく。


「実はずっといたんでしょう。どうして入って来なかったんですか?」


「だってぇ。あの聖女様と二人きりになるチャンスよ? 邪魔しちゃ悪いじゃない」


「ですからそういう気遣いは無用ですって、前から言ってるじゃないですか。というか……、そもそもさっきふらっと出ていったのも——」


 俺の言葉にアキさんの顔色が変わる。

 この顔、確信犯だな。


 ほんと、この人は。

 俺が別れたと知るや、やたらと恋愛そっち方面のお節介を焼いてくれるんだが。正直過剰な面が否めない。


「まあまあ、そんなに怒らないでよ。私だって罪悪感を感じてるんだから」


 ドリップコーヒーにお湯を注ぎ終えたアキさんが作業台に立つ俺へと歩み寄ってくる。


「だって遠賀おがちゃん、うちに来てから菜摘なつみちゃんと別れちゃったじゃない? それってやっぱり――」


「偶然タイミングが重なっただけですよ。そもそも振られたのは俺の至らなさが原因ですし、少なくともアキさんのせいではないです」


「そうは言うけど、やっぱりねぇ。あっ、話は変わるけど今週だったわよね? なっちゃんとの食事」


 なっちゃん。

 秘書課の成田なりたゆなさんのことだ。


 この前、偶然アキさんの働くバーで出会い、なぜかそういう流れになったのだが。


「だから、どうしてそんなに嬉しそうなんですか……。それと勘違いしないでください。彼女とはただめしに行くだけで、そもそもあの時アキさんがけしかけたりなんかするから成田なりたさんもノリで仕方なくですね――」


「それはどうかしらねぇ。どんな理由にせよ、なっちゃんが誰かを誘うってだけでも珍しいことだし。あ、待って。つまりもう本命は四条よじょうさんってこと? そうならそうと早く言ってくれれば」


「だからアキさん」


 ついぞ大きな溜息を吐いてしまった俺に向け、アキさんが大袈裟に肩をすくめる。


「ま、それはそうと。今日、定時までは待ったげなさいよ? あの律儀なの事だからまたきっと会議の後、御礼を言いに来ると思うのよね」


「それは俺も思ってました。というか、その時アキさんはいないみたいな口振りですけど。またどこかに行くつもりですか?」



▽▲



——「こう見えて室長って何かと忙しいのよ。じゃ、今日は戸締り宜しくね」


 そう言ってまたふらりと出て行ってしまったアキさん。


 残された俺は本日の業務を終えた3Dプリンターの手入れをしつつ、壁掛けの時計を見遣る。


 もうすぐ定時だ。

 さすがにそろそろ会議も終わっている頃合いだろう。


 などと考えていると、廊下からこちらを覗く人影に気が付いた。 


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